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氏長の不完全内政教室

まともな内政パート。

色々とおかしいところがあると思いますが、ご容赦願います。

 




 永禄四(一五六二)年、一月。


 結婚に初陣、板倉勝重の勧誘と、俺にとって転機となった一年が終わりを迎え、新たなる年の幕開けである。

 普段は温暖な気候である三河西郡(蒲郡)も、流石に冬になれば冷え込む。空は分厚い雪雲に覆われて陽光を遮り、大地には霜が降り注いで三河湾までの陸地は白色に染め上げてられている。城内のみかん畑にも霜柱ができてしまっていた。


「父上、行ってらっしゃい」

「おう」


 俺は今、家族や家臣団と共に、今川家の宿老に任命されて駿府へ単身赴任に出かける父上の見送りに出ている最中だ。

 三浦義就や一宮宗是といった統治経験豊富な家臣団の大半が桶狭間で果てたせいで、駿府の今川本家は義元様が過労で倒れるほどの深刻な人手不足に陥っているらしい。その穴を埋める為なのか、この度父上に宿老のお鉢が回ってきたのである。

 今更と言う感も否めないが、昨年は吉良家の乱のせいで父上は三河を離れる訳にはいかなかったため、任命時期がずれ込んだだけかもしれない。


「三郎、改革を行うのは構わんが、長忠や仙厳殿の意見をよく聞くようにな。小太夫も、こやつを頼むぞ」

「分りました」

「お任せ下され」


 しばらくは上ノ郷に戻って来られないであろう父上にかわって、この地の政務は俺が見る事になっている。それに伴って、父上が持っていた上ノ郷における権限が、俺に正式に依託された。ついでに以前提案した改革案の大半を実行に移す許可を得たので、遠慮なくNAISEIないせいを行う事が出来る。

 ……そう上手くいくとは思えないが、幸いこういう時に反発してくるであろう権益に固執する人間は鵜殿家中には存在しない。領民レベルでは分らないが。


「三郎」

「はい」


 政信ら家臣たちと話していた父上がこちらに向き直り、声をかけてきた。

 それに短い返事で答え、顔を正面に向けた。


「上ノ郷のこと、よろしく頼むぞ。統治にあたって、民の声を聞き逃してはならぬ。煩わしいと思える事もあるかもしれんが、彼らを敵に回しては元も子も無くなってしまうからな」

「存じております。民の声を疎かにしては領主失格ですからね」

「分ってるのならばよい。それから、定期的に連絡を寄越せよ」


 自領を離れるにあたって、やはり色々と不安なのだろう。父上は色々と細かな連絡事項を伝えてくる。

 駿府に定期的な連絡を行うこと、対処できない問題が発生した時は、遠慮せずに今川家や自分に相談を持ち込むこと。有事の際は、徳川家や東三河の小原鎮実との連携を怠らないこと。その他諸々。


「では。行ってくる」

「道中、何があるか分りません。どうか、お気お付けて」

「ちちうえ、おみやげよろしくおねがいします!」


 全ての要件を伝え終ると、父上とそれに従って駿府に赴く藤兵衛ら家臣たちは俺たちに背を向けて、東に歩を進め始めた。弟もそれを無邪気に見送っている。

 それを見ながら、俺は内心で悩み声をあげる。

 吉良家は片付いたとはいえ、三河には一向宗という厄介なものが残っている。史実では来年に三河一向一揆が起っているだけに、なんだかんだで戦上手である父上がここを離れてしまうのは激しく不安である。

 だが、どうも宿老に任じられるのは父上の夢だったらしく、引き留めることは俺にはできなかった。

 ……史実と違い、徳川家という援護もあり、義元様も健在だ。何とかなるだろう。上ノ郷には朝比奈輝勝殿もいるし。


「小太夫、帰ったら早速会議だ。これからの統治の方針を明確にしないと」

「承知いたしました」


 だんだんと遠くなる父上たちの姿を遠くに見ながら、俺は上ノ郷領主としての第一歩を踏み出したのだった。






 ~鵜殿さんちの氏長君・目指せ譜代大名~






「お金があんまりないなぁ……」


 張り切って動こうとしたは良いものの、案の定壁にぶち当たってしまった。

 政治家の永遠の敵・金欠である。

 正確に言えば、鵜殿家の財政は別に悪くはなく、上ノ郷とその周辺を治めるだけならば余裕があると言えるほどだ。だが、新しい事を始めるには、少しお金が足りない。

 領内整備やその他のためにかかる費用が、俺や家臣たちの予想を圧倒的に上回っているのだ。いくらあっても足りないと言う訳では無いが、今のままでは手を出し辛い。

 折角、家中一同が張り切って取り組もうとしていた蒲郡港を発展させるという計画も、このままでは頓挫してしまう。


「まさか、ここまで金がかかるとは思わなかったな」

「ほんとどうしましょう」


 補佐役になった叔父上も、うんうんと頭を抱えて唸っている。

 ちなみに、今まで叔父上が担当していた領内の訴訟云々は、還俗して板倉八右衛門勝重と名を変えた宗哲に押し付けてある。どうも彼はこういったことが大好きらしく、仕事を押し付けられるや否や嬉々とした表情で書類の山を切り崩しにかかっていた。

 ……流石は名奉行。


「いっそのこと順序を逆にしますか?」

「ほう」


 港をある程度整備した後に船舶を呼び込むというのが本来の計画だったが、この際贅沢は言っていられない。今のままでも一応使用に耐えうるため、何とかなるだろう。


「とりあえず蒲郡にやってくる船舶から入港税はとらない方針で」

「うむ。人を集めるのだったな」


 入港時に金をとらないことで、蒲郡港に人と船を呼び込み、ここを三河湾における物流拠点及び中継点として発展させる。それが俺と鵜殿家の方針である。

 人や船が集まれば、自然と経済は活性化して、それに伴う税収の増幅も狙える。

 いわば港版楽市楽座といったところか。

 三河湾東部に位置し、二一世紀において「三河港」と呼ばれる、蒲郡・豊川(御津)・吉田(豊橋)・田原の四港の内、吉田は今川家の軍港、田原は国外向けの貿易港としての役割が強い。残る御津にはこの時期まともな港が無く、良い条件さえ整えてやれば、蒲郡港は中継地として絶対に発展すると言えるのだ。 

 港を拡張するのはそれからでよい。


 この政策を行うにあたって、家中からは入港税を零にしてしまっては仮に発展しても収入が減るのではないかと言う懸念の声も出たが、今川家の成功を例に出して沈黙させた。

 今川家では今から十五年ほど前に駿河・遠江のほぼすべての港の使用料を無料にし、その結果として大規模な発展と多大な税収を得ることに成功している。

 この計画もそれを参考に考えたものだ。



 港が栄えれば、次は陸。

 もともと東三河から西三河、ひいては尾張方面に向かうには、鵜殿家の領地を通って幡豆に抜けるか、蒲郡から見て北にある長沢を抜けるしか道は無い。長沢の方が軍事拠点化していて、まともな宿場が殆ど無い現状、蒲郡一帯の街道を整備して城下町をコツコツと建設、その中に港も含めて、陸海両方の交通の便を良くしていけば、三河最大規模の町として発展できる可能性を秘めているのだ。この蒲郡という土地は。都合の良い事に温泉も存在しているため、平和になれば湯治場としても売り出せるかもしれない。


 ああ、夢が広がる。


 開発途中に攻められてしまっては全てがパーだが、鵜殿家の領地はその殆どを松平の分家に囲まれている。この松平ガードのおかげで、少なくとも徳川が今川に従っているうちは北と西からは攻められる可能性がほぼゼロなのである。

 今まで鵜殿家の拡大を阻害してきた松平分家の連中には、宿場町・上ノ郷を守る盾として働いてもらおう。

 唯一気がかりなのが東だが、こっちを治める岩瀬氏の領土との境には不相城という前衛が存在しているので、まあ大丈夫だ。


「という訳で頼みましたよ。又八郎殿」

「承知いたしました。当家の命運が掛っていると言っても過言ではありませんからな。全力で取り組ませていただきます」


 開発の総責任者には、海沿いに領地を持ち、そのあたりの地理や事情にも詳しい分家・下ノ郷家の当主・又八郎仙厳殿にお任せした。

 史実ではいち早く徳川家についてしまった彼だが、徳川家が独立していない以上、裏切られる心配は全くない。

 平伏して部屋を出ていく仙厳殿を見ながら、俺は上ノ郷が発達した時のためにとらぬ狸の皮算用を始めるのであった。





「領内に伝馬駅とかも作りたいですね」

「確かにあれば便利だと思うが」


 仙厳殿を見送った少し後、俺は叔父上と領内の整備について話し合っていた。

 その中で真っ先に議題に上がったのが「伝馬制てんませい」である。


 ――伝馬制。


 古代よりみられる情報やものを伝達するための手段であり、この時代においても国内の情報・流通を統制する手段として重要なものである。

 これを戦国大名ではじめて領内統治の手段として実用化したのが今川家であるが、その殆どは数十年に渡って安定が続いた駿河・遠江国内に集中しており、長く戦乱が続いた三河には作る余裕がなかったのか、吉田・岡崎をはじめとする東海道沿いにちらほらとあるだけだ。

 この辺りは東海道沿いからはやや外れてしまっているため、そんな便利なものはない。これから一向一揆や武田家との争いが予想される三河において、情報網が整備されていないと言うのは非常に不味い。

 それに伝馬制の交通網を上ノ郷に引き込むことができれば、それに便乗して経済効果も高まるはずだ。今川家に干渉されやすくなるというデメリットはあるが、逆に有事の際に救援要請を出しやすいというメリットにもなる。


「だが、公用伝馬を勝手に作るわけにもいくまい」

「父上を通じて大殿に相談してみましょう。ひょっとすると許可が出るかもしれません」


 今度の定期報告に伝馬駅(伝馬の拠点)設置許可を求める書簡を同封することを叔父上と確認しつつ、新しい話題に移っていく。


「あとは検地・人口調査ですね」


 検地で領内の石高を、人口調査に基づく戸籍造りで人口を確定することによって、だいたいの国力というものが見えてくる。今川家や北条家といった家が勢力を拡大したのも、これを行ったからという理由が強い。

 統治者としてはやって当然のことである。それに戸籍を作っておけば、人口増加に伴って他国の間者が入り込むと言った問題が起こった時も対処しやすくなるはずだ。


「それならば問題ない。俺が既に人員を準備してある。後はお前の指示を待つだけだ」

「おお、手際がようございますなぁ。そうだ、ついでに八右衛門を連れて行った下され。彼はこういう事に才能があるらしいので」

「承知した」


 叔父上の準備の良さに驚きつつも、書類仕事に没頭しているであろう勝重を呼ぶように小間遣いに指示を出す。

 流石に終わったなんてことは無いだろうが、終わってからで構わない。土地は逃げないし、そこにいる農民も滅多な事では逃げ出さない。


「板倉八右衛門、お召しにより参上いたしました」


 やがて勝重がやってきた。

 数か月前までピカピカだった頭には髪の毛が目立ち始め、あどけなさが残っている顔も、数か月の武士生活で凄味が出たのか、だんだんと引き締まりつつある。


「来たか、八右衛門。書類仕事が終わり次第、叔父上と共に検地を行いに行ってくれ」

「はぁ……」


 何故か怪訝な表情を向ける勝重。

 おかしいな、喜ぶと思ったんだが。


「嫌か?こういうのが好きだと思っていたんだが」

「いえ、書類仕事ならとっくに片づけたので……」

「ほぁ!?」


 思わず情けない声が出てしまった。あの山をもう片づけたのか?

 流石は天下の名奉行……いやいや、あり得ないだろう。普通なら三日はかかる量だぞ!?


「嘘つくなよ。俺や三郎なら数日はかかるぞ」

「嘘じゃないですよ!筑前様に聞いてみて下さい」

「確認するまでもない」


 叔父上も勝重の言葉を信じていないのか、当たり前の疑問をぶつけている。

 それに対して勝重も、監督役だった朝比奈輝勝殿に確認するように凄い勢いで食い下がっている。


「二人とも落ち着いてください。八右衛門がこういっている以上、確認するのが筋と言うものです」

「むむむ、だが嘘だったら……」

「その時は男らしく、どんな処罰でも受ける所存です」

「いったな。覚悟しておけよ!」


 そんな会話を交えながら、勝重と輝勝殿が書類仕事をしていた部屋に移動する。

 冬の三河湾を望める、絶景の部屋である。


「おお、皆様方。どうかなされましたかな?」


 三河湾を眺めつつみかんを頬張っていた輝勝殿がこちらに気づき、声をかけてきた。

 それに対して、真っ先に答えたのは叔父上。


「筑前殿。勝重が書類の山を片づけたというのは誠ですか?」

「誠ですぞ。半日もしないうちに大半の書類を片づけておりましたな。この童は。いやいや、わしの出番なぞ全くありませんでしたな」


 それを聞いて、ほれ見た事かと胸を張る勝重としょんぼりとする叔父上。

 ……恐ろしきは勝重の能力である。


「八右衛門、疑って済まなかった……」

「いえ、此方こそとんだ御無礼を致しました」


 そんな叔父上の情けない謝罪の言葉と、勝重の逆謝罪を聞きながら、俺は良い拾い物をした、と内心でガッツポーズを行ったのであった。






松平分家のせいで開発が進まないかも……。

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