良からぬことを始めようじゃないか
最近更新が滞り気味だ……。
何とかしなければ。
「よく来てくれたな三郎。礼を申すぞ」
「こちらこそ。徳川家の援護あっての勝利です。我々だけではとても奴らに勝つことは出来ませんでした」
岡崎城内。
一揆勢を追い入城を果たした俺は、久々の兄貴との再開を喜んでいた。
文通はちょくちょくとしていたのだが、直接会うのは本当に久しぶりだ。
以前に会ったのは吉良家との戦が終った直後。岡崎城で宴会もどきを行ったときの話だから、かれこれ二年ぶり位である。
見たところ、体調体格器量その他諸々に特に変わりが無いようで、相変わらずの中肉中背なごくごく平凡な御容姿の人であった。
「お元気でしたか?」
「なんとかな。積もる話もあるが、今は一揆への対応が急務だな」
「そうですね。とりあえず一揆勢は追い払えましたが、奴らの勢いが落ちたわけではないので……」
「うむ。すぐに軍議を開こうか。三寺と鷲塚をどうにかしなければ、一揆は収まるまい」
「はい」
色々と話したいこともあるが、何時一揆勢が攻め込んでくるか分らないため、先に対策を考えておかなければならない。
お互いに事務的な話を少し交わした後、評定が行われると言う部屋に向けて歩きはじめた。
~鵜殿さんちの氏長君・目指せ譜代大名~
広間に並んだ数十にも及ぶ徳川家臣。ちょくちょくと見慣れた顔が混ざっているのは、まあ当然だろう。忠勝も康政もいる。ついでに元忠殿や、松平分家の連中もいる。
かなりの数の家臣が一揆に流れて、悲壮感が漂っているかと思っていたのだが、どうやらそうでもないらしい。此処にいる家臣、特に忠勝をはじめとする「武辺者」と呼ばれる連中は、この一向一揆という未曽有の危機を前にしても危機感を募らせるどころか、逆に興奮しているのである。
あれか、戦闘狂というやつだろうか。
殿様が部屋の中にやって来ているのにもかかわらず、ワイワイワイワイと騒ぎたて、まるで周りを見ていない。壮年の老将(恐らく鳥居忠吉殿)が静めにかかるが逆効果で、むしろ話に取り込まれて、一緒になって騒いでいる。
まるで修学旅行で騒ぐ学生そのままだ。俺も学生時代はあんな感じだったからよく分る。
ああ、他家の事の筈なのに頭が痛くなってきたぞ……。
「賑やかな評定ですね……」
「すまん……」
そんな彼らを見下ろしながら、兄貴と二人でそう会話する。
俺の立場は当然徳川の家臣よりも高く、この軍議の席では兄貴に次いで上座に座っているのだ。この騒ぎ爆弾共の会話や動きが手に取るようにわかるのである。聖徳太子ではないので、誰が何を言っているかは流石に分らないが。
ただ、忠勝が同族である弥八郎正信を非難しているのははっきりと聞き取れた。
てっきり幕府成立後の正信の所業によって、忠勝が彼を「同じ性だが、奴のことは親戚とは思わない」と言うほどまでに嫌うようになった、と思っていたのだが。どうやらこの頃からその火種は撒かれていたらしい。
……機会があれば仲裁してみようか。無駄な争いの種を知って、そのままにしておくのは寝覚めが悪いし。
「いい加減にしろよ、お前ら!軍議が始められないだろうが!」
「申し訳ございません……」
色々と思案を巡らせていると、遂に兄貴が怒り始める。
そんな彼の怒声によって、ようやく家臣たちはお喋りを止め静まり返った。全く敬意を持っていないように感じられても、流石は三河武士。主君の命令には絶対服従である。
一部例外もいるが。
「戦の後始末も終らぬところを良く集まってくれたな。一揆についての対策を考えるとしよう。皆、遠慮せずに意見を述べるといい」
「ははっ」
家臣たち一斉に平伏する。
先ほどまで騒いでた連中だとは思えない程、その動きはぴしゃりとしていた。
さて、色々と献策してみるか。この場で東三河の情勢に最も詳しいのは多分俺だろうし、奥三河の動も非常に気になる。この辺りの動きを見ない事には、まともに戦略なんて立てられないだろう。
「まずは拙者が現状を確認させていただきます」
「うむ。許可する」
一番初めに発言したのは、徳川家の長老格である鳥居忠吉殿だ。元忠殿の父親である彼は、今川家の城代に圧迫されていた時代にも忠勤に励み、現在の三河武士の精神基盤を作った人として今川家中では名が売れていたりする。
凄く憂鬱そうな顔をしているのは、彼の四男である鳥居四郎左衛門忠広が、親兄弟の静止を振り切って一揆についてしまったからだろう。
その心中はいかばかりか。俺には到底理解できそうにない。
「岡崎城に攻撃を加えてきた酒井忠尚とその指揮下にある一揆勢は追い払うことが出来ましたが、三寺の一揆本隊は殆ど無傷かと思われます。安翔城の大久保殿らがちょくちょくと奴らを攻撃してはおりますが……」
「とても損害を与えたと言える規模では無い、ということか」
「左様でございます……」
三河三寺・野寺本証寺と、大久保一族が詰めているという安翔城は近い。当然、連中の攻撃を受けやすいわけであるが、そこは勇将・大久保一族と長坂信政。
連中の攻撃を悉く跳ね返し、逆侵攻を行っているとか。頼もしい限りである。
だが、彼らの働きや、今回のような局地戦では殆ど完勝ともいえる成果を叩きだしているのにも関わらず、戦況は相変わらず徳川方が不利、防戦一方だ。勿論、決して彼らが力不足とかそういう訳では無い。
一揆勢の数が多すぎるのである。
門徒だけではなく、酒井忠尚のような文字通りの謀反人、一向宗の生み出す権益に癒着するものたち。そういった小物俗物が蠢きあい、力を紡いで現在の形になったのが『三河一向一揆』と言う名の妖怪だ。
それを指導する人間の心には信仰という高尚なものは殆ど無く、意地汚い人間の欲。そんな連中の事だから、自らの権益を固守しようと、今まで散々蓄えた銭を放出して軍備にいそしみ、意地でも敗れまいと只でさえ厚い面の皮を益々分厚くして抗戦する。勿論、中には本当に信仰心から動いている人も存在するだろうが、それはごく少数だ。そもそも、奴らを構成する兵力の中には、坊主どもに地獄云々をネタに脅されて無理矢理従わされている善良な領民だって含まれているのだ。
本当にこの時代の坊主は碌な事をしない。
ええい、一向宗なんて幻想入りしてしまえ!
そして二度と戻って来るな!
余計な争いの種をばら撒きやがって。信長が意地でも連中を潰そうとしたのも頷ける。
一揆が片付いたら、何か対策を練らなければならない。最悪禁教令を出すことも視野に入れなければならないだろう。こんな連中に鵜殿領内で蜂起されたら、今までの苦労が全てパーになってしまう。
仮に鎮圧しても残党が潜り込んでよからぬ企みをしないとも限らないし……。
はあ、今から頭が痛くなってきた。
「とてもではないが、やつらの勢いが落ちるのを待っている余裕は無いな。ここは討って出て、連中の拠点を潰すべきか」
「その方がようございますなあ。幸い今回の勝利で敵には隙が出来たでありましょう。三寺の一つ位は攻略できるやもしれませぬ」
色々と悩み続けていると、何やら出撃という方向に話が移って行った。
三寺の一つを落とすことが出来れば、一揆の勢いも弱まるだろう。
徳川家康といえば『待』の人だが、どうやら今回はその戦法をとっている余裕はないと判断したようであった。
「殿、少々よろしいでしょうか」
「おう、左衛門尉か。何なりと申して見よ」
「拙者としましては三寺よりも将監の方を如何にかすべきかと存じます。アレを放っておいては当家の沽券に関わることかと愚考いたしますゆえ」
「うーむ、御もっとも。奴の上野城は岡崎の北。左衛門尉殿の申す通り、放置するのは確かに危険でございますな」
酒井忠次殿の献策に、忠吉殿が同意の声を上げた。
酒井将監忠尚は前述の通り、文字通りの謀反人。忠次殿としては絶対に放っておくことは出来ないのだろう。献策が受け入れられるかどうかはともかく、同じ酒井家でも、彼個人は変わらぬ忠誠心を持っていることを行動で示そうとしているのかもしれない。
「上野の方を、か……」
兄貴は悩む。
北を攻めれば南の一揆勢に背後を衝かれる可能性がある。上宮寺と勝鬘寺は、岡崎城からそこまで離れていると言う訳では無いのだ。連中を無視して北を攻めるのは少々危険と判断しているのかもしれない。
当然兵力を分けるという手も考えられるが……。
「三郎。奥三河と東三河はどうなっている?」
……何故か話を振られた。
両方の情勢を判断して攻撃対象を選択する、ということだろうか。
まあ、とにかく答えなければ。
「はい。小原鎮実の暴走によって敵に回った東三河・奥三河の国人集団――これから先、国人連合と称します――は、今川方の各拠点に攻撃を加えつつ、一路吉田城を目指して南下中とのこと。これが拙者が上ノ郷を発つ直前の話でございます。」
「一応、その辺りは理解している。その国人連合の内訳や兵力はわかるか?」
「そうですね。吉田に近い岩瀬氏は既に我が手で討ち果たしましたが、他の連中はほぼ手つかずかと存じます。具体的に言うなら、真木氏と岩瀬分家以外の牛久保六騎、西郷、戸田、奥三河の三方衆、設楽、野田菅沼、伊藤、後藤、奥山その他あの辺の豪族。以上、全部敵です。今川方に残ったのは伊奈城の本多家と牛久保の牧野本家、真木と岩瀬雅楽助ぐらいですね」
「……」
俺の話を聞いた徳川家臣団の顔面が、面白い様に青白くなっていく。
話で聞く限りでは、辺り一面敵だらけでどうしようもない様に感じられるだろう。
実際その通りなのだが。
「ただ、田原、そして長沢もございます故、四面楚歌と言う訳でも無いでしょう。いざとなれば、遠江からの援兵も望めますので」
「うーむ。そういえば、一路吉田にと言ったな。牛久保はどうなったのだ?まさか、もう落ちたか……」
「いえ、どうも『鬼岩瀬』の反撃にあって、連中は攻略を諦めたようです。一致団結している牛久保よりは、小原鎮実のせいでぐらついている吉田の方が落とし易く、尚且つ国内に与える影響も大きいと判断したのでしょう。あの城はご存じの通り、今川家の東三河支配の中心地ですから」
「流石は鬼岩瀬か……」
鬼岩瀬こと岩瀬雅楽助氏政は、以前俺が攻め落とした大塚岩瀬氏の分家にあたり、その異名の通りの猛将だ。今川氏に対する忠誠心も厚く、今回牧野本家が敵に回らなかったのは、彼が必死に牧野成定を引きとめたからだともっぱらの噂である。
本家がしっかりと反逆したのに、忠誠を保つのは中々度胸がいることだと思うが……。あんまり有名では無いとは言え、彼もめんどくさい三河武士の一員だったと言う事だろう。
「ということは。奥平が岡崎にやって来る可能性は低いか」
「そうなります。出てきても極少数でしょう」
作手の奥平氏の勢力圏は、岡崎の北辺りまで伸びてきているのだ。
どうやら兄貴は奥平の来襲を警戒していたらしい。
東三河の情勢を聞いてきたのは、それが一番の理由だろう。
或いは、酒井忠尚が奴らと連絡を取り合っている可能性も考えていたのかもしれない。
「よし、上野を攻める。色々と悩んだが、まずは北を平定して一揆との対決に臨めるようにする。それが第一の方針である!」
「ははっ」
確かに一揆の団体様を相手にとるよりも、まだ小勢である酒井を潰した方が楽だろう。
「一揆の方はいかがいたしますか」
「勿論対策はする。三郎、それに主殿助。岡崎残ってくれるか?」
「承知いたしました。留守はお任せください」
伊忠殿と二人で平伏する。
上野を攻めるのに、どちらかというと地馴れている徳川勢の方が戦いやすい。まあ、いつぞやと同じく留守番になってしまったが、これはこれで重要な役目である。
本城の留守を預けるということは、それだけ信頼されているということだし。
悪い気はしない。
「安翔の方は現状のままで良いとして、鷲塚の方は……」
「此方も今まで通り、西尾城の雅楽助殿と彦三郎殿に任せるしかありますまい。幸い吉良家もおりますし」
「だな……。いくらなんでも距離が離れすぎている。二人には悪いが、このまま耐えて貰う他は無い」
鷲塚御坊(本宗寺)は碧海郡の最南端に位置する。一向一揆の主要拠点のうち岡崎からは最も遠く、おまけに辺り一面海に囲まれた要塞と言うこともあって、ここを攻略するのは最後になる事だろう。
「まあ、こんな所か。では皆の者、明日以降の健闘を祈り、今回の評定はこれまでとする」
その後は語るまでもない細々とした陣容やその他の取り決めを行うと、評定はお開きとなった。
「では、解散!」
『はっ』
その後、家に帰る途中の服部半蔵を捕まえて、以前から考えていた諜報組織設立のために忍者の紹介をお願いすると、俺もまた宛がわれた部屋に入って体を休めたのだった。
さあ、明日から留守番だ。
「そういえば、献策できなかったな……」
まあ、いいか。
会議ばかりやっている気がする……。