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知識屋  作者: 吾桜紫苑
第2巻
18/80

ウワサ話

 講義の後クラスの数人で集まり、後期試験の過去問を集めてコピーアンド整理作業をしている途中、何とか前期の単位を落とさずに済んだ福茂が話しかけてきた。


「よぉ嘉瀨、さっきの講義、良い眠りっぷりやったなあ」

「お互いにね」


 肩をすくめて返せば、福茂は肯定するようににやっと笑う。福茂は前期の試験前あれだけヤバイヤバイと言っていたってのに、相変わらずサボりまくりだ。単位落とし&留年ダービーに入っている福茂が今の所何とかなってるのは、ひとえに僕が仕入れた優等生ノートと過去問を入手しているから。この男はもっと僕の如才なさに感謝すべきだと思う。


「そっちはレポートどうや?」

「あー、あったねえそういうの」

 福茂の質問にぽむと手を打つ。最近ややこしい暗号の魔術書が多くて、その解読だけで夜を全部潰してたもんだからすっかり忘れてた。

「おおう、堂々たる手つかずやねんな」

「残念ながら、ね。自分で頑張ってよ」


 僕を当てにしていたらしく肩を落とす福茂にそう返していると、側で作業していた小海こうみ美羽みうさんが会話に割り込んでくる。


「珍しいねー、嘉瀨君が課題忘れるの。ぎりぎりだったりはしても、結構提出はちゃんとする派なのにー」

「うん、僕もびっくり。やらかしたよねえ」

 へらっと笑って頷くと、小海さんは可愛らしくくすくすと笑った。


 小海さんはふわふわとした茶色い髪とぱっちりお目々がチャームポイントな女の子。口調も性格もそれに似合うおっとりとした感じで、時々クラスの男子達の心を可愛らしい言動で撃ち抜いてくれる。女子達に隠れて作成されてる美少女ランキングトップスリーの1人で、ナンバーワンに推すそれぞれの派閥のお馬鹿さん達が時々つかみ合い直前にまでなっている。しょーじきそのうちばれると思う。


 そんな人気者の小海さんのウケを取ったのが面白くなかったのか、福茂がトゲのある合いの手を打つ。


「おぉかた街のねーちゃんと遊びすぎて忘れたんやで。せやろ」

「生憎君と違って、僕は定期的にナンパする趣味は持ち合わせてないんでね。ちょっぴりバイトが最近忙しかったのさ」


 ある意味本当の事を言い訳に使えば、小海さんは軽く首を傾げた。


「そういえば嘉瀨君って、結構真面目にバイトしてるよねー。どんなバイトなの?」

「せや、自分前に聞いた時も答えてくれへんやったな」


 2人に尋ねられて、僕は肩をすくめてみせる。


「隠してたつもりは無いんだけど。バイトは本屋の店員だよ、君達が来る所じゃーないと思う」

「本屋ならマンガ買いに偶に行くで?」

「お生憎様、マンガなんて一切売ってないちょー真面目な書店だよ。大学の教授達が買いに来るような、ね」


 福茂が大袈裟に仰け反った。


「か、嘉瀨がそんな店の店員をやっとるやと……似合わん」

「僕もそう思うけどねえ……ちょっとした伝手でさ」


 そりゃー僕だって、そんな真面目な本達と関わるなんて夢にも思わなかったさ。でも、同じ大学の女の子に捕獲されて強制的に店員にされましたー何て、ねえ? ……流石に言いづらい。


「へえー、嘉瀨君のお店番かあ。ちょっと見てみたいかも」


 ニコニコと笑う小海さんは、福茂のように失礼な事を言わずにそんなコメント。さて、この子が『表』の売り物に興味を持つとは思えないし、『裏』の書を買う『資格』もないんだろうね、やっぱし。


「結構夜遅くまでやってるよ、時給も良いし割は良いかもね」

(あの魔術講習は全く割良くないけどね、毎日おっかないですよ)


 心の呟きは表に出さずにそう返すと、小海さんがちょっと眉を下げる。


「でも嘉瀨君、あんまり遅い時間に人気の無い所歩かない方が良いよー」

「うん? 何かおっかない事件でもあったん?」


 なんかあったっけと今日のニュースを思い返すも、僕の目に止まったものは無かった気がする。小海さんもそれには首を横に振った。


「ううん、ニュースにはなってないんだけどー、この辺りってちょっと変というか、怖い事が多いんだってー」

「あ、それワイも聞いた覚えあるで」

「どんなん?」


 チビ達の情報網にも引っかからないとはなんぞや。少し興味を引かれて尋ねた僕に小海さんが説明してくれた事によると。


「……夜遅くに出歩いていると、お化けに取り憑かれる?」

「そうなんだってー」

(うっそくさー……)


 本心は綺麗に隠して、僕は愛想笑いのまま首を傾げた。


「んー、でもさあ、お化け的にも現代ってふらふらしづらそーじゃない? ほら、いつでもどこでも明るいし」


 これはテキトー言ってるんじゃなくて、眞琴さんも言ってた事だ。妖のように『夜』であれば動ける、そこそこ力のある連中ならともかく、ユーレイとかお化けみたいなのって夜に出ると決まってると明るさに弱いんだってさ。地縛霊みたいに場所とかに取り憑いてるならともかく、人に取り憑く系のお化けはそこまで怖くないらしいんだけど。


 そんな知識を基に冗談めかして言うも、意外や意外、福茂がマジな顔で首を横に振る。


「それがなあ、あんまり馬鹿に出来ひんみたいなんや。口コミにしてはかなりの人が取り憑かれたって言われとる」

「取り憑かれたって、なんで分かるの? いきなり白目剥くとか?」


 バカくさいジョークを飛ばすも、2人ともマジ顔のまま。あれ、これって本気な噂?


「もっと怖いかも。日がな一日ブツブツ言ってたりー、妙に怯えるようになっちゃったりー、何も無い所に向かって叫んでたりー。酷い時にはぼーっとしたまま、何にも話さなくなっちゃうんだって」

「何それおっかない」

「せやから危ないんやて。この地域の都市伝説の1つやで、何で生粋のジモティなハズの嘉瀨が知らんのん?」


 不思議そうに福茂に聞かれて、僕はひらりと手を振った。


「や、僕そういうの信じない派とゆーか、あんまし興味ないもんで、つい」

「えー、でもこれはちょっと真面目に危ないみたいだから、気を付けた方が良いかも」

「気を付けるって言ったってねえ、バイト帰りの遅さはどうしようもないし」


 具体的にどうすれば良いのか分かんない事は気にしないに限る。一応チビ達と協力して警戒しつつ帰ってるしね。


「ワイも詳しくは知らへんけど、中央の山に近寄るなっちゅーこっちゃで」

「え、何それ面倒」


 僕が顔を顰めたのは何の事はない、この街は山を中央に据えているちょっぴり変わった地理なのだ。そんなに大きなものじゃないんだけど、街自体がそこまで大きくないから結構な割合を山が占めている。どこに行くにも通るから、避けようとするとなると結構大回りだ。


 ちなみに山は国保有地ではなく、神社の持ち物だったハズ。だからこそ怪談とか都市伝説には事欠かないんだけどさ。


「でもー、本当に避けた方が良いよ。あの辺りが圧倒的に多いって聞くから。しかも、行方不明者も出てるんだってー。流石廃墟と化した神社があるって感じ?」

「廃墟って……そこまで古くもないねんな?」


 福茂が珍しくツッコミに回った。地元民である僕も賛同して頷く。


「うん、少なくとも小さい頃はフツーに神社だった。巫女さんも神主さんもいたし、初詣行った事ある気がする」

「何でそれが今や、アホみたいに危険な心霊スポットなん?」

「僕に聞かれても。何かいきなり人がいなくなったんだよね。行政がどーのって話は聞かないけど、やっぱそこはお金的な問題じゃない?」


 そう答えてから、話がずれてってる事に気付いた。コホンと1つ咳払いして、小海さんに向き直る。


「でも、そんなにヤバイってのなら避けた方が良いかもね。普段麓をぐるっと回って帰ってたんだけどさ」

「わあっ、それとっても危ない道だよー。よく今まで何も無かったね、嘉瀨君」

(それこそ噂がデマって証拠な気もするけどね、僕ってば厄介事ホイホイらしいしさ)


 眞琴さん情報は迂闊に喋っちゃアウトなので、心の中にそんな疑いは留めてにっこりと笑って見せた。


「日頃の行いが良いのさ」

「レポート1文字も書いてない奴がどの口で言うねん」

「おや、福茂が適切なツッコミをするなんて珍しい。僕ヤダよ、帰り雨に打たれてバイクなんて」

「そらどゆこっちゃねん!」


 裏手ツッコミの手をひょいとかわして、僕らのやりとりに楽しそうに笑っている小海さんにひらひらと手を振る。


「じゃー僕バイトだから。とにかく気を付けとくよ。心配してくれてありがとね」

「ううん。嘉瀨君、バイトがんばってねー」

「ありがとね。じゃ、また明日ー」


 如才なく挨拶を交わして、僕は『知識屋』へと向かった。

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