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知識屋  作者: 吾桜紫苑
第2巻
23/80

山へ

 その日の夜。『知識屋』を出た僕はバイクを走らせ、山へと向かっていった。途中待ち構えていたチビ達を危うく轢きかけつつも合流、肩にしがみつかせて夜道を疾走する。


 移動がてら、チビ達の報告を聞く。風の音で聞きづらいので、夕方と同じく魔力を乗せた声でのやり取り。神経使うねこれ、疲れる。


『りょーへーの言う通り、あの子供はこの1週間山に出入りしてるみたいだぞー』

『しかもその近くで噂の被害者も出てる? らしいぞ』

「何で疑問系?」

『不思議な程被害者のその後の噂がないんだってさー』

「……へええ」

(うん、やっぱり早まったかなー……)


 チビ達の情報がどんどんヤバさを増していってる気がするのだ、どう考えても早まったとしか言いようがないねこれは。


「眞琴さんが来てくれれば良かったんだけどねえ……」



 チビ達との約束通り、眞琴さんには事情を説明した。僕が梗平君に例の噂を話した事や今日聞いた噂の事を説明すると、眞琴さんは何かを納得したように頷いた。そしてチビ達と同じく関わる必要は無いと言うのでチビ達に言ったのと同じ理由を口にすると、眞琴さんは1つ溜息をついて言った。


『……うん。これもいつかは必要な事だし、涼平は今がそうって事かな。行っておいで。ただし、私は行かない』

『行けないじゃなくて、行かない?』


 言葉に引っかかりを覚えて問い返せば、眞琴さんはみょーに静かに頷いた。


『そう。……涼平の責任で、見ておいで。そして、選んで』

『……何を?』

『——自分を』


 それまでここには来ない事、と告げてきた眞琴さんの笑顔が、何だか寂しげだった事がなんとなく心に引っかかっていた。



『りょーへー、今から引き返してもいーんじゃないのか?』


 僕の不安を感じ取ったのか、チビの1人が心配げにそう言った。けど僕は首を振り、バイクのハンドルをしっかり握る。


「毒を食らわば皿までってね。本当にヤバイと思ったら逃げるよ」


 自分に言い聞かせるようにそう言って、僕はエンジンを吹かした。






 中央の山は常緑樹が多く生えているけど、花粉の多い木はほとんど無い。麓と頂上付近には桜があるし、紅葉する木も中腹にちらほらあるから、それなりに四季の移ろいを楽しめる山だ。


(……遠くから見てて、だけどね)


 何せ神社の敷地内だからそううろちょろする訳にもいかない。せいぜい神社の境内から眺められる一部の紅葉と、麓から見る桜の白霞くらいしか観賞出来ないのさ。



 ……そう。神社に人がいる頃から、この山は遠くから眺めるだけの場所だった。



(梗平君もねえ……地元民なんだから、それくらい分かってるでしょうに)


 そんなに拘る何かがあるのか知らないけど、それで周りに被害を出してるようじゃまだまだ子供だなと、大人の世界に片足突っ込んでる大学生としては思う訳で。だからこそ尚更、止めようと思っちゃうんだよね。教育的指導な感じで、さ。



 山の麓に辿り着いた僕は、その場でバイクのスタンドを立てた。路駐だけど、夜中だしこの辺りは警察もそう来ないだろうし、まあ大丈夫でしょ。何かあった時に直ぐに乗って逃げられるようにしておきたいしね。


「さて、と」


 僕は呟いて、梗平君の魔力を探そうとした。占術の特訓で魔力の見分けも大分付くようになってるから出来るかな、と思ったんだけど。



 ……そう簡単に事が進んではくれなかったのである。ごっです。



「何コレ」

『りょーへーでもダメかー。俺達もこの辺りは良く分かんないんだよなー』


 うんうんとチビ達は呑気に頷いてるけど、僕は前言撤回で尻尾を巻いて逃げ出したくなってきた。


(山一帯に強力な魔力の気配がするとか、一体何なんですかねーこれは……)


 個々人の魔力なんて綺麗さっぱり掻き消してしまう程の強大な魔力が、山をすっぽりと覆い尽くしていた。下手な妖が近付いたら吹き飛んでるね、これ。


「チビ達が平気なのは何故かな……?」

『ここまできょーりょくな結界だと、俺達みたいな害の無い善良な妖はするーだぞ』

「どんだけなのよ、この山……」


 最近教えたばかりの横文字を使うチビの返答に、乾いた笑いしか出てこない。これじゃあ心霊スポットどころか聖域とか神域って呼ばれててもおかしくない。


「……うん? じゃあどうして被害が多いんだろうね……?」


 フツーこういう場所って寧ろ安全地帯というか駆け込み寺扱いされてそうなもの。それが人っ子1人いない上に、今じゃ最大の危険地帯。どーしてこうなるかな。


「まーとりあえず、梗平君を探しますかー……」


 こんな所じゃ占術もまともに使えないから、ここは原点に戻って人海戦術……もとい、じん海戦術が1番かな。


「チビ達、ちょっくら彼がどこにいるのか探してきてくれない?」

『えええ、この広い山をかー?』

「1番早かった子はお菓子いつもの3倍で」

『こういう山は俺達に任せとけ!』


 面倒くさかったのか乗り気でなかったチビ達は、僕の一声で俄然やる気になって飛び出していった。



 ……良いのかね、人間の作ったものに釣られる雑鬼ってさ。



(けど……ごめんよチビ達)



 心の中で謝って、僕は1歩踏み出した。やる気満々だったチビ達には悪いけど、お菓子3倍は誰にも与えられない。なぜなら——



「……器用な真似をするね、梗平君」

「貴方程ではない。……雑鬼を従えるとは、驚いたな」



 ——なぜなら、彼はずっと僕達の目と鼻の先にいたのだから。



 言葉と同時にすいと現れた梗平君は、僕らが目を向けつつ話していた山の中——常緑樹の傍らにじっと佇んでいた。

 対妖用の姿をくらます結界。それがなくともあんまり自然にこの山に溶け込んでるもんだから、僕も危うく見落とす所だったけどね。


「従えるなんて離れ業は無理無理。子供の頃からの付き合いだから、結構心配して助けてはくれるけど。最近はお菓子の味を占めちゃったみたいで、さっきみたいなやり取りばっかだよ」


 そう言って軽く笑ってみたけれど、梗平君はにこりともしない。


「1週間。思ったよりも遅かった」


 挙げ句にそんな事を言うもんだから、流石の僕もむっと眉を寄せた。


「こーら梗平君。君が何を考えて何をしてるのかは知らないけど、一般人にごめーわくをお掛けするのは駄目でしょう。大体、この山は危ないから近寄るなって言ったのに——」

「——ならば、貴方は何故ここに来た」


 僕の言葉途中で遮った梗平君の言に、僕はびしりと人差し指を向けてみせる。


「き・み・が! 何を思ったのか僕との会話の後から世間様にごめーわくをお掛けしてるからだっての! 良心が疼くのさ、被害者が増えてるとか言われたら見て見ぬ振りはしづらいでしょ、君の身の安全も含めて!」


 久々にこんな厳しい声出した気がする。自分の声に新鮮さを覚えるとか、なかなか無い経験だね。


 梗平君は押し黙ったまま、僕をじっと見据えていた。彼の背後から今にも何か嫌なものが出てきそうで、怪談話は基本平気な僕でも何だか背中がうそ寒い。


「ほら、もう帰るよ。この山が空恐ろしい場所なのはこうしてお互い分かってるじゃないか。特別にバイクの後ろに乗せたげる。僕は基本かわいー女の子しか乗せないんだけど」


 そう言ってひらひらと手招きするも、梗平君は僕のジョークに反応するでもなく、僕の手招きに応じるでもなく、微動だにせずじっと僕を見下ろしていた。


「ねー……僕寒いし、帰りたいなーなんて思うんだけど、」

「貴方は、まだ選んでない」

「は……?」


 僕の説得を綺麗さっぱり無視してくれちゃった梗平君は、かんっぜんに無表情だった。僕の瞳の奥を覗き込む茫洋とした瞳にすら、感情の色はなく。


 能面のような顔の中、唇だけが動く。



「それほどの素質を持ちながら、ただ唯々諾々と眞琴に従うまま。何ら線引きもせず、常識は眞琴の言うそれを鵜呑みにし、既に半年以上も魔術師の世界と関わっていながらあまりにも普通。——それは、選んでいないからだろう」



「…………」



(何だか眞琴さんと同じような事を言ってる気がするんだけど、この子)


 聞き覚えのある言葉と、淡々と並び立てられた僕のアホさ加減。それに糾弾の色はなかったけれど、いつかチビ達に言ったように、人は本当の事を言われるとむっとするのだ。


「……君も、僕が魔女のドレイだとか言いたいのかな?」

「眞琴は人形が嫌いだ。今も昔も」


 婉曲な否定の言葉を放つ彼の表情はやっぱり変わらなくて。その端整な顔立ちも相まって、それこそ人形のようで。



(……君は、眞琴さんが君を嫌っているとでも言いたいのかな……?)



「君が今こうして僕と話しているのは、店番の時に言ってた君と眞琴さんとは考えが違う云々が関係してる?」


 僕がそう聞くと、梗平君は初めて表情を動かし、微笑らしきものを浮かべた。


「頭も悪くない。……魔術師としての才はかなりのもの、しかも鬼使いの素質がある。それでいて「普通」である事が、どれ程「異常」なのか。それすら分かっていない……本当に、貴方は面白い」

「いや、面白がるとかどーでも良いから——」


 帰ろうという言葉はまたもや宙ぶらりんにさせられたまま、梗平君は僕に背を向ける。



「俺を帰す事に拘るのなら、ついてくると良い。貴方にはその「資格」がある」



 そして返事も聞かずすたすたと歩き出す彼に、僕はふるふると震える拳を握った。


(こーのー、マセガキ……!)


 合金ワイヤー並みとは言っても、僕にだって堪忍袋の緒がぷっちり切れちゃう事くらいあるのだ。人の親切と忠告を水洗トイレよろしく流して言いたい放題ワケの分からん事を言った挙げ句に勝手に動かれては、僕だってかっちーんと来るのである。


「ああもう、ここで帰ってしまえない自分が腹立たしいよね……」



 低く低く呟いて、僕は1歩踏み出した。——梗平君の後を追って、山の中へと。



 梗平君の言動、特に最後のそれが挑発である事くらい、僕だって気付いている。あの子が何らかの目的を持って僕を山へと導こうとしている事は、噂を聞いた時からおおよそ予想がついていたのだから。さっきも1週間かかっただの言ってたしね。


 だからこれは疑いようのない誘いであり挑発なんだけど……どうやら僕は、この挑発に対して応じずにはいられない程度には、男の子だったみたいだね。



 ……中学生の掌で踊らされているのは気に食わないけれど、こうなったら最後まで付き合ってやろうじゃないの。


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