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知識屋  作者: 吾桜紫苑
第2巻
19/80

『魔女』代理と少年魔術師と

 その日は、『知識屋』に新規お客様1名様ご案内と相成った。



「申し訳ありませんが、本日は『魔女』が不在でして、代理の者が営業しております。明後日には戻りますので、その後の方がよろしいかと存じます」

 営業モードな僕のアドバイスを、フランス人らしき魔術師サマはにこやかに拒絶した。

「いやいや、代理の者がいるならばそれで良いよ。代理の人では新規の顧客に対応しきれないという訳ではないのだろう? 私は気にしないよ」


 言葉の節々の含みが全力で「代理はカモだ」と言ってるし、事実中学生な梗平君とは相性悪そうだから出来れば断りたかったんだけど、仕方ないか。


「……畏まりました。取り次いで参りますので、しばしお待ち下さい」


 にこやかな笑顔でそう言って、僕は『裏』へと身を滑り込ませる。ちょーどお客さんが引けてたみたいで、梗平君は分厚い魔術書を読んでいた。


「梗平君、新規のお客様が来たがってるんだけど、良いかな? 『魔女』がいる時に改めて来てもらいたい所だけど、構わないからって聞かなくて」

「カモだと思われたか」

「……えぇと、多分」


 どストレートなお言葉に、曖昧に頷く。中学生がそんな事に速攻で気付き、あまつさえ侮られた事にちょびっとも怒った様子がないってのは達観しすぎだと思うんだけどどうだろう。


「『魔女』の名はこの世界では有名だからな。代理相手ならば資格以上の知識を得られるかもしれないと期待するのは道理だ。事実、俺と『魔女』は考え方が違う」


 『裏』で第三者がいる為か、梗平君はきちっと眞琴さんを『魔女』と呼んでいる。その隙の無さは流石だけど、最後の一言にはちょいと驚かされた。


「え、そうなの?」

「貴方が心配しなくても、ここでは『知識屋』の経営方針に従う」


 僕の問いかけに答えてないようで1番訊きたかった事にはきっちり答える返事をして、梗平君はぱたんと魔術書を閉じる。


「通してくれ。魔術師はプライドが高い。見習いの貴方が相手では耳を貸さず、話は進まないだろう」

「うん、すっこんどけって今にも言われそうだった。連れてくるけど、1人で平気?」

「『魔女』に任された代理の役割は果たす」


 自信ありげともまた違う可愛げの欠片もない、もとい落ち着き払った様子。ノワールといいこの子といい、つくづく年不相応だ。サバ読んでるんじゃないのかと聞きたくなる。我が身が可愛いから聞かないけどさ。


(ま、頼りになって良いけど)

 眞琴さんも腕は確かだって言ってたし、何とかするだろう。


「じゃ、よろしくー」

 そう言って『表』に戻り、僕は魔術師の男性を案内した。






 30分後。


「このマセガキが……!」

「不服なら魔女のいる時にまた来店下さい。結果は変わらないか、俺以上にけんもほろろに追い返されるだけかと思いますが」


 どこかで聞いたような悪態と血の繋がりをひしひしと感じさせる慇懃無礼な返しに顔を上げれば、案の定さっきのフランス系魔術師が出てくる所だった。そっと溜息をつく。


(何とかなるどころか、眞琴さん顔負けの追い返しっぷりじゃないか)


 梗平君は期待以上にきっちりと魔女様代理をこなしていらっしゃるらしい。僕に八つ当たり気味に詰め寄ろうとした魔術師を店外へと叩き出すまでの完璧さだった。にこやかか仏頂面かって違いだけで、眞琴さんの対応そっくり。



「お疲れ様ー。追い返す程酷かったん?」

「いくら何でも、あんな身の程知らずの人間に魔導書など渡せたものじゃない」


 どうやらちょっぴりお冠らしい。表情はあんまり変わってないけど、言葉がめちゃくちゃトゲトゲしてた。触ったら痛そう。


「身の程知らず……実力にそぐわない物を買おうとしたとか?」

「取り扱いの基本すら学ばずに上級魔導書を使おうなど、自爆テロにもなりはしない」

「……うん、そんな人が魔導書を手にしたら、平凡な一般人としては夜もおちおち寝られないよ」


 険悪な声での返答の物騒さに顔を引き攣らせつつ、僕は深く頷いて賛同した。魔導書のイロハも知らないで買いたがるなんて、しょーじき暴走させようとしてるとしか思えないし、それがとってもおっかない上級魔導書ともなると、迷惑以外の何ものでもないよね。


「眞琴曰く、あえて魔導書や魔道具を暴走させて武器とする、制作者への冒涜を続ける人間もあるという。そのような輩は、それを考案し作るに至った尊敬に値する人の努力や苦労に何ら価値を感じないのだろう。あの男もそれと大差ない。魔力を流せばどうにでもなるなど、先人達の叡智ごと侮る暴挙だ」


 ただでさえ悪い目つきに更に剣呑な色を乗せて、梗平君は全力で毒を吐いている。こんな感情を剥き出しにする子とは思わなかったよ、おにーさんびびっちゃうんだけど。


(……うん、でも、この子が中学生だってよーやく理解出来たかも)


 年相応の振る舞いの切欠が魔術ってのもどーよと思うけど、この正義感の強さとゆーか感情の暴走っぷりは、僕にああ若いなあって気持ちを抱かせるに十分な反応だった。


 何だか懐かしさを感じながら、僕はまあまあと抑えるように手を前につき出す。


「多分あの魔術師は無駄にプライドの高いお馬鹿さんで、梗平君が言うような侮辱とかには思い至る事すらないのさ。結構いるよ、そーゆー厄介な人。面倒だよねえ」

「そんな人間が魔術師を名乗っている時点で恥だ」

「……ま、そうだね」


 それはそうだと、僕も苦い気分で頷く。眞琴さんの影響か、僕もそーゆー自分中心な考え方で他者への侮辱を無意識に行う人が魔術師やってるって思うと、どうもね。


 けど、こーやってイライラした空気をいつまでも引き摺るのはガラじゃない。疲れるじゃないか、そんなの。人生は気楽に楽しく、思い出したように真面目な位が丁度いい。


「けどさ、あんなお馬鹿さんの事でいつまでも時間を無駄にしててもしょうがないし疲れるし、忘れちゃいましょうってね。取り敢えず閉店までがんばろっか」


 梗平君も肩の力を抜いた方が良いよーという気持ちを込めてそう告げると、梗平君は瞬き1つで剣呑な色を消し、僕を見上げる。


「貴方は……」

「ん? 何?」


 見てると気が抜けるとよく言われる笑みを浮かべつつ聞き返せば、梗平君はみょーに大人びた溜息をついた。



「いや、何でもない。……眞琴が貴方を気に入っている理由は、少し分かった気がする」



 後半の言葉は良く聞き取れず。けどそれを聞き直すより先に、梗平君はくるりと向きを変え、『裏』へと戻ってしまった。


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