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知識屋  作者: 吾桜紫苑
第2巻
24/80

ウワサ話の真実

 梗平君は僕がついてくる事を疑いもせず、振り返る事さえなくさくさく進んでいく。何度も通った道なのか、入り組んだ森の中だとゆーのに迷う様子も無い。


 ……これは1週間で慣れたとかいうレベルじゃない。この子ってば、通い詰めてるね。


 ほぼ確信を持って背中を軽く睨んだけど、梗平君は当然スルー。確かに眞琴さんの言う通り、対人会話が絶望的な模様。



 山の中は、想像していたのとは違いフツーだった。特に何かおっかない気配がある訳でもなし、みょーな音がする訳でもなし。風に流され木の葉が擦れる音も、枝がしなる音も。……地面に落ちた枯れ葉を踏みしめる、僕達の足音も、どの山でも聞く音だ。



 山へと分け入った時から、僕達は一言も口を聞いていなかった。



(どこ行くのーって訊いても、やっぱし答えてくれないんだろうねえ……)


 さっきから口に出しかけては飲み込む問いかけを再び飲み込み、僕はそっと息を吐く。毎日バイクに乗ってるからか、この程度の運動はそれほど苦じゃない。だから息切れしてはいないんだけど、何でかどうにも息が詰まる。



「……魔法陣の構成要素を知っているか」



 唐突に沈黙を破ったのは、梗平君だった。眞琴さんの教育故か魔術関連の問いかけには条件反射で答えてしまうらしく、僕の口が勝手に動く。


「座標、規模、強度が必須内容で、後は発動条件とか持続時間とか性質とか、えーと対象の限定とかかな?」

「構成要素を形作るものは」

「魔法陣に描かれた文字や図形、その配置と関係性」

「記述魔法陣の利点は」

「イメージのしやすさ、正確性、大地の魔力線から魔力を利用出来る事」


 はたりと梗平君が足を止めた。僕も立ち止まると、梗平君は振り返らないまま抑揚のない声で問うてくる。


「気付いたか」

「……うん、ちょいと自分にびびってた所だから、そう言ってもらえてほっとしたかなあ、あははは……」


 色々誤魔化したくて乾いた笑いを上げたけど、案の定梗平君はそれに付き合ってくれなかった。辛い。



 さっきからすらすら答えてる知識は、確かに今までに詰め込まれたもの。けど、あれこれざっくりごっさり詰め込まれている僕の魔術の知識は、唐突に「問題です!」をされて即答出来るほど綺麗に整理されてない。てゆーかそんな細かい事まで覚えてる訳ないじゃない、僕ののーみそは決して立派じゃないのです。


 それが、この優等生顔負けの淀みない返答。自分の口から出てきているとはとても思えない程のすらすら度合いにびびりばびりだった僕が、理由がありそな梗平君のお言葉にヒジョーに安心したのは世の道理というものだね、うん。



「今貴方が体験しているそれが、世の都市伝説の元凶の1つだ」

「……へ?」



 けど続いたその言葉はちょいと曖昧過ぎ、というか飛び過ぎ。つい上げてしまった間抜けた声に頓着せず、梗平君は淡々と続ける。


「貴方が直ぐに問いかけに答えられたのは、この地の魔力が貴方に知識を流しているからだ。元々貴方の中にある知識だからこそ貴方は平然と情報を処理して俺の問答に答えているが、それが元々自分の中になかったとしたらどうなる?」

「……魔力持ってない人が魔術書とか魔導書手にした時みたいに、頭ぱーん?」

「表現が抽象的だから断定出来ないが、おそらく間違ってはいない」

(おーまいが……そりゃあ噂の被害者みたいになる訳だ)


 それまで全く無縁だっただろう魔術やそれに付随する神話ほか様々なオカルティックかつファンタジーな知識、しかも専門的に分析されたアレコレをココロの準備無しにいっぺんに叩き込まれたら、そりゃー頭がぱーんとなるよね。 

 山に入っただけで知識が怒濤の勢いで流れ込んできて頭ぱーんなるとか、どんな危険トラップだろうか。ああなんておっかない。


「なしてそんな事になるん?」

「俺の憶測に過ぎないが。この地に住まうものの知識が魔力に溶け込んでいるのだろう」

「ほほー。今はいない、神社の神主さん達とか?」


 神主さんが魔術師顔負けの知識を持っているというのもみょーな話だけど。何でそこは陰陽師的知識じゃないのかね。


「さあ。そもそもこの地の魔力は、少々特殊な流れを持ってこの山を覆っている。……あるいはこれは、人間の知識ではないのかもしれない」

「……えええ」


 僕は思わず数歩後退した。何この山、本当にありえない。


「そこでヒトじゃないのが出てきますか」

「異形も人外も、常に俺達と背中合わせに生きている。特に、このような地では」



 そこで言葉を句切り、梗平君は再び歩き出した。



「ほとんどの人間は、山に入った瞬間に知識に侵され倒れる。だが稀に、この先へと迷い込む者がいる。その者達こそが、口をきけなくなる程自失する被害者だ」



 その言葉を聞いた瞬間、僕はぴっと敬礼する。


「すみません、僕はそんな目に遭う趣味はないのでこれにて」


 そしてそのまま踵を返して戻ろうと歩き出したけど、急に目の前に立ち上がった光り輝く壁に急停止を余儀なくされた。



「貴方はそうはならない。言っただろう、その「資格」があると」



 反射機能付きの障壁でとおせんぼしてくれた梗平君の保証なんて嬉しくも何ともない僕は、精一杯の抵抗を試みてみる事に。


「僕は割とチキンなので、そんなおっかないものとは関わりたくないなあなんて思うんだけど、逃避権は無し?」

「俺を呼び戻しに来るという選択をした時点で、逃げるという行為には何ら意味がない。眞琴に話したのだろう、今日貴方がここに来る事は」

「……うん。見て来いって言われましたねえ……」

(眞琴さんや、僕の事心配してるのかおっかない目に遭わせたいのか、どっちなのさー……)


 思わず遠い目になってぼやいた僕は、ふかーく息を吸い込んでくるりと振り返った。こうなったらヤケだ、とことん付き合ってやる。明日は二日酔いならぬオカルト酔いかね。



 1歩踏み出した僕に、待っていた梗平君は再び歩き出す。

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