坊主繚乱
若狭武田氏の武田義統に憑依、という電波を受信しました……。
徳川家臣・酒井正親が、本證寺に逃げ込んだ犯罪者を逮捕するために捕縛史を立ち入らせたこと。
これが一向宗がもつ守護不介入――いわば治外法権――の特権侵害にあたるとして、本證寺の反発を受けたのが始まりであったのかもしれない。
この当初は元康本人の介入で丸く収まったものの、一向宗寺院そして僧侶や門徒たちの間に一度生まれた反徳川、反今川の感情は消えることなく、水面下で徐々に広がって行く。
――今川氏真の改革によって、既得権益を減らされることを恐れる世俗にまみれたもの。
――今川家の支配・統治に不満を抱くもの。
――単純に一向宗弾圧を恐れるもの。
様々な疑惑と疑念が絡み合い、初めは大したことのなかったそれらの感情は、時が立つに連れて拡大・伝搬していった。
そして迎えた一五六四年一月。
外部から『火種』が投下されるに及び、ついに彼らの一方的な不満と恐怖は爆発の時を迎えたのである。
~鵜殿さんちの氏長君・目指せ譜代大名~
「親愛なる門徒諸君。良く集まった!」
寒風吹き荒れる三河本證寺の境内で、僧侶・空誓は居並ぶ僧侶門徒に向かって声を張り上げた。僧籍にある者が身に着けるとは思えぬ黒鉄色の鎧に身を包み、手に持つ薙刀を天高く掲げて反徳川・反今川の激を飛ばす。本證寺住職にして一向宗中興の祖・蓮如の孫にあたる彼は、以前の酒井正親の横暴(一向宗視点)にもっとも怒るポーズを見せた人物であり、今回の挙兵を計画した中心人物でもあった。
「松平家先代・応政道幹様(松平広忠・元康の父))がお決めになられた三寺不介入の特権を意図も容易く破り、悪びれもしない徳川家に御仏の裁きを与える時が来たのだ!」
自らの頭で乱反射する陽を後光として、空誓は熱弁を奮う。
その源は世俗の権欲か、それとも真の信仰か。聞こえだけでは判断できるわけもない。
伝わってくるのは徳川家に対する殆ど一方的な恨みだけである。元はと言えば、それと知りつつ境内に犯罪者を迎え入れた彼らの側にも問題はあるのだから。
「今川家もそうだ!古来より我らが拠り所とするこの三河に土足で踏み入り、剰え統治などと称してあれこれ口を出してくる始末。このような卑劣な行い、公方が許しても御仏が許す訳もない!今この時より、今川家は仏敵じゃ!」
仏敵。
それはその名の通り仏教の敵。仏の教えに対して害をなすモノ。
今は亡き太原雪斎が聞けば激怒しそうな、根拠の全くない言いがかりに等しいことであるが、興奮の絶頂にある門徒どもの頭にはそれを思考する理性は無い。それどころか一揆の正当性を得て狂喜乱舞し、空誓同様声を張り上げて「仏敵滅ぼすべし」と叫び続ける有様だ。
そんな門徒たちの状態に満足した空誓は更に激励と言う名の煽りをさらに続ける。
「この度の義挙に参加するのは我ら門徒だけではない!不甲斐なくも今川に従い続ける主君に痺れを切らした上野城の酒井将監様をはじめ、徳川家に属する同胞たちも極秘裏に挙兵の準備を進めているのだ!家臣を満足に統率できず、愛想を尽かされる徳川元康など恐るるに足りず!厭離穢土! 欣求浄土!御仏の御加護は我らにこそあり!門徒たちよ、今こそ立ち上がり、この三河に我らの暮らす楽園を築くのだ!」
「厭離穢土! 欣求浄土!」
「厭離穢土! 欣求浄土!」
門徒たちから発せられた復唱は、怒号となって天に響く。
進めば極楽、引けば地獄。
一度正気を忘れた門徒たちは、死ぬまで動きを止めない狂気の死兵となって敵対者に襲い掛かる。混沌と暴虐が西三河全土に溢れかえり、屍山血河を築く前触れ。
一歩間違えば制御不能に陥り、暴走する危険を孕んだ『一揆』は間違いなく、そして確実にこの地に破滅を齎そうとしていた。
「……」
そんな光景を静かに見つめる侍と思わしき男が一人。
ナマズのようなひょろ髭を生やした以外にはこれと言って特徴の無く、無愛想な表情を浮かべたその男の名は、本多弥八郎正信という。
彼はもともと徳川元康に鷹匠として仕え、駿府に同行するなどそれなりに重用されていた男だ。そんな人物がなぜこの一揆に参加したのか。
答えは簡単。自らの持つ忠誠心と信仰心を天秤にかけた結果、後者が前者に勝ったからである。
そして、そんな判断を下したのは彼だけでは無かった。
渡辺守綱、蜂屋貞次、内藤清長、大草松平昌久、夏目吉信、鳥居忠広その他諸々。
後世において「犬のように忠実」と評され、戦国最強軍団の一角を占めることとなる松平党三河衆も、この時ばかりは敵味方に二分して血みどろの争いを繰り広げたのである。それだけ、この当時の三河において一向宗の影響力が領民・武士問わず大きかったことの証左であろう。
ただし、一揆に参加したは良いものの、主君との忠誠との間で苦悩している武士は多かったとも伝わる。敵味方に別れたとしても、つい先日までは同じ釜の飯を食べたとも言える同僚と戦うのである。よほどの戦闘狂か不忠者でもない限り、悩まない方がどうかしているだろう。
そして、本多正信もそんな武士たちの一人であった。
暴走ともいえる程に怒声を張り上げる門徒軍団をその目で眺めて、彼も悩み続けた。信仰を理由として元康のもとを離れ、一揆に参加したは良いが、自らの目に映るのはどう考えてもまともな僧侶・信徒とは思えぬ者たちの姿。仏法に沿って抗議活動を行うのならばいざ知らず、あの空誓の口から発せられたのは、まるで侍が戦に赴く直前のような演説である。
――これでは、平穏を乱す無法者と何ら変わらないではないか!
正信の思考に、一筋の疑惑が差しこんだ。
嘗て駿府の松平邸を訪れた、「人を導くのも宗教なら、狂わすのも宗教」という元康の弟分の言葉が脳裏を回る。
本当に自分の判断が正しかったのか。今更ながら疑問に思い、後悔もするがもう遅い。堂々と離反を明かした自分が、のこのこと元康のもとに帰れるわけもない。
冬場とは思えぬ熱気を放つ本證寺の境内で、彼はどうしようもないという独り言を漏らしたのだった。
「これでよろしかったのですかな?」
「はい。上出来でございます……」
演説を終えた空誓は、暗がりに蝋燭が炊かれた部屋で自らの客人である「男」と会話していた。
修験者か山伏のような恰好をしたその人物は、空誓が初めて会った時と同様不気味な笑みを浮かべている。
「それで、今川家を三河から追い出し、貴殿の主家が治める事になった暁には、約束通り……」
「はい。当家は一向宗寺院の権益について一切の口出しをいたしませぬ。我らは、慣例をいとも簡単に破る今川家とは違います」
「左様でございますか……。ふ、ふははははは」
その返答を聞いた空誓は、目の前に客がいるのにも関わらず狂ったように高笑いを始めた。
結局は彼もまた利権に執着する欲にまみれた人間だったらしい。
(腐れ坊主が……)
その光景を直接目にした「男」は、内心で空誓を見下す。かの蓮如の孫と聞き、会うのを楽しみにやって来てみればこの俗物。蓮如上人、そして親鸞上人が見れば、さぞかし嘆き悲しむことであろう。
本来ならばこの場で殴り倒してやりたい気分である。
だが、コレの機嫌を損ねて一向一揆が取りやめになってしまうような事態は避けたい。
三河調略を命じた主君の目標達成、そして「男」自身の野心の為には、この目の前の坊主の力が必要不可欠なのである。
「男」の描いたプランはこうだ。
元々独立心の強い山家三方衆をはじめとする奥三河の豪族を唆し、今川家に対して反旗を翻させる。
それに乗じて主家の軍団が徐々に三河に侵入し、奥三河一帯を制圧。その後、その主家と領地が接することになった東三河の豪族を徐々に取り込んでいき、最後まで今川方に残るであろう西三河では一向一揆を起こしてその勢力を壊滅させる。
三国同盟は事実上の崩壊を迎えるだろうが、戦国の世は弱肉強食。桶狭間で弱体化した今川家が悪いのだ。
『策が成り、三河が当家の勢力圏に収まった暁には、三河賀茂郡一帯を与える』という「男」の主君が発行した朱印状も現実になりつつある。
小原鎮実の暴走は流石に想定外だったが、結果として東三河の有力国衆の殆どを戦わずして此方に引き込むことが出来た。棚から牡丹餅とはこのことを言うのだろう。
最後の一押しである一向宗を焚き付けることにも成功し、あとは彼らと奥三河・東三河の国衆がこの国を蹂躙するのを待って、控えた主家の部隊を侵入させるだけである。計画の成功は間違いなし。
以前準備していた(といっても唆しただけだが)吉良義昭という駒は、徳川元康の見事な采配によって呆気なく潰されてしまったが、今回ばかりは流石の奴とも言えどそう簡単に対処は出来ない筈だ。隣国・尾張の織田信長の介入が怖いが、奴に対しては別の手を用意して目を三河から逸らしてある。こちらに手を出される心配はない。
全ては父祖伝来の地に返り咲くため。そして、自らの父を故郷より追い出した今川家への復讐の為。
「男」――山本勘蔵信供は、高笑いを続ける空誓を尻目に、自らもその笑みをより一層強めたのだった。
だが、この時の彼は知る由もなかった。
遠大な計略の一部が、鵜殿氏長の手によって既に崩されかけていることを。
そろそろ主人公大活躍の予感。