それぞれのスタンス
「はろー、薫さん」
「ああ、いたんだ嘉瀨君」
振り返る薫さんは、グレーのシャツにジーンズというラフな格好。肩から提げた重そなバッグは相変わらず、というか厚みが増してるっぽい。
「どこにもいないから、ついに店番放棄かと思ったわ。眞琴もいないし、どうしたの?」
「あー、店主様は本日実家の都合で不在なんだよね」
「え」
面食らったように目を丸くした薫さんは、続いてちょっと不機嫌そうな顔になった。
「……そういう事なら、眞琴も連絡位くれれば良いのに」
「急だったから仕方ないんじゃない? それで僕も裏で帳簿付けもしてたり、ね」
「ふうん、そういう事なの」
軽く頷いた薫さん、納得したのか表情が元に戻っている。ほっとしつつ、僕は軽く手を合わせた。
「とゆーわけで、よろしくお願い致します」
「……だから、少しは整理整頓しておいてよ……」
溜息をつきながらも腕まくりして作業に入ってくれる薫さん、本当にありがたや。今日はマッドな中坊しかいないから、『表』だけ整理整頓をお願いした。
てきぱきと片付けられていく様を眺めながら──手伝おうとしたけど、「邪魔」って言われた──、僕はふと思いだして聞いてみた。
「そーいや薫さん、学祭は誰かと行くの?」
「は?」
胡乱げな声を上げた薫さんは、一拍おいて問い返してくる。
「今年は出店義務もないでしょ?」
「うん、だから──」
「だからわざわざ行く理由無いじゃない。バイト入れたわ」
「わぁお」
なんてこった、薫さんらしいといえばらしいけどさ。
「遊ぶお金を稼ぐのが大学生だと思ってたよ、偉いねえ」
「お金持ちは幸せな生活を送ってますこと。生活費だけでいっぱいいっぱいよ」
「……なんか、ごめん」
皮肉な言い方に、謝るしか出来ない。しまった、地雷だった模様。
粛々と謝ると、薫さんははっと顔を上げて、気まずそうな顔をした。
「……ううん、こっちこそごめんなさい。嫌みを言うつもりはなかったんだけど」
「いえいえ、僕の方こそ無神経だったからさ」
ひらひらと手を振って気にするなと伝える。ま、お互い様だよね。
明らかにほっとした顔の薫さんは、そそくさと仕事を終えて帰っていった。……別に気にしなくても良いんだけどね、薫さんは真面目なのです。
やれやれと苦笑しつつ見送った僕は、うんとひと伸び。さーて、腹黒魔術師さん達の相手に戻りますか。
***
お仕事を終えた帰り。コンビニで新作スナックを買って、おうちでちびズと共に試食タイム。
「んー。やっぱし、新作って当たり少ないよねえ」
『じゃあなんで買ってくるんだよー』
「そこはほら、好奇心って奴だね」
なんで「新作」とか「期間限定」って、魅力的に感じるんだろうね。鉄板の方が絶対いけるって分かってても、ついつい買っちゃう。
『まー、これはこれでおいしいけどなー』
「でしょ」
とはいえプロの方々が一生懸命考えたメニューだから、美味しいんだけどね。それでもこう、なんとなーく物足りなかったり、欲しい味じゃない感じがしたりするんだよなあ。
『そーいえば、なありょーへー』
「んー?」
『そろそろりょーへーのがっこー、お祭りだよな?』
「……そーだけど?」
何で妖の君達がお祭りを気にするのかなーと思った僕は、続く言葉に納得した。
『お祭りってことは、お菓子もうるんだろー?』
『俺たちも気になるぞー!』
「……あのねえ」
こめかみを揉みながら、僕は溜息混じりに言い返す。
「君達が人間のお祭りに遊びに来るのはアウト。おっかなーい術者達に消されちゃうよ?」
『えー』
『りょーへーが連れて行ってくれよー』
「僕ごと滅されろと……?」
そんな事されたら、僕みたいな木っ端魔術師あっという間にぺちってされちゃうじゃないか。そもそもからして鬼使いがどーのって、よく分からない警戒されてるっぽいのに。
『じゃー、お祭りのときには、俺達のぶんのお菓子もよろしくなー』
『そうだな!』
『りょーへーがお菓子かったところで、だれにも怒られないもんな!』
「えー……」
何故に年に1度の楽しい学祭で、僕の貴重なバイト代を使って、チビ達に奢らないといけないのかと。僕のお財布、けっこー早く限界くるよ……?
「お祭りって基本お値段高めなんだけどなあ」
『りょーへーのけちー!』
『そーだそーだ、いっつも助けてやってるだろー!』
「それは感謝してるけど、だからと言ってなんでも甘えが通用するとは思わないの」
なんだか最近これを理由に集られまくってるので、機会だと思ってびしっと言っておく。感謝してるからってなんでもかんでも許してたら、つけあがらせちゃうからね。
「ま、ちょっとくらいは買ったげる。少ないとか言ったら、今後お菓子用意してあげないからね。部屋にも入れないよ」
『むー、わかったよー』
『りょーへーのとこに遊びにいけないのは、つまんないもんなー』
『楽しみにしてるからな!』
「はいはい」
ま、なんだかんだと甘やかしてるのも悪いのかもしれないけどね。こいつらが幸せそーにおやつ頬張ってるの見ると、ちょっと癒されるんだもの。
「じゃ、そろそろ帰ってね。僕も寝るから」
『おー』
『またなー、りょーへー!』
『明日も楽しみにしてるからなー』
「……はいはい」
うん、まあ、妖としてどうなのっていうのは、僕も気になるけどね。気にしてもなんかどうしようもなさそうなのがまた……うん。
「お祭り好きな妖だもんねえ……まー賑やかなのが好きな妖って案外多いらしいけど」
チビ達を見送り1人呟いて、はたと思い出す。そういや、お祭りに眞琴さんは来るんだろうか。お店を空けるわけには行かないだろーし、交代で行くとか組んだ方がいいのかね。
「うーん、明日来るかな……来なかったら梗平君に伝言してもらうか」
どうも最近忙しい眞琴さんだから、会えるかどうかは微妙なとこ。でもま、最悪身内に頼めば何とかなるでしょーと結論付けて、ベッドに潜り込む。
「梗平君は保留、薫さんはパス、眞琴さんはどーなるかね」
三者三様に答えが返ってきそうで楽しみだ、とまで思ったところで、ふと過ぎる顔。
「……うーむ」
あの2人……どうだろ、誘えば来るかな。人の多いとこが相変わらず苦手だったら誘うこと自体もーしわけない。ちょいと繊細だからね、無理もないけど。
「んー……まあ、いつあるかくらいはこの街に住んでるし、耳に入るか」
興味あれば来るでしょ、会えるといーけど。
そんな事を思いながら、僕は眠りへと落ちていった。




