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知識屋  作者: 吾桜紫苑
第3巻
30/80

『魔女』様の友人は類友と書く

「あー…………」


 言葉もなく音を発して、僕はかりかりと頭をかいた。こんなオチは予想してなかったよ、いや予想してたらナンパなんかしようとも思わないけどさ。

 ひとまず、とてもとても無粋な真似をして下さった張本人への苦情くらいは許されるよねと、僕はちろりとお隣のクールレディを見やった。


 相変わらずさっぱりとしたショートカットで化粧っ気もない薫さんは、けれどその素っ気ない雰囲気とパンツにセーター姿が良くお似合い。肩にかけた大きめのバッグは今日は軽そう。試験後のお休みは良いね。


「レポートなんてないでしょーに……今春休みなんだからさ」

「試験終わった後にレポートまであったらたまったもんじゃないわね」

 歯切れの言いお返事に、僕はびしっとツッコミを敢行する。

「嘘ついてまで人の恋路を妨害してると、馬に蹴られてしまうそうだよ」

「恋路? 煩悩を突っ走らせた愚行の間違いでしょ」


 冷凍庫もかくやの冷めきったお答え。どうやら先程の僕の行為は余程薫さんの腹に据えかねたご様子だ。


「仮にそうだとしてもですよ、その辺りは僕とそれを受ける女の子の自由じゃないかなあと思ったりするんだけどなー……」

「あら、感謝して欲しい所だけど」

「……はい?」


 流石に半眼を薫さんに向ける。感謝しろと言われてむっとしない程僕も温厚じゃない。


 しかし知的クールレディにして現在魔術レベルにコアと思われる医学知識を蓄積し続けている薫さんは、僕の予想の斜め上なお答えを宣ったのだった。



「知らないの? ああいう遊び慣れた女性複数と遊んでいると、性病にかかる確率は劇的に跳ね上がるのよ」



 ひく、と口元が引き攣る。それを見た薫さんは眞琴さんの友人に相応しいシニカルな笑顔を浮かべ、尚も追い打ちをかけて下さった。



「性病って男性はなかなか症状が現れないから、気付かず女性にもうつすしね。治療効果も時によりけりで、不妊で悩む夫婦も多くない。それに状況によっては不能になるわね、男性の性病は」



「っそーゆー事をお年頃の女性が言うのはいかがなものかと思います!」

 今や顔中を引き攣らせながら精一杯の抵抗を試みるも、薫さんは動じない。


「普段エロい事しか考えてない下半身に忠実な大学生男子が何を言ってるのか。それにこれは同級生の女性としてではなく、医師の卵の助言よ。個人的には嘉瀨君が自業自得で病気に罹って痛い目に遭おうが心の底からどうでもいい。ああ、医療費削減の為には病気にならない方が良いか」


 バッサリと身も蓋も無く切り捨てて下さった薫さんは、僕の手からドーナツの袋を奪って覗き込んだ。


「大体、あの人も私の嘘はあっさり見破っていたみたいよ。グループ研究と言ったのにドーナツ2個しかないし。大方、私が水を差してへそを曲げたという所か。その割には妙なライバル心燃やしてくれたみたいだけど、馬鹿馬鹿しい。……何が楽しいの? 嘉瀨君の事をゲーム相手としか思ってない人と遊んで」


 薫さんの素朴な疑問と思われるそれには、薫さんに合わせて身も蓋も無く答えた。


「一夜の火遊びや女性のやらかい体に心癒されるのが男とゆーイキモノなのです」

「くだらない」

「まあばっさり」


 言い切った言葉には心の底からの蔑みが込められていて、聞いてるだけで辛いね。


「そんなつまらない理由で女を鬱憤晴らしに使うような最低男なんて全員去勢されれば良いのよ。いない方が社会の為だわ」


 くっきりと嫌悪を浮かべて吐き捨てる薫さんから1歩離れる。何だかホントーに実行されそうで超怖い。


「……えぇと、じゃあ僕はこれで」

 何だかマジで薫さんの触れてはいけない部分をがっつり抉ってしまった模様なので、僕は素早く撤退を選んだ。本気でお怒りの女性に何を言っても火にガソリン。特に薫さんのよーな真面目な優等生は尚更だもの、これは逃避じゃなくて戦略的撤退で正しい。薫さんの発言に恐れをなして逃げを打つ訳じゃない。ないったらないのだ。



 が、薫さんはそんな僕のチキン、もとい戦況を読んでの避難を許してはくれなかった。



「駄目」

「ぐえっ」



 きっぱりとした宣言と共に襟首を力一杯引かれた。その細腕のどこにそんなお力があるんだろうね、蛙が潰れたみたいな声が出たよ。



「まず、ドーナツ食べてない。頂き物はありがたくいただくべきです。次に、眞琴が本を1度も虫干ししていない事が判明したから、今から作業する為に書店に行くわよ」

「僕今日はお休み……」

「今まで書店の店員として最低限の義務を果たしてこなかった嘉瀨君の自業自得ね」

「えええ、そんなご無体な……」


 思わず呻くも、薫さんは譲る気配も見せない。


「嫌なら眞琴に今見た光景ごと嘉瀨君が来られない理由を説明するけど——」

「すみませんごめんなさい、喜んで虫干しを務めさせていただきますのでそれだけはどうぞご勘弁をば」


 直ぐにへこへこと頭を下げつつ懇願する。そんな事をばらされては、最近ただでさえ鬼のよーな魔術訓練が死地になるじゃないか。嫌だよ僕は、この若さで魔術訓練中に死にましたーなんて他人様にはっきり言えない死に方するのは。


「……嘉瀨君ってほんっとうに……駄目ね」

「あはは……仰る通りです」


(自分のヘタレ度合いなら十分に認識しているので、その虫けらを見るよな目は勘弁して下さいお願いします、そろそろ僕の強化ガラス製のココロも砕け散りそうなんで)



 低姿勢で謝り倒して何とかナンパの事を黙っておいてもらう約束をしてもらった僕はアソビ相手になって下さる予定だった市ノ瀬莉子嬢の代わりに薫さんとドーナツを食べ、デートスポットへのタンデムの代わりに『知識屋』整頓アルバイターな薫さんと共に休日出勤すべく『知識屋』へとタンデムする羽目になったのだった。


(……虚しい)


 知的な印象ばりばりの事実偏差値ぶっちぎり、近寄る男は今の僕を見るよな冷めたマナザシで撥ね除けるだろう薫さんは、遊ぶ暇があったら将来の資金を貯めるのが建設的と言い切る現実主義でもあるのだからして、さっき無意識に対象外扱いしていたナンパに向かない女性ナンバーワンである事間違い無しなのでした。とほほだよ、全く。


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