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反撃の狼煙

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 吉田城救援に成功した今川軍本隊は、余勢を駆って撤収する国人連合を追撃。

 大物の首こそ殆ど上がらなかったものの、彼らの軍勢に少なくない打撃を与え、渥美郡内から追い払うことに成功する。

 遠征初戦を見事な勝利で飾った義元他本隊の面々は、拍手喝采に包まれながら、吉田城への入城を果たしたのである。


「よくぞ吉田を守り通してくれたな、孫六郎まごろくろう(稲垣氏俊)。この義元、そなたの忠義と采配に感動致した」

「は、ははっ。ありがたきお言葉……」


 嘗て小原鎮実が居座っていた吉田城の主殿で、義元は吉田城を守り通した功労者である稲垣氏俊を称賛した。

 彼がいなければ、今頃吉田は国人連合の手に落ち今川家の東三河支配は揺らいでしまっていたことだろう。義元が手放しに称賛するのも至極当然と言えた。

 自らが信頼していた小原鎮実があのような失態をしでかした直後のことであった為、今回の勝利は彼の耳にはより良いものとして響いたに違いない。


「うむ。褒美として二連木城を与える。知っての通り、あの城は吉田城の前線じゃ。そなたの力をこれからも当家のために生かしてくれ」

「ははっ。この孫六郎、全力を尽くさせて頂きます」


 稲垣氏俊、齢五十を越えての大出世である。

 その後ちょこまかとした論功行賞を終えると、会議は東三河の新体制作りに移行した。


「死んだ小原の代わりに、吉田城代には庵原将監(之政)を任じる」

「ははっ」


 討たれた小原鎮実の代わりに、先代から忠誠を尽くしてきている庵原之政に城代を任せる。

 最盛期に比べれば痩せ細ってしまっているものの、義元を包む覇気と将才は健在。

 次々と指示を出して、東三河の体制を固めて行く。

 氏長が見れば感動して卒倒するだろう。

 それだけ見事な指示であった。


「先鋒は変わらず井伊肥後に申しつける」

「ははっ」


 義元から指名された三十歳前後の武将が、強い感情の籠った声と共に平伏した。

 井伊肥後守直親いいひごのかみなおちか

 次郎法師の元婚約者であり、最近今川家中で頭角を現してきた新鋭である。

 彼は養父の働きによって一国人から譜代家臣への事実上の昇格を果たした井伊家の家格をさらに引き上げようと燃え上がり、不断の努力を重ねていたところなのである。

 事実、今回の遠征においては近藤康用や菅沼忠久といった家臣・与力一同を引き連れ、桶狭間で養父・直盛が率いた軍勢よりも大規模なそれを率いて参戦。何処の家臣よりも早く、駿府今川館に駆けつけたのであった。

 今回先鋒に任命されたのは、そんな彼の努力が義元の目に留まったからなのかもしれない。


「何時でも出られるように準備をしておいてくれ」

「承知いたしました」

「関口刑部(親永)は、岡部次郎右衛門尉それに水野殿を連れて岡崎に向かうがよい。婿の顔も久しく見ていないであろう?」

「お心遣い感謝いたします。ご命令、しかと承りました。しかし、正式な使者とはいえ、仮にも敵である水野殿を軍勢に同行させると言うのは……」


 元康への増援命令を受けた関口親永が、義元の指示に首を傾げた。

 敵である水野信元を自らの軍勢に同行させるのは機密漏れになるのではないかと危惧しているようだ。


「……使者殿が謀反人の手で殺害されたとあっては、我が家の名折れじゃ。安全の為にはやむをえまい」

「しかたありませぬか。なんとか機密を守りつつ、水野殿を岡崎に輸送いたしましょう」

「そなたには苦労を掛けるな……」


 ちなみに噂の水野信元本人は此処にはいない。

 どさくさに紛れて主殿内に入ろうとしたのを義元近習に見つかり、そのまま屋外に追い出されてしまったのである。いくら使者とはいえ、流石に敵国の人間に軍議を見せるわけにはいかないからだ。


「田原の天野・朝比奈両将も此方に呼び戻寄せろ。彼らの軍勢も手勢に加えて、国人連合を追撃する」

「一つ、気になる事がございます」

「次郎右衛門か。申して見よ」


 田原城の軍勢を呼び戻そうとする義元に水を指すような意見をしたのは、元康の親友にして先ほど関口隊に付属された岡部正綱である。


「ははっ、僭越ながら申し上げます。田原城の動き、どうも怪しゅうございます。聞けば天野殿、朝比奈殿ともに出陣の準備はされども、全く動く気配がないとか。事実上小原殿を見捨てたとも言えるこの行為、拙者としては、敵と通じているのではないかと疑いを向けざるを得ませぬ」

「それはわしもおかしいと思っておった。だが、守りを固めていただけとも取れる故な。今の段階でどうこうするわけにもいかん」

「左様でございますか」


 今ここで小原鎮実を見捨てた事を理由に、天野・朝比奈両将を更迭し、別人を城主に任命するのも不可能ではないが、両者ともに何年にも渡って田原を指揮してきた人間である。この不安定な時期に突然司令官を変更してしまえば、間違いなく指揮系統に異常をきたす。義元としては下手に弄るわけにはいかないのだろう。

 結局、両者への処分は本人たちの弁を聞いてからという結論を出した義元は、田原へと伝令を飛ばした。

 そして、義元は今まで誰も話題に出さなかったタブーへと踏み込む。


「……肥前(小原鎮実のこと)に殺害された人質たちをしっかりと弔わねばならぬ」

「はい。聞けば御遺体は小原殿によって纏めて埋められてしまったとか。しっかりと改葬を行わなければなりませぬな……」


 義元の言葉と庵原之政の返答を聞いた家臣たちが、一斉に苦しそうな顔をした。

 敵味方入れ替わりの激しい戦国時代といえども、彼らもまた人の子である。無残な殺され方をした人質たちには同情してもしきれないのだろう。中には今回殺害された人質と個人的に親交のあった家臣もおり、声には出さないもののすすり泣いている人物もいた。井伊直親の与力、近藤康用などその代表である。


「肥前の遺領は全て没収、家名は断絶じゃな。あれだけのことをしでかして、本人は死んだから何も無しというわけにはいかん」


 妥当な処分だろう。

 その他の家臣たちも、異を唱えることはない。

 駿府に送られるはずであった人質を勝手に殺害して叛乱を誘発、最終的に任務すら放棄して逃走した人間に対して同情する家臣は皆無であった。

 義元の下した処分は翌日には駿府の氏真に伝えられ、ここに今川重臣であった小原氏嫡流の家名は途絶えることとなる。






 ~鵜殿さんちの氏長君・目指せ譜代大名~






「お疲れさん」

「戦功は上げたぜ?」


 徳川本隊が岡崎に帰還した翌日のこと。

 俺は忠勝と康政から、上野城攻略戦の詳細を聞きだしていた。

 なんでも忠勝・康政ともに大活躍をしたらしく、二人とも楽しそうに語ってくれている。

 数正殿が調略で活躍しただとか、忠次殿が敵の伏兵を見破っただとか。

 忠勝本人は上野城で城内一番乗りを果たしたらしい。康政も派手な活躍こそ無かったものの、しっかりと兜首を挙げ、感状を頂戴しているらしい。

 そんな彼らの話の中でも、気になることが一つだけあった。


「忠尚には逃げられたのか……」

「ああ。どうもあらかじめ逃走の準備をしていたらしい。俺たちが城内に突入した時には、城内に奴の姿は無かった」


 これ。

 酒井忠尚が戦死するでも降伏するのでもなく、逃走したということだ。

 康政の話を聞く限りでは、落城直前まで上野城内にいたのは間違いなさそうだが……。

 奴め。随分と準備の良い奴だな。

 まあ、史実でも徳川に敗れて駿河方面に逃走したという話だから、予想できないことは無いのだが。

 駿河に逃げられない現状ではどこに逃げたのか分らないが、大方一揆のもとに逃げ込みでもしたのだろう。

 まーた面倒くさいことにならなきゃよいが……。


「全く、城を枕に討ち死にくらいしろっての!」


 忠勝が一人で怒り、ぶんぶんと槍を振り回している。

 連日連戦のお蔭でそれなりに疲労がたまっていると思うのだが、全くそんなそぶりは見せない。

 山城の昇り降りで全く疲れを見せなかった政信といい、三河武士は基礎体力が違うらしい。


「そんなことよりも、お前の怪我は大丈夫なのか?」


 康政が俺の右腕に巻かれた包帯を見て言った。

 これは、先日の一揆との合戦で負ってしまった傷である。

 どうも敵兵の中にかなりの弓上手がいたらしく、知らない間に狙撃のターゲットにされていたらしい。

 幸い直前で気付いてガードに成功したが、もう少し遅れていたら確実に首辺りに突き刺さっていた。

 死ぬかと思った。

 矢じりは深く刺さっていなかったため命に別状は無かったが、こんな目にあいたくないと言うのが本音だ。

 余り前に出過ぎないほうが良いのかもしれない。

 大将たるもの軽率な行動は云々と政信に怒られたことだし、少々自重した方が良さそうである。


「とりあえず大丈夫かな。浅く刺さっただけだし」

「そうか、ひとまずよかった」

「無茶するなよ!一応大将なんだろう?」

「……」


 無茶ばっかりしているこいつ(忠勝)だけには言われたくなかったが……。

 まあ、仕方がないか。


「上野城が落ちて、今川の本隊も三河入りした。そろそろゾンビども決着をつける時期だろうな」

「ああ。こいつの調略も上手く行ってるみたいだしな!早く奴らの本拠を攻め落としたいぜ!」


 話は進み、一揆勢との決戦の話に進んでいく。

 この二人の言う通り、そろそろ決戦を挑む頃なのかもしれない。

 相変わらず勢いは落ちておらず、本隊と安翔城の軍勢以外の徳川軍は苦戦を強いられているが、一揆本隊との決戦に勝利し、その余勢を駆って三寺のうち一つでも攻め落としてしまえば、今川本隊の増援も含めて形勢は此方側に傾く。

 戸田忠次&鳥居忠広という一揆の内情に詳しい人も岡崎に来ているし、一度進言してみるべきだろうか。

 うーむ。

 とりあえずほかの徳川家臣たちからも話を聞いて、兄貴のところに話を持っていくとしようか。

 そんな悩みを抱えながら、友人との歓談は過ぎて行ったのである。




 それから数日後。

 関口親永、岡部正綱の援軍を迎えて勢いに乗った徳川軍は、一向一揆を攻撃するべく意気揚々と岡崎城を出陣する。

 兵力は数千に膨れ上がり、先日の連勝によって士気も高い。

 決戦を挑むには又とない好機であった。



 だが、勝利の女神は徳川軍には微笑まなかった。

 出陣直後に飛び込んで来た急報によって、撤退を余儀なくされてしまったから。



「武田菱の旗を掲げた軍勢が北方より接近中!動きから見て、狙いは岡崎だと思われます!」





ああ、文才が欲しい……。

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