店番は中坊と
季節は5月。日によっては夏の気配も感じるよな、けど基本的に過ごしやすいこの季節。
「僕としては、もちょいツーリングの日々を楽しく過ごしたいトコなんだけどね……」
「眞琴も家が忙しい。仕方が無いだろう」
漏れた愚痴を律儀に拾って——正論なのがまたむかつくんだよね——言い返す梗平君に、僕は肩をすくめた。
「そりゃそーですけども。こんなに毎日働いて、しかも美人な魔女様じゃなくてこーんな可愛げのないクソガキとお仕事なんて、僕だって気分が落ち込みもするよ」
「……煩悩にまみれた発言だな」
「あはは、所詮僕は凡俗な人間だからねえ。除夜の鐘は不可欠ですとも」
毎年煩悩を落として貰わないと、僕みたいな人間は碌な1年を迎えられないだろうね。くわばらくわばら。
「とゆーか、こっちってこんなにお客さん多かったんだ」
「知識屋は魔術に携わる人間の間では非常に有名だ」
「さすが魔女様」
そう。僕は今、梗平君と一緒に『裏』──魔術書魔導書の販売に、携わっていた。
春休みの一件以降、何を思ったか眞琴さん、僕を『裏』でも店員させるようになったんだよね。僕みたいな見習いじゃ舐められてお終いでしょ、って言ったんだけど、いつものチェシャ猫笑顔に封殺。
『涼平は『知識屋』の店員だろ? こっちの販売が出来ないままじゃあ、ね』
……この一言に言い返せないんだから、我ながらヘタレだなあと思ったね。
けど魔女様の仰る通り。僕は僕なりに考えて、『知識屋』の店員としての道を選んだ。魔術書や魔導書に関わる問題に携わった以上、こうして普段の業務から関わるのを避ける理由もないよね、というのは綺麗に筋の通った理屈だ。
(とゆーか、それを考えると眞琴さん、これまで敢えて僕をその辺から遠ざけてたんでない?)
眞琴さんならあり得そう。僕がどっちも選べるように、本格的に深く関わらせまいとして、けど必要な知識を与えて。僕に負担にならないよな方法で導いていった……なんて。
予想は立てても、口には出しては聞けない考えだ。
「ま、僕としては別にいーけど。どこぞのマセガキがルール破ってほいほい魔術書を売っちゃったりしないよう、見張りも出来るし?」
「そういう役割は、俺の言霊如きで足止めされなくなってからの話になる」
「うう、ド正論が刺さる」
大袈裟に胸を押さえてみせると、梗平君の冷めた眼差しが突き刺さった。……いやだって、そうそう直ぐにどうにか出来る課題ではないじゃないか、それ。
「向上心に欠けるのが涼平さんの欠点だな」
「いーのいーの、魔女様がスパルタだから。これで僕までやる気出し過ぎたら、下手したら過労死しちゃうよ」
人間、バランスが大事。別にサボってるわけじゃなし、そんな必死こいて頑張っても良い事なんてそうないない。あ、勿論本気で上を目指すなら話は別だけど。
別に魔術師として大成したいわけじゃなし、のんびりお勉強でもいいじゃないか。適度に真面目に、が僕のモットーだってば。
「……鶏が先か卵が先か」
「うん?」
「なんでもない」
小さな声で呟かれた内容が気になりはしたけど、ちょうどその時お客さんが魔術書を持ってこっちに近付いてきたので、僕らの会話はそこで止まった。さ、お仕事お仕事。
***
『裏』のお客様は全て魔術関係者。ともなれば、山より高いプライドの持ち主ばかりがやってくるわけでして。
「君如きに私の資格を見極められると? とんだ奢りだね。身の程を弁えたまえ」
なーんて絡みも、当たり前だけどちょいちょい起こるんだよね。しかも、僕相手だけじゃなく、梗平君にも言うんだから困ったものだ。
……中央の山に不自然に人を寄せ集めた彼が、有象無象レベルな訳ないじゃないか。眞琴さんが全面的に店主代理を任せてる事からお察し。
「俺は『魔女』から直々に任されている、つまり俺の判断は『魔女』の判断となる。文句があるのなら『知識屋』の利用をやめればいい」
淡々とすげなく言い返す梗平君に、魔術師その1さんはぐっと眉を寄せた。小さく舌打ちしたの、聞こえてるんだけどね。
「……君は?」
「僕ですか? 僕は『魔女』の方針に従う一店員ですから。彼がお客様の資格が満たないと判断するのであれば、僕も賛成です」
僕に話を振ってきたけど、即答。何せ梗平君、眞琴さんと比べるとゆるゆるなストライクゾーンなわけですし。彼でダメなら僕もダメに決まってるじゃないか。
「……見習い如きが」
「彼の実力は、その辺の一般魔術師よりも上ですが。魔導書の起動を省略詠唱で行えるくらいですから」
「え、」
「……っ」
なんだかトートツな好評価……というか当たり前に出来る事を言われて戸惑うより先に、魔術師その1さんが息を呑んだ。
……そんなに驚くことなの? 就職当時からオープンザセサミしてるんだけども。
(眞琴さーん……どんだけ僕の教育インフレしてたの……?)
げに恐ろしきは魔女様のスパルタ度合い。いやはや、僕ってばよく生き残ったよね。
しみじみとかつてのおっかない指導の数々を思い返している間に、魔術師その1さんは苦々しげな顔で撤退していった。ふう、やれやれだよ。
……こんなやりとりが後何回続くんだろ。ああ、『表』の気の良いオジサマが懐かしい。
「魔術師ってなーんでこんなに面倒臭い感じなんだろうねえ」
「自尊とプライドの見分けも付かない連中が如何に多いかという証明だろう」
「おっと手厳しい」
中坊とは思えない辛辣なご意見。なまじ当たってるところが、本当に末恐ろしいとゆーか。
「ま、お金落としてくれるなら僕はいーけどね。懐が温かくなるのは歓迎だよ、そろそろ学祭だしね」
「学祭……? ああ、大学か」
「そそ」
僕や眞琴さんが通う大学が、毎年やる学祭があと1週間に迫ってた。あれはあれでいろんな出会いがあって楽しいんだよね。
「涼平さんはああいう催しが好きなのか」
「んー、そこそこ? 全力で盛り上がっていくお祭り野郎にはほど遠いけど、ふらふらするのは楽しいなーってくらいだね。うちの大学、結構気合いの入った出店やってるし」
何故か1年生はクラス事での出店が義務づけられてて、人気のあったところにはMVPとして金一封がもらえるってんだから、運営の気合いが察せられるよね。
勿論、部活や同好会も腕の見せ所とばかりに盛り上がる。売り上げも、ブース料支払えば後は懐には入るから、部の運営費として狙ってるトコ多し。プロ顔負けな食べ物売ってくれるし展示や演劇もレベルが高いと、言うことナシだ。
お陰でフラフラ歩くだけでも楽しいようになってるから、毎年外部のお客さんがどかっとくる盛大なお祭りなんだよね、うちの学祭。
「今年は出店義務無いし、のーんびり楽しめるから。そうなるとほら、軍資金が必要でしょ」
「身も蓋も無いな」
「大学生なんてそんなもんだって。お小遣いないからバイトで遊ぶお金稼ぐのさ」
「将来への貯金じゃないのか」
「そーゆー人もいるかもね。でも僕は主に遊び目的だよ」
うーん、でも、貯金してそうな人もいたな。
「あ、『表』に人……って、薫さんじゃないか」
噂をすれば何とやら。どうやら『表』のベルを鳴らしたのは薫さんの模様。最近よーやく魔力の質で見分けが付けられるよになったんだよね。
「ちょいと行ってくるね」
「ああ」
ひらひらと手を振って、ふと思い付いて声をかけてみる。
「そーいや学祭って研究成果発表会とかもやってるし、梗平君も見に来たら?」
「……考えておく」
「お、良いお返事」
即答で興味がないって返されなかっただけ、僕の言葉を覚えてくれてたって事で御の字だ。にっこり笑い返してから、僕は『表』で待つ薫さんに会いに行った。




