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知識屋  作者: 吾桜紫苑
第3巻
29/80

ナンパ

 3月。春の気配があちらこちらに見られ、南の方から桜の開花宣言ニュースがちらほらと聞こえてくる季節。冬を越え、春へ向けて生物の営みが活発になる時節。

 それはモチロン人間も例外じゃない。少しずつ重たくも分厚い冬服から脱皮して、軽やかで華やかな春服へと変わっていく。


 春休みとゆー事実も相まって若者の心が浮かれるこの季節は、燦々と太陽の降り注ぐ真夏のバケイションに次ぐナンパの季節だ。


 そんな訳で、この所少ーしココロのストレスが蓄積している僕は、可愛くて優しい女の子とぱーっと遊んでリフレッシュすべく、ナンパでもするべと街へ繰り出した。



 試験前だとゆーのに盛大に迷惑をかけてくれやがったマセガキ、もとい梗平君による僕のささやかな仕返しへの多大なる報復のお陰で、魔術訓練は過酷さを増した。

 眞琴さんは何だかご機嫌斜めな様子でビシバシと魔術を鍛え上げてくれるし知識も叩き込んでくれるし、遠縁と言う名の同類である梗平君まで召喚してくれちゃったのだ。


 梗平君が加わった事で何が変わったかって? ……あのマセガキ、無駄に頭良いのよ。


 今まで眞琴さんは僕に片っ端から魔術書読ませて知識を雑多に放り込ませてたんだけど、梗平君は思想や参考文献別に魔術書を細かく分類して、より知識の理解が深まるようカテゴライズして知識を整理する事を眞琴さんに提案してくれちゃったのである。

 お陰様で確かに分かりやすくなったし知識が整理されたんだけど——いわば教科書丸暗記したものを表にして書き出すよーなものだからね——その分覚える量が増えたというか増やされたというか。とにかく、細かい部分は覚えなくていいやーという誤魔化しがきかなくなっちゃったのである。ごっしゅ。


 ……しかも梗平君てば、魔術の事になるととーっても饒舌なのでした。


 いや、この間お店番を3日間代理でやってもらった時にうすうす勘付いてはいたんだけどね? まさかなにげなーく漏らした疑問にまる1時間講義されるとは思わなかったよ。しかも眞琴さんに止められてなければまだ続ける気だったという。


 人はアレをマッド臭のする魔術オタクと呼ぶ。ぶっちゃけ関わりたくない人種だね。


 けど、自分から全力で首を突っ込んだ結果がこれだったりするので、僕としては溜息付きながらも受け入れるしかない訳で。



 ……誰かこのどーしよーもない変人を受け止めてくれるココロの広ーいお嬢さんが、彼を改心させてくれちゃったり…………なんて事はあり得ないですね、ハイ。



 とまあ、そんな風に世の無常を悟った僕は、最近愉快な星回りの下にいるとしか思えないアレコレからの現実逃避も兼ねて、ナンパに勤しもうって算段を立てたのさ。



(さーて、と)



 わざとらしくない程度のオシャレ服——要するにナンパ服——を身に纏った僕は、バイクにまたがったままじっくりとお相手してくれそうな女の子の品定めを始めた。



 この品定めがオアソビの正否を決めるんだよね。真面目に恋愛にしちゃいそーな初心な子はアウト、男をヤリ捨てのオモチャだと思ってる子もアウト、アソビに慣れすぎて刺激を求めちゃう危ない子もアウト。アソビをアソビと正しく理解してその上で恋愛の駆け引きを楽しむ、出来れば見た目も良い女の子が僕のターゲットだ。


 クラスメイトなら久慈さんが候補だけど、同じ大学の子に手を出すと後々厄介な事になりかねないのでパス。意外と難しいのよ、遊ぶのもさ。



 そうしてしばらく探していたものの、本日は僕のアンテナに引っかかる子はなかなか現れず。後日また出直すかなと思い始めたその時、よーやく発見。


(おおー、働くオネーサマって感じ。色っぽいなあ)


 シンプルな黒のスーツに身を包み、きりりと吊り上がった目元も涼しげな女性は、お昼休みにしては雰囲気にヨユーがある。時間を持て余していてどう潰すか考え中、けど物欲しそうな雰囲気は無し。漂う色気が落ち着いてるのもまた良いね。


(けどあんまし社会人な雰囲気もないから、もしか大学の研究員とかかね……ううむ)


 現在どこぞの可愛くない中坊のせいで研究者という単語に良い印象を持たない僕は、ちょっと二の足を踏んだ。


(ほら、何かにはまり込んでる人って時々周りが見えなくなるというかね? 自分の好奇心の為には手段を選ばないというかね? そーゆーちょいとアソビに誘ったらヤケドしちゃいそーなニオイがするというか……)


 しばし考えるも、『知識屋』を休める日にも限りがあるし、こーゆーものは機会を逃すと徹底的に逃し続けちゃうものなのだ。となれば、ちょっとばかし嫌な予感がするからって腰が引けては男が廃るとゆーものだろう。


 そう結論づけた僕は、よしと1つ頷いた。ナンパに必要なのは1に度胸2にタイミング、3,4がなくて5に如才なさである。



 バイクを転がし彼女が物色しているドーナツ屋さん側のガードレール脇に停車させると、僕はメットを外し精一杯気取って言う。



「フレンチドーナツを2つ、テイクアウト! 素敵な貴方と楽しみたいね」



 驚いた様子で彼女が振り返った。目があった瞬間に、とっておきの笑顔をこれでもかと浮かべてみせる。


「ふうん……」


 一瞬品定めするようなマナザシを向けてきた女性は、直ぐに楽しそうな笑みを浮かべた。どうやら、「ボーヤはお家にお帰りなさい」と言われない程度には合格だった模様。


「テイクアウトなんだ? ここには素敵なテラスもあるのに」


 少し少年ぽい悪戯じみた口調が不思議と似合っていた。あえて畏まって答えてみる。


「いえいえ、僕のとっておきの場所までお連れしますよ」

「へえ、言うね。外れの丘まで連れて行くつもり?」

「それじゃご満足頂けないのは承知の上さ。僕としてはもっと刺激的な場所が良いかな」


 そう言って予備のメットを見せると、女性はややオレンジがかった赤いルージュを引いた口元を上げた。


「貴方、歳は?」

「法律的に貴女をフィアンセと言うのを憚らないでもいい歳にはなってるね」

「法律的に親からの自立は認められたかな?」

「んんん」


 女性が口元を綻ばせて白い歯を見せてくれる。


「素直なオトコノコは嫌いじゃないよ。貴方の言う刺激的な場所へ行くかは保留だけど、今時珍しいチャレンジ精神へのご褒美に、ここはフレンチドーナツ奢ってあげよう」

「素敵なお返事」


 にっこりと笑ってガードレールを越える。言葉通りドーナツを注文しようと店に向き直る女性の方へと歩み寄り、ひとまずタンデムのお誘いをしようという絶妙のタイミングで——



「あら、嘉瀨君。こんな所で何しているの?」



 ——折角の春陽気を真冬に引き戻しそうな超絶クールな声に呼び止められてしまった。



 声の方を見やった女性が顔を顰める。その表情に8割方失敗を悟りながらも、僕はゆっくりと振り返った。


「はろー、薫さん」


 眞琴さんのご友人、薫さん。記憶に誤りが無ければ今期は2月後半まで試験があるのだとぼやいてたから、まだ春休みも始まって間もないだろう。お疲れ様でございます、合掌。


 シンプルなベージュのパンツと茶の薄手のセーターに身を包んだ薫さんは、僕の「邪魔しないで」な気の乗らない挨拶に顔を顰めた。


「ハロー、じゃないでしょ。今日はグループレポート制作で13時に図書館集合って連絡していたのに、どうしてこんな所にいるの」

「へ、」

「さっきから何度電話しても出ないし。何かあったのかとみんなで心配していたのに、まさかサボって遊んでいるとは思わなかったわね」


 寝耳に水どころかそもそも貴女と僕は学部からして違うでしょ、と反論する暇こそ与えられず。流れるような薫さんの嘘に、女性がくすりと笑う声が聞こえた。


「サボりは褒められた事じゃないなあ、大学生」

「いやー……その……」

(これはもう、どう釈明しても言い訳にしかならないだろーねえ……)

 乾いた笑いで応じる僕に、女性はけれど愛想は尽かさずにいてくれる模様。その笑顔は悪戯じみていても呆れや冷たさはなかった。


 薫さんを再度ちらりと見やった女性はふっと大人びた笑みを浮かべ、会計を済ましてバッグからスマホを取り出した。


「やっぱり学生は課題をこなしてこそ、ってね。今日はお近づきの印って事でドーナツを勤勉な貴方達にプレゼントしてあげよう。スマホ出して、アドレス教えるよ」

 言われるままにスマホを出して、アドレスの交換を行った。

「平日でも休日でも構わないから、連絡して頂戴。ただし課題をこなしてから、ね」

 悪戯っぽく笑った女性は、それ以上何も言わせず僕にドーナツの入った袋を僕に押しつけ、ひらりと手を振って去った。



 何と無しにスマホに目を落とす。市ノ瀬いちのせ莉子りこという名前付きのアドレスが、僕のスマホのアドレス帳への保存を待っていた。


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