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とある隣国の蠢動

今まで触れなかった諸国の動きです。


 


「ふーん、武田がねぇ。もぐもぐ……」


 蜜柑を頬張りながら、手元にある書類に目を通す。

 これに記されているのは、他国の動きや情勢などの大まかな情報。

 上ノ郷を訪れた商人たちの話や、早馬に紛れて聞こえてくる風聞をまとめたものだ。

 あくまでも噂レベルであるため信憑性にはクエスチョンマークがつくが、火のないとこには煙は立たぬともいう。詳細はどうであれ、ここに書かれているような事が実際に起こったということに違いはないだろう。

 今後のことを大雑把に考察するには、十分に役に立つ代物だ。


 ……え?こんなものいつ纏めたかって?


 勝重がぱぱっと纏めてくれました。

 見やすい上にわかり易い、重要と思える項がはっきりと示してある等々、資料としてはかなりの出来だ。

 成り行きで命じたこととは言え、ここまで完璧にこなしてくれるとは思わなかった。

 鵜殿家が本格的な諜報組織を造った暁には、彼をそこのトップに任じるのも良いかもしれない。

 ……内政と兼任というのは中々酷かもしれないが。






 ~鵜殿さんちの氏長君・目指せ譜代大名~






 さて、話を武田の動きに戻そう。

 つい二月ほど前――今が一五六三(永禄五)年十月だから、八月のことか――、南信濃に駐屯する武田氏の軍勢が、東美濃の有力国人・遠山大和守景任とおやまやまとのかみかげとおの居城である岩村城いわむらじょうに攻撃を加えたらしい。

 が、結果は惨敗。

 天険に位置する岩村城がそう簡単に落城する訳もなく、地の利と城の防御効果を生かした岩村城兵にボコボコにされた挙句、大した戦果も挙げられないまま信濃に帰って行ったとか。

 この攻撃が信玄の意を受けてのことか、それとも南信濃を差配する家臣の独断かは情報が少なすぎて判断できないが、武田家中に東美濃を攻略しようとする意志があることは間違いない。


 そうなると、史実よりも圧倒的に早く織田家と衝突する可能性も出てくる。


 上洛を目指す信玄は、北と南をそれぞれ上杉謙信&今川義元という自らと互角の英傑に抑えられている以上、美濃を抜けるしか道は無いし、それが(地形等を考慮しなければ)最短距離でもある。ついでに鉱山資源が豊富とはいえ、基本的に貧乏な連中の目には、肥沃な美濃国はさぞかし魅力的に映る事だろうし、美濃を抑えれば、一国で五十七万石という化け物じみた国力を持ち、熱田・津島という東海道最大規模の交易都市を有する尾張を攻略する事も可能になるのだ。狙わない理由がない。


 だが、信長がそれを黙って見過ごす訳が無い。


 なにせ、彼の目標は美濃全土の攻略。

 現在は斉藤氏の力が強い西美濃よりも、独立性が比較的高い東美濃を攻略しようとしている最中なのだ。彼としてはそこを武田に持っていかれるのは我慢ならないだろうし、美濃の一部でも奴らの手に落ちれば、本国・尾張が危機に晒されることになる。


 彼にとっては、武田の美濃進出など絶対に認めるわけにはいかないのだ。


 配下の木下藤吉郎きのしたとうきちろう森三左衛門可成もりさんざえもんよしなりを派遣して熱心に東濃諸豪族の取り込みを行っているというのも、武田に先んじて彼らを支配下に納めようと躍起になっているからだろう。

 現にその効果は表れており、今回武田が攻撃を加えた遠山景任には信長の叔母・おつやの方が輿入れしているし、遠山総領家である岩村遠山氏が信長傘下に入ったことで、遠山七家と呼ばれる分家集団も、すべてが織田氏に従属の姿勢を示しているらしい。

 ……信長が斉藤氏の重要拠点・関城を既に落としたことも関係しているのだろうか。


 いやいや、待て待て。

 遠山氏が信長に従属しているってことは、既に両者は交戦状態に突入しているともいえてしまうじゃないか!

 史実では信長が東美濃攻略に手を出すのは一五六五年ごろ、織田・武田両家の衝突は信長包囲網の出来上がった後の一五七二年ごろだったことを考えると、やはり早すぎる気がするが……。


 ――これも桶狭間で義元様が生き残った影響だろうか。


 信長が東美濃攻略に史実より早く手を出しているのは、桶狭間直後の停戦条約が名目上は今も生きていることと、義元様という強豪が存命しているせいで三河に手が出せず(史実において信長は桶狭間直後、三河松平党と小競り合いを起こしている)美濃攻略に集中する過程で、東濃の独立性の高さに早く気づいたせいと取れるし、武田が美濃に手を出したのも、信長の切り崩しが早く進んだせいで斉藤氏の弱体化があらわになったから、と取る事が出来る。


 経緯はどうあれ、両者の勢力圏が重なり、今後の情勢次第では大合戦に及ぶ可能性もあることには変わりはない。


 そうなってくると重要なのは今川家の出方。

 織田・武田両家にとって、お互いの背後にでーんと構える大国今川家はある種の鬼門だ。

 今のところはうちと同盟を結んでいる武田家有利といった所だが、現状の今川家には、他家の争いに構っている余裕がないのは周知の通り。

 働きすぎが祟ったのか、義元様の体調が思わしくないらしいし、敗戦の痛手からも立ち直ったとは言い難い。

 仮に武田家から援軍要請が来ても、ほぼ確実にスルーすることになるだろう。

 そうなると武田の反応が怖いなぁ。今川恐るるに足りずとかいって、そのまま信濃から三河、あるいは甲斐から駿河に攻撃を加えないとも限らない。

 義元様自らが指揮をとるであろう駿河の方はともかく、三河のほうは防ぎきれるかどうか怪しい。

 もしそうなった場合、迎撃の任に当たるのは吉田城の小原鎮実だが、あの人は智将とは言え、少々人格に問題があるというかなんというか……。

 未来の戦術をいろいろ知っている俺が出張るにしても、武田の騎馬隊にそれが通じるかどうかは甚だ疑問な訳で……。

 一般的な武将相手ならともかく、高坂とか山県相手なら生き残るのすら危なくなるレベルだろうし。

 もちろん鉄砲をはじめとする重火器が大量にあれば話は別だが、生憎そんなものは無い。


 かといって、宿敵ともいえる織田家と結ぶのは論外だろうし……。いや、戦国の世だから決してないとは言えないか。

 尾張・三河国境を領する水野信元みずののぶもとが何やら積極的に動き回っているようだし、案外織田家の方からアプローチを掛けてくることがあるかもしれない。

 三国同盟の手前、連中の味方をすることは無いにしても、中立を保つと言うのはありうるのか……?


 駄目だ。考えても分からん。


 ――全ては義元様、もしくは若様の腹次第といった所か。


 うーむ、だれか良い献策をしてくれる人がいると良いのだが……。

 折角若様が「今川家の直臣ならば、家柄にかかわらず献策を受け付ける」という法令を出したのだ。

 一つぐらい良い案が入ってそうではあるが、もしもに備えて、俺も色々と考えておくか。

 何もしなくて後悔するのは絶対にごめんだからな。


 しかし、まさか武田が美濃の方に手を出すとは思わなかったなぁ。

 てっきり三河を狙ってくるとばかり思っていたのだが……。

 流石の武田信玄も四方八方を敵に回して無事でいられるとは思わないから、これでひとまず安心……?

 いや、奥三河の動きは明らかに怪しいし、油断は禁物か。

 今後も連中の動きには、細心の注意を払った方が良さそうである。


「やっぱり、まともな情報収集組織がいるよなぁ……」

「情報は重要、だっけ?はい、蜜柑」

「ありがとう」


 いつの間にかそばにやって来ていた次郎法師さんが差し出した蜜柑を受け取りながら考える。

 大叔父上の諜報網だけでは今後厳しくなって来るだろう。情報収集精度もそこまで高いと言う訳では無いし、何よりもあの程度の防諜能力では、武田の透波すっぱ(忍者のこと)から上ノ郷の機密を守りきれるとは思えない。一応、歩き巫女(武田家の利用する、偽巫女さん。奴らの情報収集の手段)対策に、領内に入り込んだ怪しい神職には監視をつけることにしているが、何処まで効果がある事やら……。


「やっぱり、本格的な忍者集団を雇うべきなのかなぁ」

「そんな余裕ないんだよね?」

「うん……」


 一人二人ならともかく、他国の情報まで集める集団を組織するには、当然かなりの費用がかかる。

 そんなものを用意するだけの財力は今の鵜殿家には無い。

 まあ、小原鎮実殿も忍者を使って防諜に力を入れているらしいし、そこまで焦らなくても大丈夫だろう。


 それに、他国の情報は噂レベルで十分だ。

 この纏め報告書にも、畿内を牛耳る三好家が衰退気味であることや、その家臣である松永弾正久秀まつながだんじょうひさひでが勢力を伸ばしている、といったことが書かれている。

 この辺に手を入れるのはまだまだ先のことになりそうであった。


 ――蒲郡よ、早く発展してくれ……。


 そんな思いを胸にしながら、その日は暮れて行った。






 ――翌年の正月。

 氏長や元康、そして義元でさえも読み切れなかった衝撃の事態が三河を襲う。

 ひと時の休息を終え、鵜殿さんちの氏長君は再び戦乱と混沌へと巻き込まれていくことになる。


 次回、三河動乱編開始。




今回で日常編は終わり。

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