対立
大きな口がナイフのような牙を覗かせてガチガチと音を立てていた。その手がゆっくりとベアトリーチェに伸びていく。
「やめて! 私と戦うのよ!!!」
またガドリールは私を相手に自分を抑えようとしている………その押さえつけた感情の矛先をまた人間に向けるのならば………そう思い彼女は夫の腕を振り払った。
顔中の瞳が見開かれ魔道神は時が止まったかのように動きを停止する。そして次の瞬間狂ったように声を荒げた彼の周りに蒼い炎の竜巻が巻き起こった。
「うわっ!! 何だよこれ!!!」
熱波の波動にヴェントたちは思わず防御体制を取った。陽炎のように揺らぐ視線の先には魔女と魔神が対峙していた。
「そうよ。戦いなさい。あなたの力で蘇った私はもう人間のように脆くはないわ。その戦闘欲を私が受け止めてみせる」
周囲に蒼炎の渦を纏う最愛の夫を前にしながら彼女はゴクリと唾を飲み込んだ。完全なる臨戦態勢で自分に立ち塞がる彼の姿はまさに脅威だ。
長いベールと漆黒の髪が、業火が巻き起こす気流に激しくたなびいている。その中で光る同じ色の真っ赤な瞳はベアトリーチェのみを見据えていた。
「ベアトリーチェ!!」
クラージュの叫び声が耳に聞こえた。…彼女は目の前の強大すぎる対戦相手をじっと見つめながらその声に答える。
「この城の…最も高い塔にある私の部屋から首枷を持ってきて!!」
「? …………」
「白いドレスが置いてある部屋よ!! そこのベッドの下に彼の首枷が落ちてる!!! 私が何とか抑えているうちに早くっ!!!!!」
「最も高い塔って…………」
「行って!!!!」
ベアトリーチェの言葉に後押しされるように四人の足は訳も分からず走り出していた。
柱の影に隠れながら階段に走り寄る四人をガドリールが振り向く。その途端魔神の後方から風の刃が走り、皮膚が浅く切り裂かれた。
《ベアトリーチェ!!!》
「私を無視する気? ガドリール」
低く唸りながら攻撃を仕掛けてきた相手に牙を剥く。
(多分彼は私を殺せない………殺せないだろうけど………)
完全な攻撃態勢に移ってしまった私を黙らせるために戦うはずだ。そうしなければ心おきなく獲物を狩ることが出来ないのだから………
それに私の目の前で私が最も嫌がっている事をし続ければ総てを捨ててまで求めた唯一の癒しをも失う事になる。
私が眠ってしまえば後は殺戮を楽しみ、残った死体の全てを跡形も無く消し去ればいい。
彼女の読み通り彼は階段を駆け上がっていく四人を無視し、対峙する妻に標的を向けた。
(さあ、どれ程手加減してくれるかしらね………)
ある程度の負傷は覚悟の上だが、なるべく時間を稼がなければ…。
激しく脈打つ鼓動を耳に聞きながらベアトリーチェは杖を目の前の夫に向けて掲げた。