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海の檻歌

あんまりぱっとしないNAISEI。

正直粗が目立ちます。

 

「春になったとはいえ、この時期の海岸はまだまだ冷え込みますね」

「まったく」


 港振興のために新たな特産品開発を企む俺と勝重は、小規模の塩田がある宝飯郡塩津村を訪れるべく、海岸に沿って移動中であった。

 季節は冬を越えて春に巡り、桜の花がそろそろ開くか開かないかという時期。

 冬の大しけを乗り越えた三河湾の水面は穏やかに揺れ、静かなさざ波の音と鴎の鳴き声と思わしきものが耳に入ってくる。それと同時に潮風が海岸線を吹き抜け、浜の波うち際に立つ俺たちの鼻にも、潮の香りを嗅がせていた。


「しかし、雄大な光景ですね。三河湾をここまで間近で見たのは初めてですが、成程。鵜殿家の方々が自慢なさるのも理解できます」

「ありがとう」


 俺たちの目の前に広がる三河湾は、普段上ノ郷城から見下ろすそれよりもはるかに雄大に見える。

 内海だけあって「どこまでも碧が広がる」と言うほどではないが、エメラルドグリーンっぽい色が延々と続いていく南国のような光景は、見事としか言いようがない。

 二十一世紀において、生活廃水等によって汚染されているのと同じ海とは思えない美しさである。

 今日は天候にも恵まれ、渥美や知多の半島だけでなく、遠く伊勢の鈴鹿山脈も視界に確認することができる。


「夏ではないのが残念でございますなぁ……」


 そんな光景を眺め続けて、勝重が感想を漏らす。

 お寺暮らしが長かった彼は、今まで海と言うものを間近で見たことは無かったらしい。想像以上の感動っぷりである。

 一面の青を目に納めれば、そんな感想が漏れるのも当たり前だが。


 かくいう俺も、三河湾をここまで間近で見るのは久しぶりだ。

 幼い時に一度、今は亡きおじい様に連れられてきて以来かもしれない。

 駿府暮らしが長く、此方に戻ってきて以降も海に近づく用事が特になかったため、蒲郡に暮らしていながらあまり海の事は知らないのだ。というか、以前訪れた時には落ちるのが怖くておじい様の裾にしがみついてばかりで景色を楽しむ余裕がなかったため、今回が初めてと言えるかもしれない。


 そんな海を見ながら、現在の鵜殿領の開発状況について思いを巡らす。


 港の開発と法令の制定は今のところ順調に進んでいる。

 入港税を無料にしたことで蒲郡港を訪れる船舶の数は昨年の今頃に比べて増加傾向にあるし、それに伴って蒲郡港の知名度も上がりつつある。あと数年もすれば規模の拡大が期待できるはずだ。

 つい先日発布した例の法律もどきも、特に反発を受けることなく領民に受け入れられた。流石に此方に関しては資料不足などでまだまだ裁定が定まらないものも多いが、そこは「調整中まほうのことば」で誤魔化してある。……いつかは決める心算だが。


 検地の方は余り進んではいないが、小豪族レベルの鵜殿家では太閤検地のような規格の定まった立派なものができるわけないし、時間もかかるのも承知の上だ。のんびりと進めていけばいい。

 ちなみに、やっぱり存在していた隠し田は、食用だけに使うと言う条件で存在を黙認することにした。こちらでとれた米の余剰分を各村落に貯蓄させて、災害時の備えとする……、というのが俺の方針である。

 流石に大規模ならば問題だが、せいぜい家庭菜園のような規模でしか無いことは確認が取れている。そんなところに税をかけるのも気が引けるので、年貢用の田んぼの耕作を怠らない限り、特に目くじらを立てる必要はないだろう。……約定違反をやらかした場合は容赦しないが。

 というか、領主が存在を知っている隠し田は、はたしてそれと呼べるのか甚だ疑問である。


「さてと、感慨に浸るのもこのくらいにして。塩津の名主のところに行こう」

「はい」






 ~鵜殿さんちの氏長君・目指せ譜代大名~






「これはこれは。ようこそいらっしゃいました。塩浜以外に何もないところですが、どうぞごゆっくり」

「出迎え感謝する」


 俺たちを迎え入れたのは、海沿いの農民らしく土と潮の臭いのがする、五十を越えたばかりと思わしき年齢の名主であった。


 塩津村。

 二十一世紀で言う所の愛知県蒲郡市竹谷たけのや町。蒲郡競艇場がある辺りである。

「竹谷」という地名からも分かるが、この村の目と鼻の先には松平分家の一つである「竹谷松平家」の本拠地である竹谷城が存在している。

 本来ならばこの塩津村も竹谷家の領地なのだろうが、何故かこの辺りは鵜殿家の領内である。嘗ての合戦で分捕ったらしかった。

 ちなみに竹谷家の領内には、蒲郡港発展のライバルとなりえた犬飼湊いぬかいみなとというものがあるが、度重なる戦乱によって今は衰退してしまっている。


「お殿様、本日はどのようなご用件で?」

「率直に言う。塩田を本格的に開発したい」


 俺が企んでいるのは、江戸時代初期に開発された入浜式いりはましきと呼ばれる製法を先取りした塩の大量生産である。

 これは潮の満ち引きを利用して塩田内に海水を引き入れるという方法で、この時代において一般的である海水を人力で引き上げなければならない「揚浜式あげはましき」よりも、効率良く塩を製造することができる。


「……詳しく聞かせていただいても?」


 いまいち釈然としない顔で俺に質問を振った名主に「入浜式塩田」の解説を行う。

 名前だけ聞くとややこしいものに思えるが、ようは塩田全体を堤防で囲み、大きなプールのようなものにして、そこに海水を流し込むだけである。

 基本的な塩の製造方法は「揚浜式塩田」と全く同じなため、この貯蓄プールと潮位差さえ何とかすれば、特に問題なく実行出来る筈であった。

 隣国(特に織田家)にパクられるのが怖いが、うちのバックには今川家がいるし、軍事技術でもないので特に問題はない……筈。


「お話は理解できましたが、果たして上手く行くでしょうか……」

「まあ、失敗しても大丈夫だよ。あくまでも試行錯誤の段階だから」


 勿論、最初っから上手く行くなんて俺も思っていない。

 こういうものは初めは絶対に失敗すると決まっているし、上手く行かなかったら行かなかったで、揚浜式の規模を拡大すれば良いだけだ。

 何時の時代も塩の需要は腐るほどある。製造する量を増やせば、コストも増えるがその分儲けも上がっていく。

 幸い父上や今川家を介して駿府商人と言う心強い流通経路は確保してあるため、作ったものが地元で腐ると言うことは考えられない。



「費用は全部鵜殿家が負担するから、心配しないでもよし」

「おお、それはありがたや」


 港の改築費用は足りなかったが、小規模の堤防を作るだけの余裕はある。

 これから先、港の収入も増えていくだろうし、この程度ならばそこまで心配する必要はない。


 この「入浜式塩田」でとれた塩は、高品質な塩として江戸時代では非常に重宝されたと言う。

 量産化に成功した暁には、蒲郡の特産品として大いに役立ってくれるはずである。

 そうなれば、江戸時代における大手塩業者「一軒前いっけんまえ」のように、ボロ儲けできるようになる可能性だってある。

 ああ、楽しみだ。


「とりあえず、様子見のためにちょくちょくこの村を訪問するつもりなので」

「左様ですか。何もないところですが、その時は歓迎させていただきます」

「よろしく」


 そういって、名主は深々と頭を下げた。

 内心ではどう思われているのか不明だが、少なくとも堤防造りに手を抜かれると言うことはないだろう。

 俺も監督に来るつもりだし、そのあたりの心配はしなくても良いかもしれない。


「八右衛門、早速上ノ郷に戻って人員を手配するぞ。委細は任せる」

「承知いたしました。私にお任せあれ」




 こうして始まった俺の塩田改造計画は、潮位差不足や堤防の決壊といった数々のアクシデントに悩まされつつも、何度かの失敗を経て数か月後には如何にか一通りの成功を収めるに至る。

 特産品として売り出すにはまだまだ完成度が足りないが、それはこれからじっくりと高めて行けば良い事だ。

 名主や村の人たちも、入浜式を導入した方がはるかに楽であると理解したらしく、規模の拡大には積極的になってくれている。


 この塩田整備にあたって、最も大きな力となってくれたのはやはり勝重であった。

 専門外であることもあって塩田の構築には直接手を出してこなかったが、人員・資材の確保、資金の捻出など絶対に目立たないような裏方で見事な手腕を発揮。家中からは救世主と呼ばれるようになる。

 そして、今では塩田以外にも、港湾整備や街道整備といった鵜殿家改革の中核をなす業務の殆どに彼が関わっており、最早彼なしで政務を行うことなど考えられない程だ。

 本来ならば彼のような有能な新参者は叩かれるはずなのだが、本人の性格の良さも相まってか、そのような事態にはなっていない。

 つくづく素晴らしい人材である。寺からひっぱり出してきて本当に正解だった。


 ……今度父上にお願いして、勝重の給料を上げてもらおう。

 流石に今の安俸禄でこき使っていることがばれたら、鵜殿家はブラック企業と言うレッテルを貼られかねない。


【安俸禄】ブラック鵜殿家part2 【働いたら死ぬ】


 唯でさえ人手が足りないと言うのに、こんな噂を立てられたら、鵜殿家存亡の危機になってしまう。


 勝重の昇給の話を真っ先に入れることを脳内に深く刻み込み、俺は駿府への定期報告書を書きはじめる用意をするのであった。





次回は軍事関連……かな?

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