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桶狭間の胎動

まさかの日刊ランキング入り。

これもすべて読者の皆様のおかげです。感謝いたします。

今後とも応援宜しくお願い致します。

 


 永禄三(一五六〇)年


 国内の敵対勢力をすべて排除して尾張統一を果たした織田信長は、尾張・三河の国境地帯を今川家より取り戻すべく、国内の余剰戦力をすべて対今川戦線に投入。

 嘗て山口親子によって奪われ、現在でも今川方の軍事拠点として機能する鳴海・大高城を標的に定め、攻勢をかけ始めた。


 手始めに鳴海城に対しては丹下・中島・善照寺の三砦を、同城を囲むように築いて包囲戦を仕掛け、その南方にある大高城に対しては、鳴海への連絡を遮断するように丸根・鷲津の両砦を築き、圧迫する。



 これに対して、今川方の対応は大いに遅れた。



 鳴海城の岡部元信は織田方の完全な包囲によって籠城を余儀なくされ、大高城の朝比奈輝勝は包囲を破るべく丸根砦に攻撃を仕掛けるも、守将・佐久間盛重の前に敗北、逆に大高城を織田軍に囲まれてしまう。

 こうした失敗の結果、両城間と三河方面への連絡は完全に絶たれ、両城は敵陣深くに孤立してしまった。

 特に大高城は兵糧の備蓄は殆どなく、非常に危険な状態であった。

 辛うじて鵜殿長照が大高城救援に赴き、一時的に織田方の包囲を破って入城を果すも、数日後には包囲網を再構築され、返って窮地に陥るという有様だった。



 こうした今川方諸城の相次ぐ危機に、ついに今川義元自らが動く。

 駿河・遠江・三河の三国すべてに動員令をかけ、自らは駿府で軍勢の集結を待つ。

 鳴海・大高両城の危機を救い、織田信長に引導を渡すために。






 ~鵜殿さん家の氏長君・目指せ譜代大名~





 四月末。

 今川領各地のつわものたちが続々と駿府に集う中、俺は毎度のごとく松平邸にお邪魔していた。


 父上が尾張に出陣したため、俺は城主不在になった上ノ郷城の城番を正式に義元様から命じられ、明後日には駿河を発たなければならないのだ。

 今日訪れたのは、別れの挨拶の為であった。ついでに来月には尾張に向かって出陣するという、兄貴たち松平党の面々の様子を見ておきたかった、というのもある。




「そうか、お前らも初陣か」

「ああ、元服はお前に先を越されてしまったが、戦場を経験するのは俺たちの方が先のようだな」

「せいぜい上ノ郷で、俺たちの活躍を聞いて悔しがっているがいいさ。ハハハ」

「調子に乗って織田方に遅れを取るなよ……」


 鍋之助、亀丸は、二人とも初陣を迎えるらしく、非常に張り切っている。大将首を取るだとか、一番槍をつけるだとか。

 張り切りすぎて暴走気味だ。

 この二人が死ぬことはまず無いだろうが、見てるこっちは非常に不安である。 


「おい、与七郎。今回の戦で勲功をあげれば、本当に三河に戻して貰えるんだろうな、俺たちは」

「義元様はそうおっしゃたそうだが。どこまで信じてよいのやら……」


 すぐ側では松平家駿府同行組の家臣たちの中でも最年長の酒井左衛門尉忠次殿が、同じく年長組の石川与七郎数正殿と何やら喋っている。


 殆ど忘れかけていたが、兄貴たち松平党は今川家に保護という名の隷属を強いられている立場にあるのだ。

 本来ならば自分たちの治めているべき土地を他者に乗っ取られ、あまつさえ主君はその余所者の家臣同然の扱いだ。表向きは平然としているとはいえ、彼らの心中は悔しさと涙でいっぱいだろう。


 さらに言うなら、国元(三河)に残った他の家臣の生活は非常に苦しいものらしい。今川家の岡崎城代が義元様の命令を無視して三河衆をこき使い、彼らの生活は困窮してしまっている。

 見かねた父上が極秘に援助を回したりしているが、それも焼け石に水だという。


 義元様亡きあと、僅か数年で三河が松平家の手に戻ったのも当たり前のことなのかもしれない。

 若様がバカ殿だとか、そういう問題ではなく、それだけ今川家の三河支配には無理があったのだ。


 菅沼・奥平・戸田・牧野・吉良。


 数ある三河の有力豪族たちの中でも、最後まで今川家についたのが鵜殿本家だけだった、ということも今なら理解できる。

 彼らにとって今川家は、単なる侵略者でしかなかったのだ。

 今川家の一門に迎えられ、それ以降も忠誠を尽し続けた鵜殿家だけが例外だった。


 ……悲しい話である。



「おーい、三郎。景気付けに孕石の屋敷に馬糞を投げにいこーぜ!」

「やめときなさい」


 鍋之助がバカなことを言っている。いくら孕石が嫌いだからって、そんな失礼な事しちゃいけません。


「そんなこと言って、お前だってあいつのこと嫌いなんだろ?」

「確かに嫌いだけどね。流石に失礼だと思うよ」

「そうだ鍋之助、汚いだろう。それに、もし俺らがやったとばれてみろ。殿に迷惑がかかるぞ」

「むぅ」


 亀丸が説得してくれるようだ。任せてもよいだろう。

 駄々をこねる鍋之助と、それを宥める亀丸のもとを後にしつつ、屋敷の中をうろつく。

 今まであまり気にしてこなかったが、この屋敷には様々な人がいる。普段は皆出払っていたり、長屋に引き籠っていたりして顔を合わせることは少ないが、流石に今川家総力をあげての出陣の前になると、続々と集まってくるものだ。


 先にあった鳥居元忠殿をはじめとして、平岩親吉、植村家存、内藤信成といった後世において徳川十六神将や二十八神将に数えられる武将たちが揃っている。一人ぐらい引き抜きたい。


「おぎゃー、おぎゃー」

「ああ、またお漏らしを……」


 昨年生まれたという兄貴の嫡男・竹千代君(後の徳川信康)の泣き声を聞きながら暫く散策を続けていると、兄貴を見つけた。何やら考え込んでいるようだ。


「兄貴、どうかしたの?」

「ああ、三郎か。三河のことで少し、な」


 やっぱりか。

 義元様が領土返還を約束してくれたといっても、やはり不安なのだろう。顔にしわが増えるほど悩んでいるようだ。


「義元様が岡崎城を松平に返還する、と仰ったのでしょう?」

「確かにそうだが、『戦功次第』だ。どんな大功を挙げても、約束を反故にされる可能性もある。お前も知っているだろう、山口親子の末路を」


 兄貴は働くだけ働いてポイ捨てされることを警戒しているのだろう。山口親子という先例が存在するだけに、気が気では無いのかもしれない。



「今の兄貴は、かの太原雪斎の教えを受け、義元様の姪御を嫁と婚礼をあげた立派な今川一門です。外様で寝返り組だった山口親子とは違います。重用されることはあれど、始末されることは殆どないと思いますが」

「だとよいがな。治部大輔様や雪斎師匠には大きな恩を感じておるが、このことだけは別だ。早く三河を返してもらわねば……」


 そういって兄貴は自らの拳を強く握りしめた。

『史実通り』に行けば、桶狭間の後、兄貴は無事に岡崎城を取り戻すだろう。ただ、それが本当に兄貴の望んだ「奪還」だったのかは、この時代に生きていても分かりそうになかった。


「かなり時間がたってしまったようだな。愚痴を聴かせて悪かったな、三郎」

「いえ。気分が晴れたなら、よかったです」

「では、左衛門尉たちのところに戻るとするか」







 兄貴とともに鍋之助たちのところに戻ると、二人が何やらこそこそと動き回っていた。

 亀丸がうまく説得してくれたと思うが、また何か企んでいるのだろうか。


「二人とも、何をやっているんだ?」


 兄貴も気になったらしい。鍋之助に何事か問いただしている。


「孕石殿の屋敷にゴミを投げ込もうと思いまして」


 うん。説得を他人任せにした俺が馬鹿だった。


「おい、亀丸、説得はどうなった!」

「こいつを止めるのが難しいのは、お前だって理解しているだろう。汚物を投げ込まないようにさせるだけで精一杯だった……」

「どうせ駿河にはもう帰ってこないんだ。最後ぐらい今までの鬱憤を晴らしたって良いだろう!」

「いいわけあるか!兄貴も何か言ってやってください。」


 俺たちでは手が付けられないので、最後の頼みの綱である兄貴に説得のバトンを渡す。やんちゃな鍋之助も、主君の命令には忠実なのだ。

 ところが、兄貴の口からでたのはとんでもない言葉だった。


「楽しそうだな!俺も混ぜてくれよ」


 そう言った兄貴の顔は、悪だくみを思いついた子供のような顔であった。


「何言ってるんですか……。見つかったらまーた嫌味を言われますよ?」

「止めてくれるな、三郎。あいつには俺も腹が立ってたんだ。毎度毎度俺の顔を見る度に怒鳴りやがって」


 孕石主水と兄貴の因縁は、兄貴が鷹狩で逃がした鷹が孕石の邸内に入り込んだことから始まった。これを取りに行った兄貴は、偶然奴に遭遇。邸内に入る許可を取っていたにも拘らず、何故か逆ギレされてしまう。それ以後、孕石は兄貴やその家臣を顔を見る度に暴言を吐くという。

 さらにその矛先は、かつて兄貴をかばったことのある俺や岡部正綱殿にも向けられた。流石に兄貴たちのように暴言を吐かれる事はないが、顔を合わせる度にネチネチと嫌味を言われる。

 ……思い出したら腹が立ってきた。


「兄貴、俺も行きます。思い出したら腹が立ってきました。一発ぎゃふんと言わせてやりましょう」

「よしきた。これを持て」


 そう言って兄貴が取り出したのは、明らかに腐っている木桶だった。一見清潔に見えるこの屋敷の何処にこんな物があったのだろうか。

 聞いてみると、以前孕石が押し付けてきた物らしい。


「本当に最悪ですね。アレは」

「だろう。俺はこれを正当な所有者の元に戻すだけだからな。「嫌がらせ」ではないんだよ」


 兄貴の手の内には同じくボロボロの木桶が存在していた。さらに鍋之助や亀丸も同じような物を持っている。

 最終的に集められたゴミは、なんと荷車一台分。

 おそらく、すべて孕石に押し付けられたものなのだろう。こんな仕打ちをされて、今までよく耐えてきたものだ。

 流石は忍耐の人、だろうか。

 というか、よく瀬名様がブチギレなかったな。あの人のことだ。腹の中にいろいろと溜め込んでそうで怖い。



「よし、全員準備が出来たな。では、出陣」

『応っ!』


 そうして松平邸の門を出た俺たちは、目前にある孕石邸へと移動した。

 松平邸や鵜殿邸ほどの大きさではなく、他にも見る所の無いあまりぱっとしない屋敷である。土壁は黒ずみ、破損個所が修繕されずにそのままになっているあたり、この屋敷の主の人格がある程度透けて見える。

 兄貴の話では、屋敷の裏手に大きく破損している個所があり、そこからゴミを投げ込むのが今回の作戦らしい。


 荷車を引っ張り、屋敷の裏手へと移動する。そこで見たものは、余りにも酷い土壁の惨状だった。大穴が開き、所々崩れているのが遠目で見ても確認できる。さらにその上に乗っていたであろう瓦が散乱し放題になっている。ここだけ台風が来たのかと思いたくなった。


「伝令。邸内に孕石主水の姿は確認できず。攻撃の機会かと存ずる」

「承知。全軍、戦闘用意」

「はっ」


 そして、いつの間にか隊列に紛れ込んでいた岡部正綱殿の報告で、孕石が屋敷内にいないという判断を下した俺たちは、一斉に攻撃と言う名の不法投棄を開始した。

 当然周りに人はいない。

 がちゃがちゃという静かな音を立て、腐敗物が土壁の向こうに堆積していく。

 溜まっていた何かを吐き出すように、鍋之助と亀丸、それに正綱殿は怒涛の勢いで放り投げている。

 俺と兄貴も負けじと投げるが、三人の勢いには勝てそうにもない。

 三人の活躍もあって、ものの数分で荷車一杯分もあった腐敗物はなくなってしまった。


「いやー、すっきりしたな」

「そんなことよりも、なぜ次郎右衛門が紛れ込んでおられるのですか?」

「偶然通りかかったら、お前たちが孕石邸のほうに走って行くのが見えたものでな。後をつけて来た」


 そういうと正綱殿はワハハ、と笑った。この人も今までの鬱憤が溜まっていたのだろう。いい笑顔である。


「よし、目的は達した。速やかに退却するぞ」

「応っ」


 そうして無事裏手を抜け、松平邸前に戻ってきた訳であるが、そこで会いたくないを見かけてしまう。

 孕石主水祐元泰本人である。

 予想外の登場に、全員が言葉では言いあらわせないような顔をする。たぶん俺も似たような顔をしているのだろう。


「……見つからないうちに屋敷に入ろうぜ。見つかると何を言われるかわからん」


 正綱殿の言葉に、全員がうなずいた。

 ところが、孕石の行動は思いの他早かった。

 奴は俺たちを視界の隅にでも認識したのか、もの凄い早足で近づいてきて、何やら喚きはじめたのである。


「また三河の小倅かッ!まったく、誉ある出陣の前にこやつの顔を見ることになろうとはッ!」


 本人を目の前にしてよくそんなことが言えたものだ。意味もなく大声で叫んでいる所がまた嫌味たらしい。まだ三十代のはずだが、ガリガリに痩せ細った体。さらに顔は小じわに覆われ、頭髪には白髪が目立っている。

 典型的な「嫌味で神経質な人間」である。


「邪魔だッ!失せろッ!」


 近づいて来たのはそっちだろう、という正綱殿の突っ込みを無視して孕石は何処かへ行ってしまった。

 本当に嫌な奴である。


「鍋之助落ち着け。奴の顔を見るのも今日で最後だ」

「(ギリギリ)」


 俺の後ろでは亀丸が、今にも爆発して斬りかかりそうな鍋之助を必死に押さえていた。


「とにかく戻りましょう。また奴の顔を見なくてはいけなくなるかもしれません」

「そうだな……」


 兄貴も完全に疲れ果てているようだ。一言そう頷くと、黙りこくってしまった。




 俺たち全員が松平邸に無事帰還した後、目前の屋敷からもの凄い叫び声が聞こえてきたが、それはまた別の話である。








 俺の駿府での生活はひとまずこれで終わりである。

 今川本隊の出陣に先立って上ノ郷に帰還し、城番の任を果たすついでに、父上がいない間、鵜殿家の次期当主として領内のまつりごとを行わなければならない。ここで現代知識を活用して、後世に名を遺してやる。



 さあ、忙しくなりそうだ。








 永禄三(一五六〇)年五月十二日。





 今川義元は四五〇〇〇とも二五〇〇〇とも言われる大軍を率いて駿府を出陣。一路尾張を目指して、東海道を西進する。

 足利将軍家より特別に認められた蒔絵装飾の輿に乗り、赤地の錦の陣羽織を着用、今川家代々の名刀を腰に帯びて采配を振るうその姿は、「海道一の弓取り」の名にふさわしい威厳を誇っていた。

 三国同盟によって、後顧の憂いも無い。

 さらに井伊直盛、松井宗信、朝比奈泰朝、松平元康、飯尾乗連といった有力家臣の殆どが従軍。その規模は、これまでに無いほどに大規模かつ荘厳であった。






 ――こうして、歴史という名の歯車は廻り始めた。

  時代の勝者を定めるべく、静かな音を立てて。







桶狭間の展開には独自解釈が含まれます。ご了承ください。


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