魔道神と魔女
操られていた双剣徒たちの死体が転がるエントランスの中心にガドリールが移動している。その顔は笑みを浮かべ不気味な喜びに満ちていた。
胸に激痛が走った。
クロノスは剣を杖代わりに立ち上がると自分の体に手を当てる。ガドリールが発した力に弾かれ肋骨が何本か折れたらしい。
「高みの見物はお終いか?」
口の中に溜まった血液を吐き出し、クロノスは痛みを堪えながら血塗れた剣を構えた。
「悪魔め……仲間同士を戦わせてさぞ楽しんだ事だろうな…」
《くっくっくっくっくっくっくっくっ……》
ガドリールの手の中に青白い業火が宿った。
剣の腕には自信があるが黒魔法をいなす方法は持ち合わせていない…………
業火がガドリールの周囲を取り囲むように吹き出した。
(ここまでか……)
そう思った時、彼らの耳に女の声が響き渡った。
「ガドリール!!!」
階段の上に杖を携えたドレス姿の女が立っていた。
「ベアトリーチェ!」
クラージュが思わず叫ぶ。
「何をしているの? ………何をしているのよ!!!」
《ベアトリーチェェェェェェ……………》
ガドリールが牙を剥きだし階段の上に居る女を威嚇していた。まるで『邪魔をするな』と言っているかのように……
「言ったでしょう。私はあなたの殺戮を見ているだけの傍観者にはならないって!!」
突如現れた意外な敵にガドリールは言語とは言い難い言語の羅列を妻へ向け、捲し立てるように放った。
「人間を庇っているわけじゃないわ!! あなたが私だけでは満足してくれないからよ!! あなたが私より殺戮と戦の悦楽を取ると言うのなら………」
そう言うとベアトリーチェは階段を降り、ガドリールの前に立ちふさがった。
「私があなたと戦ってあげるわ」
杖を突き出しながら真っ直ぐに見つめる彼女の赤い瞳が光り輝く。
「本気かどうかは分かるはずよ。………だって私はあなたの一部なんだから」
《グググググググ……………》
「ベアトリーチェ!! 何を言ってるんだ!!!」
「やめろよクラージュ司祭、これ以上夫婦仲を拗らせない方がいいぜ」
「……?……」
叫び前に出た青年をヴェントの腕が止めた。
ベアトリーチェに向けられていた瞳の全てが一瞬にしてクラージュを振り向く。
エテルニテの全ての民からは彼女の記憶は全て消去したはずだ。
だがあの司祭の頭の中にはその記憶が残っている………
あの不気味な言語の羅列が後方の司祭に向けられる
「ほら見ろ!! また怒らせちまったじゃねぇか!!!」
言葉は分からないが魔神の怒涛とその表情からどうやら嫉妬心を剥きだしにしているようだ。
「ガドリール!! 彼らには手を出さないで!!!」
《ヴロディエールディアストルヴォ!! ベアトリーチェェェェェ》
「違う!! あなたを裏切ってなんかない!!!」
ベアトリーチェの足元から風が沸き起こりブロンドの長い髪が忙しく揺れ、彼女の足が微かに宙を浮く。
「それでも……これ以上私の前で殺戮を続けたのなら、あなたへの思いに影を落とす事になるでしょうね」
《……………………》
「あなたを私の元にずっと留めておける程の力を得るに荒療治が必要ならば…私は戦うしかないのよ!!!」
ベアトリーチェがこれ程に強い自分を見せたのは初めてだ。
周囲に渦巻く風が急激に上昇していく魔力を物語っている……
低い息を吐きながらガドリールは再び愛しの妻の前に立ちはだかった。
赤く光る魅惑的な瞳が好戦的に見上げている。
「私を愛しているならば…来なさい!!」




