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知識屋  作者: 吾桜紫苑
第4巻
54/80

お迎え

「はあ、はあ……ふー。なんとか逃げ切ったか」

「せ、せやな……」

 背にかかる声が完全に消えたのを確認して、僕と福茂は足を止めた。


 人目を避けて避けて走ってたら学祭のメイン会場からはかなり遠ざかり、研究棟のあたりまで足を踏み入れていた。ちょっと人混みから遠ざかっちゃったし、なんなら目的の図書館からも遠のいちゃったけど、それはしょうがないとして。


「えーと……大丈夫?」

 振り返って聞いてみると、肩を上下させながらも小海さんの背をさする久慈さんが苦笑した。

「私は、普段から運動、してたおかげで……なんとか。でもやっぱり、男子の足には、敵わないわね」

「いやあ、すまんな遠慮なしで」

「……気にしないで、余裕なかったのはわかっているわ」

 ふう、と息を吐いた久慈さんはそろそろ大丈夫そう。一方小海さんはケホケホとまだむせてて苦しげだ。うーん、悪いことしちゃったんだけど、ここで僕が謝るのも彼女たち的にはおかしいので黙っておく。


「……大学生って、運動不足なんですか?」

「そりゃそうさ、体育は偉大だよ」

 一方怜くんはかなり余裕そう。わかるよ、僕らも君と同い年の時は無敵の体力だったしダッシュも軽やかだったとも。そして高校から大学へと体育のない生活にチェンジしてからの衰え具合といったら、去年1年で心底ビビったものだ。年長者が必ず言う、「いつか分かる」の使い道が僕にもわかったとゆーものである。


 そしてもう一人の若人はと言えば。


「…………」

「だ、大丈夫……?」


 つい聞いちゃったけど全然大丈夫そうじゃない。息切れこそしていないけど、今にも倒れそうな顔色で立ちすくんでいた。

「……慧、とりあえず座ろう」

 怜くんがそっと声をかけて近くのベンチへと誘導する。こくりと頷いてついていくのを横目に、僕はこっそり苦いため息をついた。……遅かったか。

「涼平さん」

「ん、分かってる。迎えは呼べる?」


 振り返った怜くんに頷いて見せる。今日はもう帰るつもりだろう。とは言えさっきのヤローどもとまた鉢合わせる可能性も0じゃないし、人混み歩くのも辛そうだ。まあ適当な人気のない裏道は僕が案内するとして、できればお家の人のお迎えがあった方が良さそうなんだけど。


「……それは」

「そっかー……」

 思っきし言葉を濁された。……お家は相変わらずか。

 しかし僕もバイクだ。さてなけなしのお財布にタクシー代は残ってたかなとポケットに手を突っ込んだところで、僕の真後ろから声がした。


「じゃあ、私が送ろうか?」


「っ!?」

「えっ……!?」

 勢いよく振り返った先には、いつものチェシャ猫スマイル。今日はニットセーターにジーンズ、ジャケットを合わせたラフスタイルな眞琴さんがそこにいた。


「今日は車で来ているし、彼らの家も分かるからね」

「え」

「……お気持ちだけいただきます」

 予想外な言葉に戸惑う僕をよそに、怜くんが硬い声を出す。眞琴さんがにこりと笑った。

「遠慮しなくていいよ、ここには私用で来ているから」

「そういう意味ではありません」

「意地を張る場面ではないと思うけどな」

 眞琴さんは眞琴さんで、ちょっぴり刺々しい。こんな態度をとるとこ初めて見たな。


「今更──」

「怜」


 少し語気を強めた怜くんを、掠れた声が止める。慧くんが青ざめた顔のまま、袖を引いていた。


「……ごめん。まだちょっと貧血気味だし……出来れば、乗せてもらえると助かる」

「……」

 ぐっと下唇を噛んだ怜くんが振り返って、眞琴さんに頭を下げる。

「……よろしくお願いします」

「頼まれた」

 にこりと笑い、眞琴さんが背を向けた。ゆっくりと立ち上がった慧くんを支えながら、怜くんが僕に軽く頭を下げてくる。


「すみません、お手数をおかけしました」

「気にしない気にしない。人混みの中走らせちゃってごめんよ、お大事にね」

「……ありがとうございます」

 もう一度頭を下げて、怜くんと慧くんが歩き出す。こちらにちらっと笑いかけてから、眞琴さんも去っていった。



 やれやれとんだ学祭にしてしまったと僕が三人を振り返ると、三人とも強張った顔をしている。

「……なんか、ごめん?」

 色々空気を台無しにした自覚はあるのでとりあえず謝ると、最初に復活した久慈さんが首を横に振った。

「謝ることじゃないわ、むしろ具合悪くさせちゃって悪かったわね」

「それな、悪いことしたわ……」

「それは僕も説明不足だったから。福茂は悪くないって」


 慧くん、過去の事件の影響で、暴力沙汰にトラウマがあるんだよね。一時は人前に出れなかったことを考えれば相当マシになってるけど、暴力の気配プンプンになると流石に無理だった模様。

 まあぶっちゃけ、ナンパやろーどもがあんな場所でオラつくのが一番悪いと思う。


「でもー……最後あのおにーさん、何があったんだろうね? 福茂くんじゃないんでしょ〜?」

「俺やないなあ。ちゅーか俺も目の前なのに気づいたらぶっ倒れてた感じで、いっちゃんわからんかったわ。嘉瀬はなんか見えたか?」

「……いんや、何も」

 ようやっと呼吸が整ったらしい小海さんと福茂の当然といっちゃ当然の疑問にはすっとぼけて対応。……後で説教しとくので、そういうことにさせてね。



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