楽しい学祭、のちトラブル
吹奏楽の演奏は、毎年毎年流行りのPOPをアレンジしたものからガチのクラシックまで、上手いこと繋いで1つの楽曲のように仕上げてしまうことで有名だ。彼らにかかればアイドルだってガチの歌手だってアニソンだってボカロだってバシッと決めてくるんだよね、誰が楽譜書いてるんだろ。
「凄いなぁ……」
声援の切れ目を縫って届いた感嘆の声は、慧君かな。つい零れたって感じの呟きだったので、相槌は打たないどこ。
吹奏楽に続いてお次は軽音部。ギターをかき鳴らすスキルは僕にはよく分からないけど、うん、なんか凄そうだなあっていうのは伝わってきた。
「あんなんやって、よぉ指痛ぉならんなあ」
「ピック使ってますから」
「ピック? なんやそれ」
「ギターの弦を弾く、爪型というか……」
「へー、詳しいなあ」
……なんなら案内した僕や福茂よりも怜君の方が詳しいっぽい。ううむ、大学生の威厳が台無しかも。
ま、怜君はあんましそーゆーの気にしないからいいか。福茂が感心したように頷くのを横目に、僕はこっそり苦笑した。
しばらくライブを堪能した後、僕たちは体育館を出て次の目的地へと足を伸ばした。玲君ご所望の図書館へとご案内だ。
「図書館で何するの〜?」
「閉架書庫の開放をすると聞きましたので」
「……そないなもん、中学生が読んで面白いか?」
「こーら、福茂みたいな不真面目学生を基準に置かないの」
率直すぎる福茂の呟きに対しては適当に返しておく。僕からの反論だったのがお気に召さなかったのか、福茂がじっとりとした眼差しを向けてきた。
「嘉瀨がそれ言うか? 自分が真面目学生なんてアホなこと言わんやろな」
「だからいつも言ってるだろ、僕は適度に真面目なんだってば。福茂みたいに留年すれすれなんてことにはならないの」
「ほー。じゃあ、中坊の時に閉架書庫の本とか読むんか?」
「いやあ、それとこれとは話が別でしょ」
さらりと答えると、呆れたような視線が集中した。もちろん僕は、閉架書庫どころか図書館にも殆ど足を運ばない子供でしたとも。全く無縁ってほどじゃないけど、本好きではなかったし。
……むしろ、今が一番本を読んでるよね。それもとびきりコアな分野。まったく、どーしてこうなったんでしょ。
「涼平さんって、本当に昔から変わらないですよね……」
「いつでもそんな感じですよね」
「なーんかトゲがある言い方だねえ」
どうやら僕は、それなりに親戚達に期待されていたっぽい。けど僕は僕のマイペースで生きてきたもんだから、よくこーいう目を向けられるんだよね。適度には真面目にやってるんだから、別に良いじゃないか。
「嘉瀨君って、飄々としているものね」
「うんうん。でも、やるべき事はやってる感じ〜」
「どーもありがとー。ホラ少年達よ、こうやって好意的に捉えれば悪くないでしょーに」
「いや、好意的ともちょっと違うんやないの?」
福茂のツッコミは放っとくとして、何とも言えない顔をしている慧君と怜君の背中を軽く押す。
「ほら、早く行った行った。閉架書庫なんてそうそう人が集まっちゃいないけどさ、ゆっくりしたいなら移動に時間を掛けるともったいないよ?」
「……そうですね」
何か反論しかけた口から溜息をついて、2人は諦めて前を向き直した。うむ、素直でよろしい。
逸れない程度に固まって移動していた僕らは、急に道を塞いできた人たちに何事かと顔をあげる。
「そこのおねーさんたち、俺らと遊びに行かないー?」
髪が傷まないのそれって聞きたくなるような脱色した髪を伸ばしたロン毛のにーちゃん二人を見て、僕はしみじみとこの面子のナンパホイホイ度合いに感心した。学祭とは言え、こんな頻度でこんなテンプレナンパやろーはそうそう現れないでしょ。
「行かない」
久慈さんの一刀両断。視線も向けずに小海さんの手を掴んだまま方向転換しようとした久慈さんの肩を掴もうとしたところで、福茂がペイッと払い除けた。
「おいにいちゃんたち、ナンパするなら相手と場所をちゃんと見極めようや。子供づれなの目に入らへんか?」
「えー何おにーさん、連れだったの〜? 地味すぎて目に入らなかったわー」
「そら大変やな、病気でも疑った方がええんと違う」
言い返しながら福茂が僕に視線を向けてくる。了解と目で返して、僕は女性陣と子供たちを連れて、福茂の影に隠れるようにしてジリジリ移動する。
……状況が状況だからツッコミは我慢するけど、このエセ関西弁金髪男が地味は無理すぎるでしょ。嫌でも目に入るよね、よっぽど女の子しか見てないのか。
「……いやーおにーさん、空気読もうぜ? かっこ悪いとこ見せたくないっしょ〜?」
「明らかに嫌がる女の子、しかも子連れをナンパしてる方がよっぽどカッコ悪いやろ」
やいやいと遠慮なく言い合う福茂にちょっと意外な一面を見た気分。このテキトー男、こーゆー時には結構肝座ってるな。ここまでバチバチに言い合うとは思わなかったよ。
それ自体はあんまし問題ない、というか、久慈さんがちょっぴり見直した顔をしてるのでポイント高いっぽいんだけどね。剣呑になりつつある空気にだんだん顔色を悪くしている慧くん的には、かなりよろしくない。怜くんも慧くんの様子に気づいてるらしくて、顔が強張っている。
うん、これは僕の落ち度だ。先にそれとなく注意を促しとくべきだったなあと思いつつ、僕は手持ちのカードを素早く確認する。
いち、ダッシュで逃げる。……小海さんあたりが転んで怪我しそう。それに中坊の足では逃げきれないかな。
に、会話に割って入ってテキトーにはぐらかす。僕のトーク力にかかってるけど、さっきとは違ってちょっと引き下がってくれなさそうなタイプなんだよねえ。
さん、魔術で気を逸らす。……うん、確実に不審者確定からの眞琴さんに雷落とされるコース。なし。
(うーん、一か八かで会話に入るかなー、でも慧くんから目を離さない方がいいかなー……)
なんて思っていた矢先。
「てめえ──ぶっ」
「へ?」
「っ、」
ギリッギリで変な声を飲み込んだ、セーフ。今のはマジで危なかった。きょとんとしている女子陣を横目に、僕は腹筋に力を入れなおしてからヤローどもに目を向ける。
『どーだりょーへー、オレたちも役に立つぞ!』
『立つぞ!』
めっちゃドヤ顔でふんぞり返ってる雑鬼たち。うん、君たちが勢いよく顔にぶつかってってひっくり返したのはかなり役には立ってるとも。
ただ傍目にはいきなりにーちゃんずがひっくり返ったようにしか見えないだけで。
周りで遠巻きに様子を見ていたギャラリーさんから見たら、どう見ても福茂が犯人にしか見えないだけで。
……実は見える人だった怜くんが、僕にすんごい目を向けているだけで。
(よし、逃げよう)
(せやな)
素早くアイコンタクトを福茂と交わし、僕は親戚二人、福茂は女子二人の腕を掴んで一目散に走り出した。




