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軍事的ななにか

軍事関連といっても大したことはしていません……。

 



「以前御注文成なされたもの、確かにお届けいたしましたぞ」

「ご苦労様。城下に休息所を設けておきましたので、少しお休みになってから戻られるように」

「お心遣いに感謝いたします」


 上ノ郷城内にぞろぞろとやってきた人足の代表が俺に頭を下げる。

 彼を含めた人足の群れが運んできたものは、それなりの量の武器。

 俺が以前、三河宝飯郡の鍛冶・真木氏に製作を依頼したとある兵器。それがつい先日完成し、上ノ郷に届けられたのである。


「ほほう、長槍ですかな」

「はい」


 それらを運び込んだ先の城内の武器庫で、輝勝殿が驚いたような声を挙げた。

 彼の目の前にずらりと並んでいるのは長槍。これだけならば特に驚くこともないが、彼が驚いているのはその長さだ。通常の長槍は二間(三m六〇cm)ほどであるのに対して、これらの槍は三間半(六m)ほどもあり、普通の槍よりも長い。


 何を隠そう、これこそが俺が鵜殿家で新たに採用しようとしている新兵器・三間半槍さんけんはんやりである。


 武器のリーチが長ければ長いほど敵兵と正面から激突した時に当然有利であるし、これらを持った部隊を密集させ陣形を組ませて運用することで、疑似的なスペイン方陣のようなものを作る事が出来るかもしれない。

 本来ならばもう少し長くしたかったのだが、余り長くしすぎても柄が曲がってしまったり、乱戦になった際に手際よく対応できなくなってしまう。三間半という長さは、そういったことが起こらない絶妙な数字なのである。

 ……この長さにしたのは、信長が作り出した長槍がだいたいこの位であることを覚えていた為、というのもあるのだが。ようは彼のパクリである。


「ちょっと拝借……。むむむ、少し重いですな」

「雑兵用の槍ですから。我ら将には不向きかと」


 長槍を持ち上げた輝勝殿は、予想外の重さに少々戸惑っている。

 やはり、これを兵が上手く扱えるようになるにはしっかりとした訓練が必要だろう。

 幾ら構えて突撃するだけとは言え、まともに持てなかったのではお話にならない。


「やはりこれは例の連中に?」

「一応、そう考えていますが。何かご意見がおありですか?」

「いやいや、意見と言うほどでもないが。いっそのこと全軍に配備してみては如何かな?」

「うーん。あくまでも実験段階ですので。それは実戦での活躍を見てから、ですね」


 大量に注文するだけの資金と余力が無かったことはあえて黙っておく。

 宝飯郡の真木まき氏といえば、百年以上前から鍛冶家業に従事している、三河では名の通った鍛冶集団なのだ。当然、お値段の方もかなり高めに設定されている。貧乏な鵜殿家では、一度にドドンと注文できる訳が無い。今回注文した量が限界ギリギリである。


 何故領内の鍛冶屋を使わないのかって?


 初めは領内の鍛冶屋に注文しようと考えたのだが、鵜殿領内には殆ど鍛冶屋がおらず、その腕も高々しれている。そんな状態では、多少値が張るとはいえ、有名な鍛冶集団に頼んだ方が良いに決まっている。


 それに、今回彼らと繋がりを持つことができたお蔭で、色々と不透明だった奥三河の現状が見えてきた。

 人足達にそれとなく聞いたところでは、奥三河に勢力を持つ山家三方衆やまがさんぽうしゅうの一家・田峯菅沼氏の筆頭家老、菅沼道喜斎定直すがぬまどうきさいさだなおが、真木氏に武具の製造を半ば強引に依頼してきたとか。


 ……絶対に何か企んでいる。


 山家三方衆というのは三河国 設楽したら郡内の奥平おくだいら田峯菅沼たみねすがぬま長篠菅沼ながしのすがぬまの各家のことで、それぞれが同郡内に多大な影響力を持ち、独立心が非常に強いのが特徴だ。今川家が充電モードに入っている今、怪しい動きをしない訳が無い。


 この時代にしては珍しく、強い団結力を持つ彼らのことだ。そのうちの一家でも謀反を起こせば、残る二家も必ず同調する。そして、彼ら全てが敵対すれば、彼らの影響下にある奥三河の豪族たちも雪崩を打って今川家から離れていくだろう。

 そうなれば混乱は必至である。

 ……真木氏の主君である牧野氏からも報告が行っているとは思うが、ここは父上に報告しておいた方が良いかもしれない。


 勿論、俺の推測が杞憂でただ単に軍備を強化しているだけとも取れるが、数年前に田峯菅沼氏が謀反を起こして義元様に叩き潰され、史実においても連中は今川、徳川、武田、また徳川と転属を繰り返しているだけに不安がぬぐえない。


(一波乱あるかもしれないなぁ……)


 荷物を全て降ろし終わり、上ノ郷城内から退散していく人足軍団を見ながら、俺はそう呟いたのだった。






 ~鵜殿さんちの氏長君・目指せ譜代大名~





 上ノ郷城内・練兵場。

 夏の太陽が燦々と輝き頭上を照らす。その感覚は、まるでこの場の全てを焼き尽くすかのようである。

 深緑に染まった山々からはみんみんというセミの大合唱が、暑さを堪える人間の耳に絶えず響き渡り凄まじい不快感を与える。

 最早、暑いとかいうレベルではない。

 大地から込み上げる熱気も相まって、この練兵場は炎に焼かれる窯のような有様だ。


 そんな過酷な環境の中で、軽装の鎧を纏った十代後半の若者たちが、爽やかな汗を散らしながら訓練を行っていた。

 彼らこそが、我が鵜殿家の新戦力。農家や武家の次男坊三男坊その他をかき集めて編成した、いわば常備軍もどきである。全部で百人程度の小さな隊だが、その士気は非常に高い。

 実家ではただ働きさせられてきたのが、此方では立派な戦力として扱われ、安いが給料も出る。士気と忠誠心が上がらない訳がなかった。


「よーし、長槍構え。突撃ッ!」

「おーっ」


 上ノ郷城に納入された、百本前後の三間半槍。その全てが彼らの手に渡っている。

 本来ならば輝勝殿のいう通り全軍に配備したかったのだが、新しいものを突然取り入れようとしても上手く行かない。

 前述の通りお金が無かったことも相まって、叔父上との相談の上とりあえずはこの部隊で様子見ということに相成ったのであった。


 再び彼らに目を向ける。


「やあ」

「とう」


 三間半という彼らの手には大きめの槍を一生懸命に振りかぶり、ひたすら「上に持ち上げて振り下ろす」いう行為を繰り返す。はたから見れば暑さを振り払うべくひたすらに打ち込んでいるかのようだが、これも列記とした訓練の一環。このほかにも、陣形の構築、刀剣術、弓術、その他諸々と、スケジュールのハードさなら勝重以上かもしれない。

 結成からさほど時間は経っていないが、我武者羅に鍛錬を繰り返し、着実に実力をつけて行っている。頼もしい限りである。


「おお、これは三郎様。暑苦しいところに良くいらっしゃいました」

「訓練は順調みたいだね」

「はっ。まだまだでございますが、この調子で鍛錬を続ければ年内には使い物になるかと」

「それは楽しみ」


 俺に声をかけてきたのは、この部隊の隊長を任せている鵜殿新平という武士。年齢は三十を軽く越えていて、この中では最年長。丸太を軽々と抱えてしまうほどの力の持ち主であり、鵜殿家への忠誠心も高い。隊長を任せるのにこれ以上の人材はいないと言うのが、抜擢した叔父上の言い分である。俺個人としても信頼できると思うので問題はない。

 彼の苗字からは鵜殿家の親戚であることがはっきりと分るが、詳しいつながりは不明だ。恐らく、遠い先祖の時代に別たれた分家の後裔なのだろう。


「例の陣形の方は?」

「一応訓練を行ってはおりますが、まだ完成には程遠いかと」


 俺の質問に対して、新平は微妙な声をあげた。

 例の陣形。

 長槍兵を密集させた槍衾を作って敵の攻撃に対する備えとし、その両翌に配置した弓兵でちまちまと攻撃を加える、いわばスペイン方陣・テルシオの極小版である。大規模で小回りがきき辛いあちらと違って、こっちは少人数であるために簡単に陣形の切り替えができる。その分影響力も限りなく薄いのだが、この構想自体は色々と応用ができるし、長槍の防御力は周知のとおりだ。

 輝勝殿にも意見を貰っている。

 日本用に改良を重ねていけば、きっと役に立つ日が来るだろう。


「本当は弓だけじゃなくて鉄砲も欲しかったんだけどなぁ……」

「数が少ないですからな」


 鉄砲伝来から今年で二十年。

 既に大名家では標準装備となっているそれであるが、三河の一豪族に過ぎない鵜殿家にはそれほどの数は無い。真木氏にしても、鉄砲の製造は殆ど行っていない。

 蒲郡港が発展し、国外の鉄砲が手に入れやすくなるまで、少し辛抱が必要なようだ。

 此方で鉄砲鍛冶を招聘し、俺の持つ未来知識を使って魔改造を施しても良いのだが、お隣には鉄砲戦術の天才・信長がいるし、下手な技術革新を行ってその技術が彼の手に渡ることがあっては、今川家こちらの命取りになりかねない。

 ほんと、彼が味方ならこれほど心強いことは無かったと言うのに……。

 今川家と織田家が同盟を結ぶ可能性は余程の事がない限りありえない為、これに関してはさっぱりと諦めるしかない。

 そもそも鍛冶屋を招聘して発展させるほどの余裕は今の鵜殿家には無いしね……。


「と言う訳で、これからも訓練を怠らないように」

「ははっ」


 平伏して訓練に戻る新平を見ながら、俺もまた練兵場を後にするのであった。





「三郎殿。本日は良くいらっしゃった」

「お久しぶりです。大叔父上」


 その数日後。

 俺は不相鵜殿氏の居城・不相城を訪れていた。現在の城主は鵜殿平蔵長成うどのへいぞうながなり。おじい様の弟で、俺にとっては大叔父にあたる。

 今、俺と喋っている壮年の人物がそれである。


「今のところ、軍備に問題はないと思います」

「ふぉふぉふぉ。日ごろから備えておりますからな」


 今回訪れたのは、東三河の有事の時の為、あらかじめ此処と連携を強化しておく必要があったからだ。

 鵜殿領東端に位置するこの城は、仮に東三河一帯が戦場になった場合、鵜殿領、ひいては蒲郡港を守る盾として存分に働いてもらわなければならない。

 当主代理である俺がここの状況を知っておかなければ、的確な指示を出す事が出来ないし、城側も実情を知らない人間のいう事なんて絶対に聞かないだろう。


「……もしもの場合、この城には西郡(蒲郡)の民を守る壁となって頂かなければなりませぬ」

「承知しておりますぞ。儂が築いたこの不相城、命に代えてでも守り抜いて」


 大叔父上の言葉を聞きながら、不相城の立地に目を向ける。

 竹島を望むことのできる丘陵に築かれたこの城は、海に突き出る半島のような形でその殆どを海に囲まれており、規模はそれほど大きくはないが、防御力は相当に高いものだと思われる。

 彼の自信満々な発言にはどことなく不安を覚えるが、頼もしいことには代わりがない。

 大叔父上に絶対に守り抜いてくだされと強くお願いすると、話は東三河の情勢へと移って行った。



「今のところ、大塚(蒲郡市大塚)の岩瀬氏には不穏な動きは無いようですね」

「ふぁふぁふぁ。かの家の盟主・牧野家は今川家に対して忠誠を誓っているも同然じゃからな。此方に牙を向けることはまずあり得んよ」


 鵜殿領の東隣、大塚を治める大塚城主・岩瀬河内守家久いわせかわちのかみいえひさは、牛久保を治める大豪族・牧野氏の重臣、牛久保六騎の一・岩瀬雅楽助の主家にあたり、自らも半ば従属していると言える牧野氏の現当主・新次郎成定しんじろうなりさだが今川家に対して臣従を続けている以上、どう間違ってもこちらに攻め寄せてくることは無いと言えた。

 もっとも戦国の世である以上、牧野氏の臣従もどこまで続くか分ったものではないが。


「東よりも、問題は奥三河じゃな」

「存じております。なんでも田峯の菅沼家が不穏な動きをいているとか」

「ほう、御存じじゃったか。だが、それだけでは無いぞ。儂が放った間者からの知らせではな、作手城にありえない量の武器弾薬が運び込まれたという噂もあるらしい」


 俺もついこの間知ったことだが、大叔父上は鵜殿家の諜報を担当しているらしい。

 その範囲は三河一帯に限定されていて精度もあまり高くは無いが、特別な諜報部隊のいない鵜殿家にとっては貴重な情報元だ。


「それじゃあ、連中は……」

「あくまでも噂じゃからな。断言は出来ぬが、何らかの企みを持っておることは間違いないであろうな。三郎殿、藤太郎に知らせておいてくだされよ」

「はい。俺も田峯の件を報告するつもりでしたので、まとめて報告しておきます」

「頼んだ」


 その後、有事の際に有効な狼煙台の設置や、最近鵜殿領内にも取り入れられた公用伝馬を利用した伝令などの細かい取り決めを行う。

 ここが戦場にならなくても、吉田城代・小原鎮実の要請に応じて、すぐにでも援軍を送れるようにしておかなければならない。

 有事に素早く対応することができれば、鵜殿家の評価は今以上に上昇する。勢力拡大、竹帛之功ちくはくのこうを目指す俺としては、予め準備しておくことに越したことは無いのである。


 その日は遅くまで調整を行い、上ノ郷城に帰還したのは翌日の夕暮れだった。

 次郎法師さんに怒鳴られたのは言うまでもありません。



そろそろ日常も終わり……。

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