戦国時代にようこそ
とりあえず執筆に挑戦してみました。
初投稿なので至らぬところもあると思いますが、批評よろしくお願い致します。
12/1/05……サブタイトルを変更
室町幕府八代将軍・足利義政の後継者争いに端を発した応仁の乱は、日本全土に戦乱の炎をばらまいた。
もともと平穏とは程遠い政治を行ってきた室町幕府は、十年に渡る戦闘によって権威と求心力のほとんどを喪失、京都周辺に僅かな影響力を残すだけの一政権と成り果ててしまう。
京の都は灰塵と化し、街中が死骸と悪臭で満ち溢れ、高貴な宮人たちがみすぼらしいなりで都落ちするさまは、古来よりこの国を成り立たせていた身分秩序が完全に崩壊したことをあらわにしていた。
京を中心として発生したこの戦乱は、中央のみならず地方にも深刻な影響をもたらした。幕府という頭を事実上失った各地の守護大名や豪族は、自らの繁栄を求めて戦火を広げ、結果として地方における中央の権威は完全に失われる。
守護・探題と言った幕府の権威を拠り所にした役職は、何の力も持たない名目上の肩書きと成り果て、替わって台頭した己の力のみを拠り所にした存在に徐々に侵食され、やがては排除されていく。
その様はまるで、朝廷の没落によって権力基盤が公家から武家へと移り変わった源平時代の焼き回しのようであった。
解き放たれた戦乱と言う名の獣は、元凶である応仁の乱が終結しても止まることを知らず、暴虐と混乱をもって日の本を喰らいはじめる。
法も治もなく、血を血で洗い、力をもって力を制する混沌とした時代へと移り変わろうとしていた。
後世に言う「戦国時代」の幕開けである。
これから始まる物語は、そんな時代に放り込まれたとある″異物″のお話。
明日も知れない戦乱の時代を、ただひたすらに駆け抜けようとする物語。(予定)
戦乱の中で果てるのか、最後まで生き残り、乱世の終わりを見届けることができるのか。
それはまだ、誰にもわからない。
ただひとつ言えることは、東照大権現の心労が増える、ということだけである。
~鵜殿さんちの氏長君・目指せ譜代大名~
弘治三(一五五七)年初夏。
さんさんと照りつける日差しによって野山が深緑に染まり、家々の軒陰に空蝉が目立ちはじめる頃。ここ駿府の街は、足利将軍家の傍流にして駿遠三の太守・今川義元のお膝元として、戦乱の世とは程遠い平穏と繁栄を享受していた。
そんな町であるから、応仁の乱によって焼け野原と化した京都から多数の公家や文化人が移り住んだことで都の文化が伝えられ、広められたのである。
もとより代々の今川家当主が心血を注いで造り上げた駿府の街である。
和歌や茶の湯といった都の文化が好まれるのは、ある意味当然のことだったのだろう。
結果として駿府の文化度は鰻登りに上昇。
現在では「東の都」と称され、後世において「今川文化」と呼ばれる独自の文化を築き上げるまでの大発展を遂げていた。
この背景には数年前に結ばれた、今川、武田、北条三家による俗に言う甲相駿三国同盟の存在も大きいのかもしれない。
合戦なんて経験したことのない、元現代人の俺としては有り難い限りである。
とはいえ、一歩国外に目を向けると、まだまだ余談を許さない状況が続いていた。
応仁の乱を皮切りに始まった諸大名による天下取りレースは、乱の終結から七十年以上が経過してもとどまるところを知らず、むしろ過激さを増している。
駿河から遠江を挟んで西側、今川家が統治する三河国では、隣国尾張の統一に王手をかけた織田上総介信長が侵略の魔の手を伸ばし、今川方の小領主たちと小競り合いを繰り返していた。
さらに尾張の北、美濃国では、下剋上の代名詞、美濃の蝮の異名をとった斎藤山城守道三が息子・左京太夫義龍との相剋の果てに敗れて敗死するという、この時代を象徴するような事件が起きている。
また、甲信越では三国同盟の一角である甲斐武田家が、越後長尾家(後の上杉家)と北信濃の領有を巡って川中島で三回目の激戦を行い。
関東においては、これまた三国同盟の一角である後北条氏が同地方における覇権を求めて、佐竹・里見・長野・太田といった関東の小大名たちと一進一退の攻防を繰り広げている。
さらに遠く山陽では、謀聖・毛利右馬頭元就の前に、名門・大内家が滅亡寸前まで追い込まれているとか。
俺が戦国時代に産まれ、早幾年。
今川家の重臣にして、三河上ノ郷城主・鵜殿藤太郎長照の嫡男、鵜殿新七郎。
それが、この時代での俺の名である。
生まれた当初は、目が覚めたら戦国時代で、「オギャー」という鳴き声をあげていたというショッキングな現象に驚愕し、なぜ俺がこんな目にだとか、どうしてこうなったとか、まるで意味がわからんぞだとか、散々悩んだものだが、起きてしまったことは仕方がないし、何よりも住めば都という言葉どおり、生まれて時間の経った現在では、微妙な戦国ライフをそれなりに楽しんでいたりする。
正直に言えば、今でも我が身に起こったことが信じられないし、まさか自分がネット小説宜しく憑依やら転生やらと呼ばれる話の主人公のような境遇になろうとは夢にも思わなかった。確率としては先攻エクゾ○ィアを遥かに下回るであろう。本当に驚きである。
別に現代で死んだ覚えは全くないし、変な神様に飛ばされてきたとか、妙な幻を見たという覚えもないのだが……。
話がそれた。
ぶっちゃけ戦国時代とはいっても、日本であることには変わりないし、住んでいる人々も自分と同じ人間であるわけで、ファンタジー小説よろしく怪物やら魔法やらが存在するわけでもない。人間の適応力が凄いのか、はたまた俺が図太いだけなのか。馴れさえしてしまえば、現代と殆ど変わりないペースで生活が送れるのである。
勿論戦乱の世の中だけあって、人の命が現代日本に比べてはるかに安いとか、謀反の嫌疑をかけられれば高確率で首がかっとビングするだとか、色々とヤバい面もあるが、それはアフリカとか中東の紛争地域だって同じことだろう。気にするだけ無駄だと思う。
他にも色々と問題は存在するが、重ねこの駿河は非常に居心地が良い。元からの文化水準の高さと、今川家現当主・治部大輔義元公の見事な政治手腕も相まって、生活しやすいことこの上ない。
とりあえず住み慣れた故郷・三河上ノ郷を離れ、留学と言う名の人質として駿河にやって来た時はどうなることかと思ったが、今では生まれ故郷以上に気に入っている。
今川義元と言えば、一般的には貴族被れで軟弱なイメージがあり、桶狭間の戦いにおいて、勢力の劣る織田信長の前に敗れた噛ませ犬という印象が非常に強いが、実際には文武両道に優れ、特に内政面に傑出した人物だったらしい。
その敏腕のほどは、この駿府の繁栄ぶりを見ればおのずと理解できるものである。
俺もこちらに来たときに一度だけ会ったことがあるが、その外見は某ゲームのようなでっぷりとした公家公家しい姿ではなく、太りぎみながらも、戦国武将らしさを醸し出す立派な風体であった。
かつて大河ドラマで今川義元を演じた俳優は、「桶狭間で討ち取られたという結果だけが強調されている」と語ったらしいが、まさにその通りだろう。
歴史は勝者の観点から見られるものだから、仕方がないと言えば仕方がないが。
蘊蓄尾張。
この快適な生活も、史実通りに行けば、あと三年足らずで終わりを告げる。
永禄三(一五六〇)年、桶狭間の戦いにおける今川義元の戦死と、それに伴う今川氏の衰退。そして武田家の駿河進攻と、三国同盟の崩壊。
これらの事件を経て、これだけ栄えた駿府の街も荒廃していくのだろう。住み慣れたこの街が焼け落ちていくのを見るのは悲しいが、歴史を大きく歪めるのは、俺一人の力では到底不可能だし、「形あるものはやがて滅びる」という言葉もある。割りきるしかない。
寧ろこういった残りそうにないものを、しっかりと記憶して後世に伝えること。
それが俺の役割じゃないだろうか。
史実通りに生きれば、「鵜殿新七郎」は江戸幕府の旗本という武家としては今一ぱっとしない身分で一生を終えることになるだろうが、せっかく戦国時代に来たのだ。大名と呼ばれる身分にはなってみたいし、何よりも俺がこの時代に生きた証というか、記録というか。そういったものを残すという夢がある。
具体的に言うなら「戦国時代をどうにかして生き延び、この時代合戦や文化について詳細な記録を残す」こと。
桶狭間は年齢的に無理だが、長篠や小牧長久手なら生きていれば楽勝で参戦できるし、史実どおり徳川家につくことができれば、関ヶ原や大阪の陣に参戦することも夢ではないはずだ。途中で死ぬかもしれないが、その時はその時。
自分に乱世を生き延びるだけの力がなかったってことでさっぱり諦めるしかない。
ついでに譜代大名として大領を得られれば言うことなしなのだが、それは高望みすぎるだろう。
さて、思い立ったら行動を起こさなければ。彦五郎様と次郎三兄貴に協力してもらって、今川家の詳しい合戦記録でも作るとしますか。
役に立たない用語解説
駿河……現在の静岡県中部から東部
遠江……現在の静岡県西部。浜名湖あたり。
三河……現在の愛知県東部
尾張……現在の愛知県西部
美濃……現在の岐阜県南部
信濃……現在の長野県
甲斐……現在の山梨県
相模……現在の神奈川県
駿府……現在の静岡県静岡市
三河上ノ郷……現在の愛知県蒲郡市あたり
守護……室町幕府が国単位で設置した、
軍事指揮、行政指導のための役職
探題……幕府における、政務において重要な採決を行う役職。また、九州や東北など地方において、広範囲にわたる執行権をもつ役職
家忠日記……三河深溝城主・松平家忠の日記。1575年から1594年まで、何があったかを簡潔に書き綴ったもの。歴史資料としてはこれ以上ないほどに優秀。最古の将棋譜面とか人魚の絵で有名
先攻エクゾ〇ィア……某カードゲームにおける「五枚揃えたら勝ち」なアレをゲーム開始直後に揃えること。起こる確率は639730分の1以下