閑話 魔女集会で会いましょう?
数年前に流行った素敵タグが本日ちょっぴりトレンドに上がっていたのを見て、突発的に書いちゃいました。
「魔女集会?」
聞き慣れない言葉に、なんじゃそりゃと首を傾げた。そんな僕に、小海さんが頷きながらスマホの画面を見せてきた。
「なんかね〜、SNSでちょっと前に流行ったんだあ。魔女さん達が、人間の子供を拾って、自分のお弟子さんにして、魔女さん達の集まりにお弟子さん連れて自慢し合いっ子しよー、ってお題のイラストというか漫画というか、そんな感じ〜」
「へー……」
うむ、何とも身に覚えがありすぎる話だ。拾ったじゃなくて、捕獲された、だったけども。
「お待たせ、美羽……あれ、嘉瀨君いたのね」
「はろー、久慈さん。ついさっき来たところー」
学食のトレイを持って来た久慈さんにひらひらと手を振る。午前の講義がちょいと長引いたので、売店の弁当で済ませる事にしたんだよね。結果的に、食堂の長い行列待ちよか早かったとゆーわけ。
尚、僕とこの2人がいつもお昼を一緒にしてるってわけじゃあない。混み合う食堂の席確保競争の中、テーブル席を確保した小海さんが通りがかった僕に声をかけてくれたってわけだ。
「それでね、嘉瀨君に魔女集会の話をしてたんだー」
「またその話? 美羽も好きねえ」
「おや、久慈さんも知ってるんだ?」
「美羽が流行った時に、相当はまってね。私もかなり見せられたって訳」
そう言って久慈さんが軽く肩をすくめる。なるほど、小海さんはマイブームを共有したい派なのか。
「それで? その少し前にはやったとゆー魔女集会がどしたん?」
「最近、またちょっと流行ってるんだぁ」
「おや珍しい」
基本的に、SNSの流行り廃りは上から下へと流れる水の如し、あっとゆーまに忘れ去られるものなのに、再流行とは珍しい。小海さんも久慈さんも同意見なのか、ぴったり同じタイミングで頷いた。うむ、流石仲良しコンビ。
「前はイラストや漫画が殆どだったけど、今回はイラストだけじゃなく小説とか、コスプレとかで現実の集会を開いたり、って感じみたいね。多分、ハロウィンに合わせたんだと思うわ」
「そうみたい〜。ハロウィンの日に、魔女集会しましょう〜って呼びかけが、SNSにあったよ〜」
「なるほど、イベントを楽しむ目的だねえ。ハロウィンって……明日か」
スマホの画面で日付を確認して気付いた、10月31日って明日じゃん。
「懐かしいなー」
「懐かしいってほど、あのイベントってメジャーかしら……ああ、そっか。嘉瀨君、春影高校出身だったわね」
「そゆこと。お菓子作り、地味に大変だったよ」
何がどうなってそんな習慣が広まったのか知らないんだけど、僕の母校である春影高校、ハロウィンが一大イベントだったんだよね。校舎がいつの間にかハロウィン仕様の飾り付けになって、堂々と仮装して登校してくるとゆー、自由極まりない公立高校だった。何であれ先生達見逃すんだろうね。
まあそこまでは楽しそうだねで終わるんだけど、メインイベントが別にあるんだよね。「トリック・オア・トリート」の挨拶と共に、手作り菓子を交換し合うってゆーやつ。……全くといって良い程ハロウィンの原形留めてないんだけど、ほんと、どーしてそんな事になったんだろうか。
まあ、そんなわけで。当時もそこそこ女の子からのウケが良かった僕のお菓子作りはそれなりの一仕事だったんだよね。これで今みたいにチビ達がお菓子に目覚めてたら、更に大変だっただろーね。
と、チビ達の様子を想像したところで、眞琴さんを思い出したのは当然と言うべきか。
「魔女集会、ねえ」
「あれあれ、嘉瀨君も興味ある感じ〜?」
「へえ、意外ね。嘉瀨君、そういうの興味あったの?」
思わず零れた独り言に、小海さんが目を輝かせる。言葉通り意外そうな久慈さんの問いかけには、にっこり笑ってお答えする。
「そりゃね。素敵に着飾ったおねーさま方の集まりなんて、なかなか魅力的そうじゃない?」
「ん〜? どういうこと?」
「嘉瀨君?」
きょとんと首を傾げた小海さんを横目に、久慈さんがにっこりと笑う。おっと、イエローカードか。
「冗談じょーだん。実際は、魔女がいたとしてホントにハロウィンに集まったりするのかなーって、ちょっぴり思っただけだよ」
仮装の中に本物が混ざってたりして、と戯けて見せれば、小海さんが嬉しそうに笑った。
「わー、それは面白そう〜」
「案外夢見がちなのね、嘉瀨君」
「あはは、たまにはね」
にこやかーに笑って見せると、久慈さんが苦笑を浮かべて肩をすくめた。うむ、セーフをいただけたようで何より。
その時は、魔女集会の話はそのまま流れ、僕達は別の雑談に変わったんだけども。
「──なぁんて流行も、あるらしいよ?」
「へえ、そうなんだ。魔女集会ねえ」
「知識屋」開店作業がてらの会話で、久慈さん達から聞いた話を振ってみれば、マジもんの「魔女」サマたる眞琴さんがくすくすと笑った。
「梗平君は知ってた?」
「一応は」
「おや、意外」
このコミュニケーションという単語をどこかに落っことしてきたよな中学生が、SNSの流行をご存知とは予想外。視線を向けると、梗平君は照れるどころか相も変わらぬ仏頂面で僕を見返した。
「雑多なコミュニティの中に本物が混ざることもある。時折検索すると思わぬ魔術を拾うことがある」
「……おおう、安定の」
「梗の字に何を期待しているのさ、涼平。梗の字だよ?」
「だねえ」
眞琴さんの突っ込みにしみじみと頷く。うん、このマセガキの興味のベクトルが一方向固定型の暴走タイプなのは、文字通り身を持って理解しているとも。
「……まーいーや。そんで、実際のトコ、どーなん?」
「うん? 何が?」
「リアル「魔女集会」って存在するん?」
お昼の会話じゃ冗談めかしたけど、僕はこの世に「魔女」が実在していることを知ってる。ので、「魔女集会」も実在したりするんじゃなかろーかと、ふと思ったんだよね。
視線を梗の字にちらっと向ける。さっきの発言は相変わらずの知識欲暴走発言ではあったものの、一理あるわけで。SNSの流行が案外、どこぞの魔女さんがこそっと自分達の集会風景を創作として絵にしたとしても、そこまで不思議じゃあない。
僕なりに考えての発言だったんだけど、眞琴さんはきょとんとした顔で僕を見返したと思ったら、弾けたように笑い出した。
「あははっ、涼平ってば、面白い事を言うなあ」
「あちゃー、てことは、やっぱりないのね」
楽しそうに笑う眞琴さんの笑顔にちょっぴり見惚れながらも、僕は肩をすくめて手元の書に視線を落とす。流石に考えすぎだったみたいだ。
「いや? 一応あるよ」
「へ?」
じゃあさっきのツボはなんぞや、と作業を止めて顔を上げると、大変シニカルな笑顔を浮かべた「魔女」様と目が合った。
「けど、実際の魔女集会はそれぞれの研究成果や獲物の見せびらかし合いが殆どだ。とてもじゃないけれど、SNSで楽しく共有できるようなものじゃないね」
「……おっかないねえ」
現実は小説よりも奇なり。この場合、奇なりとゆーか、物騒なり、かな。
「ま、私も最近は実家が忙しいのもあって、殆ど顔出してないよ。魔術も飛び交う過激派達じゃない限り、今はオンライン開催も多いんだし、たまには情報収集がてら顔を出すかなあ」
「え、まさかのIT……」
「当たり前じゃないか。ネットも使いこなせない魔女なんて、時代遅れを通り越して笑いものだよ」
「うーむ、世知辛い……」
どことなーく「魔女」のイメージが崩れ落ちていくなーと思っちゃう僕が間違っているのだろうか。何かこう、魔術を扱うプロフェッショナル感がないとゆーか。せめて魔術で連絡を取り合うとか、そーゆー感じのはないんだろうか。
「……魔術で顔も合わせたこともない複数名との通信を行うとなると、途方もない手間と魔力がかかる。ネットを活用した方が遥かに効率的だ」
梗平君が僕の心を読んだように、というかまるっと読んでそう言った。うん、しれっと人の心読まないでーなんてクレームは言ったら負け、読まれた僕が未熟者として訓練が増えるだけである。
「ふーん。じゃあ、SNSで流行ってるとかゆーやつは、完全に創作モノなわけね」
「多分ね、私は見てないけど。あれはちょっと、流行するには血なまぐさすぎるんじゃないかなあ」
「……それ以上の説明はいらないからね?」
おっかない話はのーさんきゅー。腕でバッテンを作った僕に、眞琴さんが苦笑を漏らした。
「涼平は本当に涼平だなあ。……でも、私もあの集会は正直、肌に合わないんだよね」
「おや、そうなん」
いや、確かに眞琴さん、血なまぐさいという単語とはあんまし縁が無さそうだけども。けどふつーに魔女として有名なんだし、集会とかもそれなりに馴染んでいるのかと。
「ま、そう考えると似たもの師弟、かな?」
「へ?」
「資格はあるのに、踏み越えるべき線の手前で留まってる、ってことさ」
シニカルに笑う眞琴さんと目が合う。いつもの笑みなのに、どことなく曇っているようにも見えて、僕は軽く首を傾げた。
「それは、良かったねえ」
「……うん?」
意外な言葉を聞いたとばかりに、眞琴さんが瞬く。いや、そこは驚くところじゃないでしょと。
「眞琴さんや」
敢えて言葉を句切り、僕は仰々しい仕草で梗平君を指し示した。
「そこにいるは、線を踏み越えた結果、一般人にまでめーわくをかける、大変傍迷惑なマセガキな訳です。こんなのが後ふたりもいてご覧よ、世間様に顔向けられなくない?」
折角魔術の世界が住み分けしてるってのに、梗平君みたいなのばっかじゃあ困るでしょと。
「とゆーか、そんな魔女さん達だいじょぶなの? 魔術がバレたら困るの自分達でしょーに」
どう考えたって魔女狩り再来待ったなし。現代じゃあ中世のよな、血なまぐささはないけども、それこそSNSの力を駆使して社会的に抹殺されてしまう。くわばらくわばら。
「そんな物騒な魔女集会に出るくらいなら、春影のハロウィンを毎年やれって方がまだマシだね」
きっぱりと言い切って、僕はカバンから取り出したカボチャマフィンを眞琴さんに手渡した。
「ほい、トリックオアトリート」
「……そういえば、そんな習慣だったね」
懐かしそうに目を細めて、眞琴さんが呟く。その響きにどことなく優しいモノが混ざってるから、なにやら眞琴さんにもハロウィンは良い思い出がある模様。
「こっちの方が楽しいでしょ。チビ達も喜ぶ平和なハロウィンだよ」
「……何故雑鬼がハロウィンで喜ぶんだ」
「え、そんな、何を今更」
あのチビ達が人間社会に馴染みすぎてるなんて、今更の今更でしょーに。梗平君の突っ込みに素で返したら、ふかーい溜息が返ってきた。
「ふふ。ありがとう、涼平」
「どーいたしまして」
いまだに嬉しそうな笑みの眞琴さんに率直にお礼を言われて、ポリポリと頬をかく。うむ、ちょっと小恥ずかしい。
「あ、でも私、お菓子ないや」
「お、トリックおっけー?」
ちょっぴり悪ふざけで聞いてみたら、そりゃもう素敵なチェシャ猫笑顔が返ってきたよね。
「好きなようにどうぞ、出来るものならね」
「いやいやいや結構です! 本当に!」
慌てて手を横に振る僕に、眞琴さんは今度こそ声を上げて笑った。