迷宮
そんな戦いが下で繰り広げられているとは思えない静寂の中、ヴェントとコンデュイールはウェルギリウスに言われた通りの道を上に上にと駆け上がっていた。
「えっと……ここをどっちだっけ?」
「ここの廊下の中心の階段って…あっ! これだよ」
広い城内の中は迷路のように入り組んでいる。わざわざここまで複雑な構造にする事はないと思うのだが………コンデュイールはウェルギリウスの言葉を丸暗記しているみたいだ。
「お前、すげぇな。俺は人工的に造られた建造物は駄目だわ」
「そうかな……人間、後がなくなれば誰でも出来ると思うけど」
「いや、それはない」
真っ暗闇の城の中をウェルギリウスが灯した燭台の小さな灯りだけを頼りに突き進みながらヴェントは首を横に振った。
「今までの道が当たってれば…ここに…」
長い階段の踊り場に来た時、コンデュイールは灯りを高く掲げた。
「………あった」
「うおっ!! 誰だコレ」
弱い光の中に浮き出た大きな額縁、その中に収まっている男の肖像画……
「ガドリールの肖像画って彼は言っていたけど………多分ここの城の主人だよ」
「主人って…あの化け物か?!」
「人間だった頃はこうだったんじゃないかな」
「俺の元、客かぁ………ずい分変わり果てちまったな………」
キツイ印象を持っているが、きっとデザスポワールの国柄なんだろう…顔の骨格はウェルギリウス、アカトリエルと大して違わない。やつれ気味だが細面の整った顔立ちだ。
「もったいねぇ………顔中全部目になっちまった」
「それよりここからは一本道だよ。この階段を登りきった所の廊下の一番奥の部屋って…」
そう言いかけ、一歩足を踏み出した途端コンデュイールの顔が青ざめた。
踏み出した先には道がなかった。
「コンデル!!」
咄嗟にヴェントの手が彼のマントを掴み、手前に引き倒していた。手に持った燭台が遥か下の闇の中に落ちていく。
二人は数段の段差を転げ、あの自画像が飾ってあった踊り場でようやく止まる。
「痛たた……」
転げ落ちる際に頭をぶつけた為か、コンデュイールの縫った傷口が再び出血していた。
「マジかよ………」
床に這いながら慎重に進んだヴェントの顔が恐怖で引きつっていた。
大きく崩落した階段と城壁、まるで爆弾が落ちたかのような有様。
外から吹き込む冷たい風にマントを揺らしながら下を覗きこんでみると、落とした燭台の炎の灯りが遥か下でチロチロと揺らいでいた。
「一番大切な事を忘れてたよ……ここに大きな穴が開いてるって言ってた」
「……俺も忘れてた……ジィさんがここでアイツと戦ったんだよな……とんでもねぇ……」
ゾッとしながら見つめる闇の中、崩落した階段の一部が辛うじて端に残っていた。僅か数十センチの幅だが、向こう側に行けなくも無い。
「ここ………通ってく…んだよ……なぁ……」
ヴェントの言葉にコンデュイールが無意識に頷いていた。
どちらとも無く暗闇で顔を見合わせると二人は「ははは………」と引きつった笑顔を向けた。