近付く限界
「くっ!!!」
壁に叩きつけられた身体がミシリと悲鳴を上げた。
激しく咳き込みながら床にうな垂れたベアトリーチェの眼前には夫が静かに佇んでいる。
何回か魔法を交えて分かった事は目の前の強大な敵がかなり力を抑えた状態で戦っている事だった。まるで親が聞き分けの無い子供を諭すように………。
今もそうだ。ガドリールは彼女が体勢を立て直すまで何の攻撃もして来ない。しばらく様子を窺い、再び彼女が立ち上がろうとすると激しくまくし立てる。
「ううぅぅ………」
波のように痛みが引き、身体が急激に回復修正にあたっているのがよく分かる……
しかし、危ない………。ガドリールは極限まで力を抑えているが意識が吹き飛ぶギリギリのラインを見極めて攻撃を繰り出しているようだ。現に何度か意識を失いそうになっている。
「終焉の魔道神様が……優しいわね」
はぁ……と息を付くと彼女はぶるぶると首を振った。
(限界だわ。確実に私の身体と意識の強度を理解してきている……次は確実に眠らされてしまう……もう、攻撃は受けられない)
ガドリールの口が囁くように言語を紡いだ。
「抵抗するなと言って素直に聞くと思って?」
《ベアトリーチェェェェ!!!!!》
その言葉を聞くなり獣のように妻の名を叫ぶと、周囲に纏った渦巻く炎がガドリールの指し示す合図と共に巨大な塊となり突進する。
うねりを上げて向かってくる蒼炎を目前にベアトリーチェの喉がゴクリと鳴った。
【レスュール フー マジーエヴィテ ジュフィ ディ ディファイルース〔あだなす業火を避け、我が身を守護せよ〕】
杖を掲げ彼女が術を唱えると、周りを吹き上がる風が膨張し、幾千もの細かい粒となり迫る炎を受け止める。
片手で持っていた杖を両手で掴み直すとベアトリーチェは「くっ」と唸った。
衝撃で身体が後ろに押される。
魔道神が繰り出した高温の炎の塊により、氷の壁が徐々に飲み込まれていく。
今にも身体ごと弾かれそうな衝撃に耐えながらベアトリーチェは渾身の力を振り絞り、叫んだ。
「弾いて!!!」
両手で掴む杖の柄を力の限り上に掲げると、杖の先端に備え付けられた水晶がが強烈な光を放ち、その足元に光の魔方陣が浮き上がる。
《!!!!!》
魔方陣の中から凄まじい勢いで噴出した分厚い氷の竜巻が炎を巻き上げ、城の天井を突き破ると漆黒の結界に衝突しそのまま両術共に消滅した。
高温で焼き尽くされた高い天井の一部、綺麗な円を描く巨大な穴を見上げながらベアトリーチェは激しく息を切らせた。
「はぁ…はぁ…酷いわね。私達の家を傷つけるなんてあんまりじゃない?」
皮肉な笑みで強がって見せるが、実際はそんなに余裕があるわけではない。杖を持つ両手はびりびりと痺れ、小刻みに震えている。
(いきなり魔力を上げてきたわね……あれに当たっていたらしばらく起きる事は出来ない)
背筋を凍らせながらベアトリーチェは尚も気丈に振舞って見せるが………
手の震えが治まらない。
極度の疲労が全身を覆っている。少しでも気を削げばいつ気を失ってもおかしくない状況だ。