ゾンビと忍者
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「よう、平八郎。お前も上野攻めに加わるんだって?」
「ああ。当然だぜ!」
評定を終えた翌朝。
ドタバタと騒がしい朝を迎えた岡崎城内で、俺は忠勝&康政のおなじみコンビと会話中であった。
この二人に直接会うのは数年ぶりである。両者ともに元気そうで何より。
「しかし、三郎。お前の武才も中々捨てたものでは無いな。まさか一日で大塚城を落としてくれるとは」
「おうおう。てっきり軍略の方はからっきしかと思ったら、そうでもなかったみたいだな!」
「買いかぶりすぎだよ、それは。相手の準備が整ってなかっただけだって」
うーむ。褒められて悪い気はしないが、いかんせん相手が相手である。
こいつらに比べたら俺なんて井の中の蛙。自転車と新幹線くらいの差がある。
なにせリアル戦国無双と十万石の賞金首だ。
事実、今でも忠勝に武芸では一度も勝ったことは無いし、軍学兵法では康政には殆ど勝てない。
悔しいが才能の差というやつだろう。
こっちには未来知識というインチキがあるからお互い様とも言えるが。
「そもそも、たった数百人で何万の大軍を止めるなんて芸当、俺には無理だ……」
「なんか言ったか?」
「ううん。何も」
独り言を聞かれてしまったようだ。
二十年後くらいに起りうることだと言っても信じるわけないので黙っておく。
そういえば、忠勝の蜻蛉切りってどうなってるんだろうね。今はまだ例の義元様の名槍を使っているみたいだし、鹿の兜もまだ被っていないようだ。
うーむ。早く彼のトレードマークとも言えるこの二つを見てみたいが、俺たちは未だに十五、十六の若輩者。
それらが揃うのには、まだまだ時間がかかりそうである。残念。
あ、そういえば。康政にまだ元服のお祝いを言ってなかったな。
一応引き出物は郵送したが、あれだけでは不十分だろうし、何より直接祝いの言葉を掛けてやりたい。
「小平太(康政の通称)、元服おめでとう。随分と遅くなってしまったが……」
「ああ、感謝する。兄上の体調が芳しくない時期での元服だったのが残念だがな」
「……」
康政の兄・孫十郎清政殿は徳川家の侍大将ながら生まれついて体が病弱であり、寝込んで戦に出れないと言うことが多いのだ。康政の元服が予定より早めに行われたのも、彼の陣代を務める為だったとも言える。元々酒井忠尚の一陪臣に過ぎない榊原家には、こういった場合に兵を預ける老臣みたいな存在がいない。彼以外には、陣代を務めるのに相応しい人材がいなかったのだろう。
だが、結果としてそれが榊原家を飛躍させる直接の要因になるとは歴史とは不思議なものである。
ちなみに、榊原家を酒井忠尚配下から直臣に抜擢したのはほかならぬ兄貴だ。
流石は後の天下人と言うべきか。人を見る目は確かである。
仮に直臣に抜擢していなかったとしたら、俺たちは今回の一揆で敵味方に別れて争う羽目になっていた。本当にGJと言わざるを得ない。
「そういえば、三郎ってあんまり功を誇らないよな」
「む、確かにそうだな」
暫く雑談を続けていると、二人がそんな質問を振ってきた。
確かにあんまり武功と言うものを誇ったことはない気がする。
この二人にとってはそれが意外なのだろう。
なにせ三河武士徳川家は武辺者の集まりであるため、ちょっとした行動でも武功として宣伝する癖があるのだ。
まあ、俺に誇れるほどの武功なんてないが。
「そもそも誇れるほどの武功が……」
「いやいや、十分にあると思うけどな」
「大塚城の速攻攻略、初陣での献策、西尾城攻城戦……、ぱっと思いつくだけでもこれだけある」
逆に言えばそれだけだよ!
「うーん。あんまり活躍したという感覚は無いんだけどなぁ。初陣とその後の戦は叔父上のおまけ、大塚城は援軍や家臣のお蔭だし」
「殿みたいな考えだなぁ……」
忠勝がそんなことを言った。
駿府時代は結構な時間を松平邸で過ごしたため、案外兄貴の人となりが移ってしまったのかもしれない。
腹黒いイメージばかりが先行してしまい、二十一世紀では古狸キャラが定着してしまっている徳川家康という人だが、実際には律義者であり、それと同時に家臣思いで思い上がる事の少ない人なのである。事実というべきか、三河時代からの家臣うち、一向一揆終結後に裏切ったり他家に走った家臣はほぼ皆無だ。唯一と言っていい例は小牧・長久手の後に秀吉の元に出奔した石川数正だが、彼の出奔には色々謎が付きまとっているので例外とする。
「それに、孕石みたいにはなりたくないしね……」
「思い出させないでくれ……」
アレの傍若無人っぷりを思い出したのか。
俺の返事を聞いた康政が青ざめた顔をして、納得するような拍子で頷いた。
こいつらの耳にも孕石の悪行悪評は当然届いていることだろうし、何よりも一番の被害者だ。俺があんな風になりたくないというのも理解できるのだろう。
というか、理解していて欲しい……。
「一瞬孕石みたいになった三郎を想像してしまった……」
「忘れて、頼むから」
流石にアレと一緒にされるのは俺としても勘弁してもらいたい所である。
「だが、あんまり誇らないのも厭味ったらしく聞こえるぞ」
「以後気をつけます……」
加減が難しい。
下手に武功を誇れば嫌われ、かといって引きすぎれば康政の言う通り嫌味にしか聞こえないだろう。
人付き合いって難しいね!
「孕石云々はともかく、お前ら気をつけろよ。相手はゾンビ……じゃなかった、妖怪一向宗だからな」
「勿論だ」
「なんだよ、ぞんびって……」
「ああいう倒しても倒しても向かってくるようなイカれた死人のような奴らを、南蛮の連中がそう呼んでいるらしい。俺も詳しくは知らないが」
我ながらいい加減な説明である。
ゾンビと言うのは、本来はアフリカあたりの伝承が発生源だったはずだ。
「生きる屍」をゾンビというようになったのは二十世紀に入ってから、創作などで広まった結果である。
当然この時代にそんな言葉を知っている西洋人(南蛮人)がいる筈無い。
よって、この説明はほぼ俺の創作である。真っ赤なウソと言う訳でも無いかもしれないが。
「ふぅん。だけど『ぞんび』っていうのは呼びやすいな!いつまでも一揆勢一揆勢じゃめんどくさいし。小平太、今度から奴らのことはこう呼ぼうぜ!」
「確かにいいかもしれないな。殿に提案してみるか」
「そうと決まれば行動だ!じゃあな、三郎。留守番頼んだぜ!」
「武功を期待しているぞ」
「そ、そっちもな」
叫び声をあげてドタバタと走って行く忠勝たち。
ああ、また胃が痛くなってきた。
すぐ悪乗りする兄貴のことだ。絶対に即採用!とか言うに決まっている。
忠勝の言う通り、確かにいつまでも『一揆勢』じゃ長ったらしいうえに発音するのも大変だから一理あるんだけど。
「なんだかなぁ……」
俺は誰かに悟られないように、ため息を一つ吐いたのだった。
結局、忠勝たちの提案は通ってしまったらしい。
以後、徳川家中では一揆兵のことを『ぞんび』と呼称するようになってしまう。おまけに『蠶人』とかいうよく分らない漢字まで当てて。
史実よりも数百年早い、日本におけるぞんびの誕生であった……。
~鵜殿さんちの氏長君・目指せ譜代大名~
徳川軍本隊の岡崎城出陣から暫く後。
氏長に「忍者を紹介してくれ」という無茶を吹っ掛けられた服部半蔵正成は、自らの父親にして伊賀三上忍が一・服部家の当主である半三保長に相談を持ちかけていた。
「……というわけでありまして、鵜殿様からは是非にと」
「中々面白そうな話じゃな」
仙人のような白い顎髭をもさもさと利き腕で弄りつつ、息子の話を聞く保長。
その瞼は閉じられ、傍から見れば正成の声をバックミュージックに気持ちよくうたたねをしている様にも見える。
しっかりと反応している分そんなことは無いのだろうが、見る者が見れば本当に忍者かと突っ込みたくなる光景であった。
「鵜殿の若は中々面白い御仁のようじゃな」
「左様ですなぁ。忍びの正規雇用ですか」
この時代、忍者の待遇はとてもではないが良いとは言えるものではない。
殆どの大名家では、大体が雑兵足軽と同じかそれ以下の扱いである。
――忍者を正式な家臣として取り立てる。
その氏長からの提案に、彼らが驚くのは無理はない。
事実、保長にとっても、忍者の紹介を依頼されたことはあっても、家臣として迎えるために推薦して欲しいといわれたことは皆無であったからだ。
武士として仕官に成功したという話は偶に聞くが、そんな例は自分を含めても本当に僅かだ。
「本国で食いつくものは多そうですなぁ」
「だが、時期が悪すぎる。今は少々人手不足だからのぅ」
三好長慶の死去に伴う三好政権の混乱や、六角・浅井の抗争、松永久秀を原因とする大和の動乱等々が原因で。彼らの本国・伊賀にもひっきりなしに派遣依頼が届き、国内はがらんどうとしているとか。
そんな状況では、推薦したくても推薦できない。なにせ人がいない。
「いっそ甲賀を頼ってみますか?」
「むう。どうせなら伊賀者を推薦したいんじゃがのぅ。徳川と言えば伊賀者じゃろうて」
「その理屈はどこから来るのですか……」
近江甲賀。
伊賀の北に位置する忍者の名産地である。
「伊賀と甲賀は対立していた」と各種創作で刷り込まれている現代人には意外にとられるかもしれないが、実はこの両者、戦国時代にはすこぶる仲が良く一種の協力関係にあったのである。
物語の本筋からは外れてしまうが、その仲の良さを証明する出来事として、史実において家康配下の伊賀忍者の要請で、甲賀忍者二百人が上ノ郷城に工作を仕掛けて見事成功させた、という記録が残っている。
「諦めて下さい、父上。ないものを振っても仕方がありませぬ」
「むむむ……仕方がないのぅ。楯岡や音羽あたりを送り込みたかったのじゃが……」
「大人しく諦めましょう。そもそも、あいつらがこの話乗ってくれるが分らないでしょうに」
「むぐぅ。しかしなぁ……」
「では、依頼書を書いておきますね」
「頼んだ」
甲賀に向けた依頼書をしたため始めた正成を尻目に、保長は目を閉じ物思いに耽る。
(忍優遇、若年で当主として成功を収める、身分にこだわらない性格。亡き大殿を思い出してしまったわい)
閉じられた瞼に映るのは、嘗て自分を三河に引き摺って行った男――松平清康の姿なのだろうか。
彼はそのまま眠ってしまいそうな姿勢で一昔前への回想へと意識を伸ばした。
※※※※※※※
保長が松平清康と出会ったのは一五三十年、応仁の乱の残り火が未だに燻る京の都でのことであった。
貧乏な伊賀を離れて足利将軍家に仕えてみたはいいものの、忍び出身という理由で全く用いられず、おまけに相次ぐ権力闘争で幕府内はボロボロ。毎日場末の酒場でおバカな将軍や幕府高官に対する愚痴を語り続けても、状況は良くならなるわけもない。
鬱憤が溜まりに溜まり、いっそのこと伊賀に引き籠っていた方が良かったのではないかと、思えてならない日々に飽き飽きとして、放浪の旅にでも出ようとしていた時のことだった。
彼の前に、その男が現れたのは。
「いい面構えだな!よし、俺の家臣になれ!」
ボロボロの自宅で酒を暴飲していた保長の前に現れたその男は、開口一番そんな台詞を言い放った。
突然の来訪者の破天荒な物言いと、その風格溢れる見た目に、困惑したのは保長の方である。
その華著な身なりからして、どこか有力な大名家に連なる者なのだろう。
年は自分よりも一回り下の二十前後と言ったところ。既に三十路を越えた保長からみれば、未だ子供の域を出ない年齢ではあるが、見た目からはとてもそうは思えない。
逆に自分が年下で、この青年に恐喝されていると言われても不思議はないだろう。
小鷹に優る鋭い目を持ち、その小柄な体躯からは覇気という覇気があふれ出て、まるで神話に登場する伝説の英雄ような神秘的な雰囲気を持った青年。
ドラ息子が精一杯背伸びして演技しているのではないかとも考えたが、冷遇されているとはいえ、幕府の直臣を引き抜こうとする胆力、伴の一人も連れずに他家の家臣のもとに訪れる謎の度胸。
どっからどう考えても偽物や演技の類とは思えない。
「いや、突然そんなことを言われましても。拙者は上様の直臣でございますぞ……」
額から冷汗を流しながら、不法侵入に文句を言うのも忘れて彼は目の前の闖入者にそう答えた。
目の前の青年は保長を値踏みすようるなよく分らない目つきで彼を眺めている。
時折ふむふむという頷きを発する以外は、特に変わった動きはない。
やがて考えを終えたのか、青年が質問を始めた。
「将軍家がお前に何をしてくれた?」
「一応、禄を頂いておりまする」
「それで、恩が出来たと言えるのか?」
「……禄を頂いている以上、忠義を尽くすのは人の世の常かと存じ上げまする」
質疑応答。
武士の忠義から最近の生活状況まで、いまいち主旨を理解しかねる質問と答えの応酬が続く。
青年はふむふむという相槌を打ちつつ、彼の答えを聞いていく。
やがて質疑応答がひと段落し、保長の出自や現状への不満が全て吐き出されたところで、彼は切り出した。
「どうだ、一度武士を志したのだ。俺のもとで出世を目指してみないか?」
「誰に仕えても、今の状況は変わりますまい。せめて忍びの有用性を最大限に理解してくださる方が現れなければ……」
「ほうほう、ならばそなたの目にかなうものがおるのか?将軍家やそれに近いものが駄目ならば、選択肢は限られてくると思うが……」
保長は悩む。
将軍家に近い家、すなわち四職・三管領とよばれるような名家では駄目だ。彼らは古くからの血縁や家柄にとらわれて、在野の者を絶対に重用しようとはしないから。かといって余裕のない弱小勢力では将来性が無いし、朝倉や尼子といった古くからの名家ではないが、それなりに安定している家では活躍できる幅が少ない。
そうなると、最近もっとも勢いがあるといわれる「あの家」位しかない。
「うーむ。最近話題の『海道一の弓取り』松平二郎三郎様にならば仕えても面白そうでございますなぁ。丁度都にやって来ているという噂がありますし、伝手があれば是非ともご紹介いただきたいですな」
「それは俺だぜ?」
それを聞いた青年は、少々驚いた顔をしてそう言った。
「またまた御冗談を。松平様がこんなボロ屋に現れる訳がありますまい」
保長が彼を信じないのも無理はない。
この当時、若年で三河を事実上統一した清康は『海道一の弓取り』として、その名声を高めていたのである。当然、幕臣である保長がその噂を知らない筈がない。
清康という超有名人にして今をときめく戦国大名がこんな町はずれのボロ屋敷に現れるとも思わないし、まさか自分のような零細似非武士を家臣にしたがっているとは夢にも思わないだろう。
「やっぱりそうなるか……。証拠があっても信じないか?」
「ほうほう、あるならば是非とも見せて欲しいですな」
「ならば、この紋所が……」
そういって、清康が懐から松平の家紋が描かれた印籠を取り出そうとした時のことだった。
ばたんという音とともに、服部家の扉が勢いよく開かれた。ギシギシと、屋敷の木材が悲鳴を上げ、それと同時に顔を真っ赤にして扉をこじ開けた侍の姿も視界に捕えることができた。
――さては押し入り強盗か!
とっさの判断で懐から脇差を取り出した保長は、印籠を出そうとしたまま硬直している清康の前に、彼を守るように立ち塞がった。
その間、僅か数秒。
流石は現役忍者というべきか、その動き一つ一つに無駄は無い。
だが、そんな彼の動きを見ても、強盗と思わしき侍の突撃は止まらなかった。
――狼藉者、名を名乗れっ。
いよいよ危機感を覚えた保長がそう叫ぼうとした直後のことであった。
突撃してきた侍が止まり、清康の方を向くと、怒りの表情で怒鳴り始めたのである。
「こちらにおられましたか!大殿!」
「伊賀……」
下手をすれば鼓膜が破壊されかねないような大声に、唖然としていた清康が我に返り何やら口にした。
どうやら、曲者だと思われたこの突撃侍は目の前の青年の知り合いだったらしい。伊賀、というのはこの人物の通称か何かだろう。
そんな考えを抱き、ひとまず危機は去ったと判断した保長は構えを崩した。
彼の目の前では客と突撃侍がなにやら言い合っている。
「松平家の当主ともあろうものが何時も何時もふら付き回って。本日は上様と会談の予定でしょう!送れたら如何なさるおつもりでしたかっ!」
「すまんすまん。どうも、不遇を囲っている忍びがいるという噂を聞いてな」
「しかしもかかしもございませぬ。宿舎を抜け出すだけならいざ知らず、よそ様に迷惑をかけるなど言語道断。今後はこんなことのない様にしっかりと監視させていただきますぞ!」
「ひぃぃぃ……。勘弁してくれ」
「なりませぬ。この鳥居伊賀守忠吉、家老の役割を放り出す訳には参りませぬ故」
「ひぃぃぃ……」
成程。
やはりこの青年は大名か、それに類するものだったようだ。
しかも将軍と会話できるとなると、かなりの高位、或いは名家の人物である。
しかし松平。つい先ほど聞いたことのある家名だ。
松平、松平……。
ここまで考えて、保長は目の前の青年が本物であったことにようやく気付くのであった。
※※※※※※※
時は再び現代に戻る。
(思えばあれから色々なことがあったものだ。)
清康と出会った当時と比べて大いに衰えた自分の姿を瞼の裏に映しながら、保長は走馬灯のような回想を続ける。
清康に仕えた自分を、彼は言葉の通り重用してくれた。
情報収集から破壊工作、そして流言・内応勧誘といった調略まで。織田家を始めとする外部勢力との戦いにおいて、自分が関わらなかった戦は無かったと言っても良いほどだ。案外貧乏な三河ゆえ、それほど給料が高いとは言えなかったが、幕府に仕えていたころよりだいぶマシであった。
彼が今でも生きていれば、今頃松平はどこまで成長していたであろうか。
織田を倒し、遠江あたりで今川と小競り合っていたかもしれない。美濃に進出していたのかもしれない。
だが、全ては遠い夢の話。
森山崩れにおいて清康の命が消えた時、保長のその夢もまた覚めてしまったのである。
尾張守山において阿部正豊の凶刃から清康を守り抜く事が出来なかったのが、今でも無念で無念で仕方がない。
彼が殺害されたその時、保長は丁度陣中を離れていたのである。
あの時、もう少し陣中に滞在していれば。織田方の謀略を警戒するだけでなく、警備を強化しておけば。
そんな後悔からか、清康の死後彼は気力を失い、事実上の隠居状態に陥ってしまう。
松平家があっけなく今川家に吸収されてしまったの時も彼は動かなかった。いや、動けなかった。
なぜなら、彼は文字通り「生ける屍」のような姿になってしまったいたから。
そして、下手をすれば死ぬまでそのままだったかもしれない。
だが、人生の最終盤とも言える今、保長は清康を継ぐと思わしき人間を発見することができた。
勿論、彼の主君は松平家改め徳川家であり彼ではない。
だが、どうしてもその人物に重ねて見てしまうのである。
在りし日の世良田次郎三郎――松平清康の姿を。
「鵜殿三郎の行く末、興味があるの……。彼が大成するまで、儂の命が持てばよいのだが」
誰にも聞こえぬ保長の嘆きは、冬の木枯らしの音に紛れて遠くへと消えて行った。
徳川本隊が上野を落とすために岡崎を出陣したその日。
駿府で時を待っていた今川本隊がついに躍動を開始した。
勲功稼ぎに燃える井伊直親と、娘婿の身を案じる関口親永を先鋒として、一万を超える兵を動員。
采配を握るのは勿論今川治部大輔義元自身。
今川家にとっては、桶狭間以来となる大出征であった。
――そして、この軍勢の中には、織田家の使者として一揆発生直前に駿府を訪れ、新年を駿府で明かす羽目になっていた水野信元も含まれていたのである。
サブヒロインを投入しようか迷っています。
架空の人物でもありなんでしょうか。