忌国の落とし子
「あなたっ…………」
背の高い男は魔道神の血液を浴び、朽ちかけているマントを強引に引き千切り床に投げ捨てるとガドリールと真っ向から対面していた。
「それが妻への態度か。大した神様だな」
突然現れた男にガドリールが解読不能な怒号を浴びせる。
「アカトリエル・クレイメント…お前の師の息子だ。とりあえず父の右腕の分は返したぞ。左腕も落とせたが……」
完全に分断されていない左腕を切っ先で指し示しながらアカトリエルは軽く首を振った。
「その金の指輪と引き離すのは止めておいてやった」
「アカトリエル様……」
「ずい分と減ったな…犠牲となった者たちの葬儀をしてやらねば…………」
遠くの壁伝いでやっと立ち上がっているクロノスと生き残りの部下達を横目に声を掛けながら、剣に付いたガドリールの血液を振り落とすとアカトリエルは敵を見据え………「この城を抜け出してな………」…と続けた。
《フウゥゥゥゥゥゥゥ……………》
目深に被っていたベールを脱ぎ捨て露になったデザスポワールの男達と同じ鋭い面持ちに、その国では決して持ちいえない金の髪…。
それと同等に漂ってくる不思議な感覚を探るようにガドリールはアカトリエルをじっと見つめていた。
ウェルギリウスが持っているような黒魔道ではない。…だが、それに近くも限りなく遠い能力を持っているような気がする。
「無事か…ベアトリーチェ」
背を向ける人間の男の反応に戸惑いながら、ベアトリーチェは立ち上がった。
「何をしているの? 死ぬわよあなた……」
「………女神を守るために修練し続けてきた人生だ………一度目は守れなかったが…二度目はやれる所までやりたい………」
「一度目?」
「今はお前を女神ベアトリーチェだと思って剣を振ろう……その姿だけで十分だ」
「?!」
唖然とするベアトリーチェを現実に引き戻したのはガドリールの怒りに満ちた叫びだった。
「ガドリール?!!」
凄まじい独占欲を剥き出しにする魔神は他に目もくれずにアカトリエルだけを見据えていた。
唯一残った心の欠片の一つ一つが目の前の男が危険なものだという信号を発している。
……渇き、荒れ果てた心の中にたった一つの大きな癒しを与えてくれる最愛の妻。彼女が奪い去られる恐怖の信号……
その恐怖を全力で排除するために魔道神は雄叫びを上げた。