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知識屋  作者: 吾桜紫苑
第2巻
20/80

少年魔術師の問いかけ

 そんなこんなは他にもちょいちょい起こったものの、梗平君は3日間きっちりと魔女様の代理を果たした。眞琴さんが太鼓判を押すだけある仕事ぶりだった。本当に中学生らしくないよね、良い意味でだけどさ。一言で言うと、末恐ろしい、これに尽きる。



 あ、僕の占術は予想通り梗平君のお陰で腕が上がったみたい。初日以外はぴたりと言い当てられたので、梗平君に丁寧にお礼を言った。チビ達みたいにお菓子でお礼という訳にもいかないから、言葉だけだけど。


 その時何故か梗平君がじいぃいいっと僕の事を凝視していたのが少し気になったけど、結局何も言わずにスルーされたから、今更って呆れられたっぽいね。未熟者でごめんよ。



 最終日の答え合わせと戸締まりを終え、挨拶も無しに帰ろうとした梗平君に、僕はふと思い付いて声をかけた。



「そういえば梗平君、山の辺りはおっかないものに取り憑かれておかしくなるとか何とかあんまし良い噂がないようだから、夜は遠回りでも避けた方が良いよ」



 小海さんの忠告通りここ数日ちょいと大回りして帰っている僕だけど、よくよく考えたら寧ろ気を付けるべきは中学生の梗平君の方じゃなかろうかと思ったのだ。


 僕よりよっぽど優秀な魔術師なのにっていう向きもあるかもだけど、魔術師でも戦いより研究が好きって人は結構いる。じゃなきゃいくら強制的に契約させられたとは言っても、魔術師見習いって立場を大人しく受け入れてない。僕は喧嘩は逃げるものって主義。男のプライドなんてものとは無縁だし、バトルに夢も持っちゃいないのさ。

 梗平君も好戦的な性格には見えないし、研究メインじゃないかなって思ったのさ。魔法陣の加筆も出来る模様だし。


 とすれば、おっかないと評判の場所は避けるが吉でしょうと、こうして警告してみたのですが。



「……中央の山か」



 立ち止まったものの振り返らないままの梗平君が、抑揚のない声で問い返す。その背に漂う異様な空気に違和感を覚えたけど、僕はうんと声に出して肯定した。


「大学で聞いた噂だけど、結構マジにおっかないらしくって。都市伝説に近いから多少眉唾だけどさ、こーゆーのって関わらないのが1番じゃない?」

「そう思うか?」

「え?」

「関わらないのが1番。それは魔術師見習いとしての、貴方の考えか?」


 振り返った梗平君の目は、初日のそれとそっくりで。気圧されかけたけど、なんとか立て直してへらりと笑って見せる。


「中学生くらいだと肝試しも楽しいかもしれないけどね、年を重ねると「好奇心は猫を殺す」という言葉の深さを思い知るのさ。そんな年長者からのアドバイスね、これ」

「猫でないとしたら?」

「へ? 違ったっけ、ことわざ」


 中学生にことわざを訂正されるとか恥ずかしーと戯けようとした言葉は、梗平君の射貫くような眼差しに遮られた。



「猫ではなく虎だとしたら。殺されないだけの力を持っていたとしたら。……それでも関わらずにいるべきだと、貴方もそう言うのか?」



「……えと……」

 みょーに重みのある言葉に、梗平君が僕の軽さにそぐわぬ真剣な問いかけをしているとようやく悟る。どうしよう、困った。


(そーゆー相談は、僕みたいなの相手にするものじゃないと思うんだよねえ……)


 人生は気楽に楽しく、適度に真面目にがモットーの僕に、そんな物凄く真面目に聞かれても困る。とゆーかこれはあれだろうか、巷に聞く中二病とかゆーものなんだろうか。


(それにしては重いんだよねえ……参った)


 けれどここで「おにーさんには分からないなー」と誤魔化せる程僕もイイ性格じゃないというか、無責任にはなれないというか。そこはなけなしのプライドが意地を張ったらしく答えるべきだなーと思ったので、僕は普段のーてんきな事しか考えないのーみそを、滅多にない、それこそ懐かしの受験期レベルにフル回転させてみた。



「んー……そうだねえ。厄介事を回避する能力があったとしても、必要なしに危ない目に遭うのはよくないと思うよ。でも……うーん、その必要があるというのなら、避けられない事もあるかもしれないけどさ。ほら、虎穴に入らずんば虎子を得ずってね」



 こんなものかねと自分の答えに満足してから、はたりと気付いた。元々は物騒だから避けなさいよって話だったじゃないか。



「ま、僕の考えはそんな感じだけどね、とにかく夜に山に近付くのはやめときなよ。わざわざオカルトちっくな危険地帯に近付いていく必要なんて無いでしょ、結構被害は深刻らしいんだから」



「…………」



 糠に釘。そんな言葉が脳裏を過ぎる無言スルーでした。……いや、スルーだけなら良かったんだけどね。



(えええ、何でそこで笑うかなあ)



 僕の言葉を聞いた梗平君はくっと口の両端を持ち上げ、目に楽しげな色まで浮かべて、笑顔と呼べる表情を浮かべたのだ。今まで無表情か剣呑な顔しか見た事なかったんだけど、なんだろうねこの笑顔は。ちょっぴり眞琴さんのチェシャ猫のような笑顔を連想させるんだけど。


(……いやいやいや。うん、まさかね)


 うっかり連想してしまったそれに我が身の危険を感じたので、慌てて打ち消す。だって眞琴さんがあの笑顔を浮かべる時って大抵碌な事が起きないのだもの、縁起でも無い。


 それに、この子が笑顔を見せたからって警戒警報を幻聴するってのもどうよ。いくら血の繋がりがあるといっても、梗平君は眞琴さんとは違うのだ。



 ……違う、よね?



「——つくづく興味を湧かせてくれる」



 ぐるぐると悩む僕を余所に、低く聞き取りづらい声で何事か言い放った梗平君は、唐突に背中を見せた。


「帰る。……今日は貴方の忠告に従おう」

「え、あ、うん。出来れば今日以降もそうしてちょーだい。それじゃあ、3日間ありがとね。お疲れ様」


 戸惑いながらも返した挨拶の言葉には、いつものように返答はないと思ったのだけど。予想に反して、梗平君は初めて挨拶を返して去ったのだった。


「ああ。……機会があればまた会おう」


 何故か、「いえそんな機会はご遠慮したいです」と言いたくなってしまうような物言いで、ね。



 ——後に僕は、どーしてこの子の胸ぐらを揺さぶってでも何を企んでいるか聞き出さなかったのか、とこの時の僕をしばきたくなった。

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