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火事場泥棒あらわる

思ったよりも遅くなってしまった。

 





 四月である。

 春である。


 世が世なら、桜の季節が来た、門出の春がやってきたと狂喜乱舞し、やれ花見だやれ入学祝いだのと、何かにつけては酒宴に饗応とバカ騒ぎをする時節であるのだが。残念ながら今現在、三河は絶賛内乱中。

 一揆に武田に国人衆にと、続々と現れる敵勢力の対応に追われ、常在戦場を強いられている三河松平党とその悲惨な仲間たちにとっては、そんな快楽など何処か遠い世界の事。

 まるで現実味を帯びない夢物語のようである。

 何せ折角の春だというのに、暖かな陽光では無く冷え切った敵意を身に浴び、薄桃色の桜の代わりに真っ赤な血飛沫を見、新芽で溢れる野山を向こうに人の生首を鑑賞するという、その辺の三流ホラー映画程度では相手にならない程の混沌とした状況なのだから、そんな気分に浸っている暇が無いのは当然である。仮にそんな余力があるならば、ムカつく一揆勢を一人でも多く討つべく攻勢を繰り返しているだろう。

 それに、こういったことはまるで気にしないタイプの三河武士のことだから、そもそも春が来たという事実に気づいているかどうかすら怪しいところである。

 まあ、仮にそれを伝えたところで、せいぜい今年の田植えはどうなるかなーだとか、今年は例年にも増してひもじい思いをさせられるなー(三河国は元来貧乏である)等と言う至極真っ当な煩悩と苦悩が只々蓄積するだけであろうから、それは言わぬが花というやつである。



 さて、そんな松平党の本拠地・岡崎城である。

 松平清康・広忠の早すぎる死と、その後の混乱によって衰退していたこの城とその城下町も、徳川元康の帰還とその後の善政で往時の繁栄を幾何か取戻し、今では徳川家今川家鵜殿家他、万に近い軍勢が詰めかける西三河の一大軍事拠点として不死鳥のごとく復権を遂げていた。


 そんな立派なお城の中。幾重にも張られた曲輪の一つ、風呂谷丸。

 その土塁と深堀に囲まれた区画の中で、師走の如き慌ただしさを見せている者たちがいる。

 丸に三石を紋とする旗指物と、無味乾燥な鎧。  

 最近御無沙汰であった鵜殿家の雑兵たちである。


「急げ急げ」

「急がば回れ」

「これはこっちだ」

「ああ間違えた」


 兵員各々が武具や小箱を抱えてせせこましく走り回り、塵を舞い上げ、曲輪中を駆ける。

 ただ、その表情が疲労の色に染まってるのは決して気のせいではないだろう。

 彼らは新年早々出兵に駆り出され、今の今までほぼ休みなしで戦わされ続けてきたのだから。

 一所懸命に作業を行う傍ら、やっと帰れるのか、もう無理などと愚痴を零すのも致し方の無いことである。


 そんな光景を見ながら、彼らの指揮を執らされている鵜殿新平は一人大きく溜息を吐いた。


 本来ならば、この兵たち達の監督をするのは主君である氏長や与力である朝比奈輝勝の役割の筈だ。

 だが、今彼らは誰一人として此処にはいない。

 今朝方上ノ郷からやってきた急使を迎え、その話を聞いたと思いきや、皆酷く狼狽した表情をして主殿(城主のいるところ)に走って行ってしまったのである。

 アクシデントが重なって、一人残される羽目になった新平に指示を残して。

 余程、風雲急を告げる知らせだったのだろう。

 或いは危急存亡に関わる問題か。

 少なくとも、他のことを考える余裕が消滅するような重大な事項であることは間違いない。

 でなければ、幾ら当主一族の血を引き、精鋭の隊長を任されてるとは言え、ただの足軽頭程度の存在である彼に、全軍の指揮という分不相応な役目を押し付ける訳が無い。



(ああ、気が重い)



 新平は心に染み渡るような心細さと不安を感じる。

 急使の報告もさることながら、兵卒たちが最期まで服従してくれるだろうか。

 途中で何か深刻な問題が起きないだろうか。

 頭の中をぐるぐると感情が回る。

 ついでに胃も痛くなってくる。

 辛い。 

 もしも彼が明確な『将』であったならば、このような心配に駆られることは無かっただろう。

 だが、今現在の新平は足軽に毛が生えたようなだけの存在である。

 付き合いが長く、明確な指揮系統が存在している橙陣の連中ならともかく、兵卒たちの大半は新平に縁もゆかりもない普通の人間である。

 今のところ異議無く従っているように見えても、自分達と対して立場の変わらない人間に采配されることに反感を持ち、途中でボイコットを始めないとも限らないのだ。

 勿論、別にそうなったからと言って新平に不利な要素があると言う訳では無いし、仮に武力的な叛乱を起されても、彼程の膂力の持ち主ならば容易く制圧できてしまう。

 つまり普通ならば余計な心配をする必要は無く、下手な戦なんかよりも余程楽が出来るはずなのだが、今回ばかりは話が違った。 

 人というものは多かれ少なかれ予想外の出来事には弱いものだ。

 こういうトラブルが大好きだ、解決する自信に満ち溢れているという人間ならともかく、新平の問題処理能力は至って普通である。

 あることないこと色々と妄想し、精神的不安定に陥って軽い混乱状態になっていたとしても彼を責めることは出来ないだろう。




「あれっ? お前ら帰るのか?」


 さて、そんな危うい状態に陥り続けている新平の耳に、そんな声が飛び込んできた。

 快活ではきはきとした、明るい若武者の声である。


「これは平八郎様」


 本多忠勝である。

 最近戦場を共にすることが多くなり、ある程度気心の分っている相手とはいえ、その突然の登場に新平は驚いた。 

 どうも、彼は鵜殿家の軍勢が帰り支度をしていることを訝しんでいるらしい。

 それはそうだ。

 今回の撤退準備は突然のもの。

 当然、徳川家や他家の軍勢に正式に連絡したわけではない。

 曲りなりにも友軍だと思ってる人々が、何の報せもなしに退却の準備をしていれば、表に現さなくても不快に思うことは間違いない。

 そんな誤解を解くべく、新平は喋る。


「いや、べつにそういう訳では御座いませんよ。ただ、国許に何か起こった時の為にと殿が申されまして」

「ふーん。まあ、それはいいや。ところで、三郎はいないか? 用があるんだけど」 

「それが、今朝方主殿に行かれて以来まるで戻ってこられないのですよ」 

「んー……」


 何か引っかかるところがあるのだろうか。

 忠勝は珍しく腕を組み、深く考えるそぶりを見せる。


「此方にいらっしゃったのも、何か意味がありそうですね」

「ああ、別に大したことじゃあないんだけどな。今日の朝、殿から叔父上『だけ』に召集がかかってなぁ」

「ふむ、それはまた……」


 新平も忠勝同様、顎に手を当てて考える動作を始めた。 

 一応若年であるとはいえ、正式な本多家の当主である忠勝を省き、その後見人である忠真だけを呼んで評定を行うのはおかしい。

 忠勝本人もその事に疑問を抱き、何か事情を知っていそうな氏長に相談しに来たとのことだった。


「あと、叔父上を呼びに来た与七郎殿(石川数正)がやけに焦っていたな。珍しい」

「……」


 石川数正の人となりを、新平は良く知らない。

 だが、氏長が評して曰く「三河武士には珍しく、冷静で文治に優れた人」とのことである。

 そんな人物が焦っていたというのだから、忠勝でなくとも疑問に思う筈であった。


「そういやあの人、他の重臣にも知らせに行くとか言っていたなぁ……」


 再び、忠勝が思い出したように呟いた。

 ただでさえ怪しいのに、此処へ来て重臣限定の評定である。

 なにか、自分たちの想像をはるかに超えるような事態がおきているのではないか?

 彼らは悩む。 

 朝、上ノ郷からやってきた急使。一向に戻ってこない氏長。

 そして、徳川元康によって集められたという、本多忠真をはじめとする重臣達。

 恐らく徳川家の重臣たちに伝えられた報告というのは、上ノ郷からやってきたもの同様、相当に重い案件なのは間違いない。

 あるいは、両者共に同じモノなのかもしれない。


「今川家に何かあったのかもしれませんな。最近、今川の大殿は体調を崩しがちだと聞きました故」

「あー。確かにそれはあり得そうだなぁ」


 新平が自分の推測を語り、忠勝も肯定の意を返した。

 今川義元の体調がここのところ崩れやすかったというのは、結構有名な話である。

 だがしかし、それでも確証には至らない。

 せめて上ノ郷からの報告の内容が分かればまた違ったのだろうが、残念ながらやってきた急使も氏長達について行ってしまった為、今の新平にその中身を知る術は無いのだ。

 ちなみに新平が報告の中身を知らないのは、別にハブられたとか無視されたとかでは無く、単純に聞くタイミングを逃したせいである。

 まさか、自分が厠に行っている間に、そんな重大な情報を持った急使が飛び込んでくるなどとは夢にも思うまい。

 痛恨のミスである。


「まあ、いずれ我らにも伝達があるかと思いますゆえ、今は悩んでも仕方ありますまい。気長に待つのが得策かと」

「まあ、それもそうだな。ところで新平、何か手伝えるようなことはあるか?

 叔父上たちが返って来るまで暇そうだからな。手伝うぜ?」

「おお、それはありがたい」 


 結局、新平たちは今の段階でうだうだ悩んでも仕方がないという結論に達した。

 分らないことをいつまでも考えていても仕方がない。

 時間が立てば、おのずと答えが分かることである。

 今は目の前の出来事に全力で取り組むに限る。

 新平はそう思考すると、再び雑兵の監督へと意識を向けるのだった。

 ……本多忠勝のオマケつきで。






 鵜殿さんちの氏長君~目指せ譜代大名~






「三郎、どうした。こんな朝早くに」

「少しお耳に入れたいことがありまして」


 事の発端は、早朝にやってきた上ノ郷からの使者であった。

 その人物によって齎された急報を聞いて仰天した俺は、偶然その場にいた輝勝殿を伴って、鵜殿家に宛がわれた兵舎のある風呂谷曲輪を飛び出し、本丸にある主殿まで全力で走ってきた訳である。


 春が訪れて暖かくなって来たとは言え、四月の空気はまだまだ冷たい。

 現在、午前六時。

 こんな早朝に突然押し掛けても、追い返すどころか快く会ってくれる兄貴に感謝である。


「……眠い」


 大あくびをしながら、兄貴はそんなことを言う。

 どうも、こんな早朝に俺がやってきたせいで、近習に叩き起こされたらしい。

 悪いことしたかなぁ……。


「なんかすみません。無理矢理起こしてしまったみたいで」

「ああ。気にするな気にするな。相当やばい案件なんだろ?」

「ええ。よく分りますね」

「……酷い顔だからな」


 兄貴に一言だけ謝罪を行い、そんな問答を行う。

 どうも俺たちの顔は、ぱっと見て分かるほどに焦燥し切っているらしい。

 急使からの報告に愕然として落ち着く暇も無く、文字通り大慌てでこの主殿まで一目散に駆けて来たせいか。

 兄貴を待っている間に多少は落ち着いたと思っていたのだが、どうもそうでは無かったらしい。


「まあ、それはともかく。報告を聞かせてくれ」

「はい。上ノ郷城が竹谷松平家の軍勢に攻撃を受けたそうです」


 その瞬間、未だに眠気が消えず朦朧としていた兄貴の瞼が持ち上がり、その内側の瞳孔が、きりりという音を立てそうなくらい強く見開かれた。

 浮かぶのは驚愕、衝撃そして困惑といった感情だろう。

 さもありならん。

 何もかもが突拍子も無く、一聞してあり得ないような事なのだから。 


「……すまん、もう一度頼む」

「上ノ郷が、竹谷家の攻撃を受けました」


 報告を繰り返す。

 兄貴の眼は大きく開かれたまま、その表情も動かない。

 まるで、彼に流れる時間という概念が何処かへと消え去り、生命活動を全く停止してしまったような。そんな異常で奇妙な感覚に襲われる。

 同時に、辺りが静寂に包まれた。

 聞こえるはずの外からの雑音も、この部屋が奥まった場所にあるせいで聞こえない。

 いま、この部屋を支配するのは時間だけである。 

 どこからか、カチカチカチカチ……と、秒針が時を刻む幻聴が聞こえた。


「……間違いは、無いんだな?」

「残念ながら。上ノ郷からの使者を連れてきておりますが、話をお聞きになられますか?」


 やがて再起動を始めた兄貴が、俺に尋ねた。

 答えはイエスである。其方しかありえない。


「ああ、頼む」


 こうして、兄貴は上ノ郷の使者からの詳しい報告を聞き、すぐさま重臣と援軍の将を集めた評定を開くことを決定。

 そして、重臣達の到着を待っていた正にそのタイミングで吉田城から遣わされた急使がこの岡崎城主殿へと。


 ――――義元様の卒倒という、悪夢のような知らせを携えて。






「皆、よく集まってくれた」


 主殿に集まった徳川家の家臣達、そして援軍の将達を前にして兄貴はそう言った。

 いまこの場に呼ばれている徳川家臣たちは、家臣団の中でも重臣中の重臣と呼べる立場であったり、経験豊富な歴戦の将と名の通っている人物ばかりである。

 毎度おなじみの忠勝や康政は、未だ若年な為かお声はかからなかったらしい。

 少し寂しい気もする。


「既に話は伝わっていると思うが、鵜殿領が一揆に通じた竹谷家の軍勢によって攻撃を受けたそうだ」

「……」


 俺に向けられる徳川家臣団の驚いたような視線が痛々しい。

 恐らく、その報告を信じていない者、或いは敵の計略だと思っている者もいるかもしれない。

 なにせ竹谷松平家というのは松平諸家の中では最も古く、代々宗家当主に対して忠勤に励んできたいわば分家の筆頭格。

 今更離反するような理由も問題も特に思い浮かばないのだ。


「まあ、疑問はあるだろうが今は置いておいてくれ。

 そして、もう一つ。……大殿がお倒れになられた」

『!』


 諸将が一斉に息を呑む音が聞こえた。

 そして、その後に訪れる静かな慟哭と沈黙。

 援軍の将である関口親永殿と岡部正綱殿が、がくりと肩をついて項垂れているのが見えた。


「……大殿は未だに目を覚まされぬようです」


 そんな悲壮な空気が充満した部屋の中で、始めに口を開いたのは正綱殿だった。

 何時もの明るい彼からは想像もつかない程に、声のトーンが低い。

 察するに、彼らは義元様が倒れたという事実を知っていたのだろう。

 そして、それを知りながらも自分達ではどうすることも出来ない、何の解決策も打ち出すことができないというある種の壁にぶち当った苦しみは、一体どれ程までに辛いものなのか。

 正に身を削られる重いであろう。

 その心中を窺い知ることは、俺なんぞにはとても出来そうになかった。


「……悪いことは重なるものですな」

「……そうですね」


 そんな合間を縫って話しかけてきた数正殿に返事をする。

 武田に一揆に国人衆。此処へ来て竹谷松平氏の謀反に、義元様の卒倒である。

 良い事の後には悪いことがあると良く言われる。

 だが、今の我々にこの例えを当て嵌めるのは少々無理がありそうだ。


 ……沈黙が重い。

 恐らく正綱殿はこの空気を何とかする為に口を開いたのだろうが、義元様の容体が重いことが暴露され、益々陰鬱な状態になってしまう。

 踏んだり蹴ったりである。


「……重苦しいママでは如何しようもありますまい。我らが為すべきは、身に降りかかった不幸を嘆くことでは無くどのように動くか考える事でありましょう」


 そんな重苦しい空気を跳ね除けるように話し始めたのは鳥居忠吉殿である。

 そうだと分かっていても、雰囲気のせいで口に出来なかったことを喋ってくれた。

 流石は最古参の長老。

 先代当主の死や今川家の三河占領時代など、今より遙かに難しい状況を潜り抜け、松平家のリーダーシップを取り続けてきた人なのだから、こういう場合に如何したら良いか全て理解しているのかもしれない。


「……そうだな」


 普通ならば、そんなこと言われなくても分っている、だからなんだなどと要らぬ反感を買うだけということもあり得るだろう。

 だが、そこは長老。

 彼の口から紡がれるしわがれつつも厚みのある声には、そのような反発心を自然と消滅させるような、筆舌しがたい重みがあるのだ。

 流石、人生の大半を苦労と忍耐で彩られてきただけのことはある。

 正に『老いたる馬はみちを忘れず』という格言の通りである。 


 そして、諸将が再起動を始める。

 忠吉殿の言葉どおり、大事なのはこれからどうするかということ。

 勝機は己の手で攫むものだ。何時までもクヨクヨしていても仕方がない。

 悲嘆と言う名の現実逃避に溺れていては、勝てる戦にも勝てなくなってしまうのだから。

 それが出来ない程、この場の武将たちはアホではない。

 多少なりとも焦りがある中、皆千思万考、或いは沈思黙考して、様々な議論を巡らせる。


「織田家が動かぬのが不気味ですなぁ」

「まあ、あちらさんも斉藤家とやり合っていて余裕がないのだろう。それと、水野殿の工作が聞いているのかもしれぬな」

「ああ、そういえば停戦がどうとか言っておりましたな。藤四郎(水野信元)殿は」

「まてまてまてまて。拙者は断じて認めませぬぞ! 織田家との同盟など」

「落ち着かれよ。同盟では無く停戦だ」


 数正殿と忠次殿が織田家とについて話し合っている所に、忠真殿が乱入したり。


「最悪北条を頼るというのは……」

「それが連中、上総の里見とやり合っているらしくてな。逆に援軍をくれと言われてしまう」

「北条は北条で敵が多いのですね……」

「まあ、お家柄というものだろうな」


 関口殿と正綱殿は、主に関東方面について語っているようだ。


「時に三郎どの」


 そんな中、忠吉殿が俺に声をかけてきた。

 間違いなく竹谷の件だろう。


「何か?」

「上ノ郷からの伝令は本物だと断言できますかな?」

「ええ、それは間違いないかと。使者となった人物は、私と顔見知りでしたから」

「成程」


 岡崎城にやってきた伝令は、我が家に代々仕えている本多家(当然徳川家臣とは別系統)の者だ。

 恐らく忠吉殿は敵が用意した偽報ではないかと疑っているのだろうが、その可能性はありえない。


「ふーむ。竹谷家の離反は確実と言うことですかな」

「残念ながら。本当に一揆と通じたかはともかく、うちの領内を攻撃したというのは間違いないでしょうね」


 ちなみに一揆と通じて云々というのは、あくまでも推測である。

 だが、岡崎で膠着状態が続き、俺達が動けない最中に離反されたとなると、一向一揆に通じていないと考える訳にはいかないのだ。

 個人的には杞憂であってほしいのだが……。


「となると、鵜殿家は上ノ郷に戻らねばなりませんな」

「そうなりますね。途中離脱のような形になってしまって申し訳ありません」

「いや、気になされるな。お家の一大事なら致し方ありますまい」  


 一言だけ誤る。

 竹谷家の領地は鵜殿家の隣。つまり鵜殿家の存亡の危機である。


「三郎、兵は足りるのか?」

「ええ。少し辛いですが、なんとかしてみます」


 いつの間にか他の人たちに話を聞かれていたようだ。

 援軍の必要性を聞いてきた兄貴の言葉に、やんわりと否定を返す。

 一揆の主力と対峙する徳川家には、どれだけ兵がいても足りない。

 ここで要らぬ気遣いをさせて兵力不足に陥り、窮地に立たされる羽目になりました。となっては流石に申し訳が立たないのだ。

 それに、最初から援軍を当てにしていては、情けないと言うか武士の面目が立たないような気がしたのである。あくまでも自己論だが。


 そんな俺の内心を察したのか。

 兄貴は一言そうかとだけ答えると、再び他人の話に耳を傾け始め、俺も忠吉殿との会話に戻るのだった。




 そして、軍議は終わる。

 決意を新たに。もとい、色々と危機的状況への対処を考えた諸将たちは自らの持ち場に戻り、割り当てられた行動を行い始める。

 ある者は攻城へ。ある者は伝令へ。また、ある者は敵に回った同僚への調略を。

 そして、俺達鵜殿家の軍勢は、竹谷松平家と戦い、本領の危機を救うべく、一路上ノ郷を目指すのであった。






 

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