血塗られた遊び
すでに激しく気が立っているようでガドリールは男の頭だけを噛み潰すとその亡骸を双剣徒たちに投げ捨てた。
数人の騎士達が仲間の死体に押されバランスを崩し倒れこむ。
「お前達は退避しろ!!!」
クロノスがヴェント等四人を城の中に押し込み剣を構える。
暗闇の中では仲間の悲鳴と呻きと共に骨を砕く音、血液をぶちまける音がひたすら響き続けていた。
この状況では明らかに双剣徒の方が不利。
光り一つの無いこの空間で敵も漆黒のローブを羽織っている。
数人の双剣徒を後ろに従えながら城の壁を背にしたクロノスは極限まで精神を研ぎ澄ませていた。
耳を澄ませ頼りにならない目を閉じる。
「!!」
不意に左から押し寄せる威圧感を感じ取り彼は身を翻し、長い剣を素早く闇の中に滑らせた。
剣の刃から肉に食い込む確かな感触……思わず目を開いたその時、闇の中に白い巨躯が浮かび上がっていた。身体の刺青と瞳がこちらを向いている。
足元には魔神の右腕が転がっていた。
《くっくっくっくっ………》
剣に付くどす黒い血液…だが女神の紋章を施した剣は朽ちる事無く鋭い光を放っている。
「楽しそうだな…」
目深に被ったフードから覗く切れ長の瞳がガドリールを睨み返した。
息を荒くし、心臓が激しく音を立て、剣を持つ手が身震いしている。こんな強敵と対面するのは初めてだ。
枷をつけた魔神の右腕はジェラールの時の様に液状化する事がなく、まるで自分の意思を持っているかのようにガドリールの元に這い戻って行った。
それを拾い上げ切り取られた腕に結合させると魔神は残った双剣徒たちを眺め、手を高く掲げた。
「!!!」
城の中から青白い光が零れる。
エントランスホールの巨大なシャンデリアが一斉に蒼い炎を灯したのだ。
「ほぅ……意外と正統派だな」
《くくくくくくくくくくくくくくくくくくく………》
その行動はガドリールの挑発ともとれる行動だった。
影に消え、城の中に姿を現した魔神はエンゲージリングを嵌めた左手を前に伸ばし、クロノスに向かって軽く手招きをする。
「あいつ、一騎打ち誘ってるんじゃねぇか………」
柱の影に身を潜めながらヴェントが階段の上に現れた魔神を見つめた。
「そんな一騎打ちだなんて無理に決まってる」
魔神の手が招く人物が光の灯されたエントランスホールに歩み出た。
「クロノスさん!! 彼の挑発に乗っちゃ………」
「大丈夫だ。私はそれほど愚かではない」
コンデュイールの言葉を打ち消すように呟くとクロノスはガドリールを見据えた。
「私は己の力量を弁えているつもりだ。殺し合いを楽しむために来たのではない。少しの勝機でも逃さぬためには残念だがお前の要求に応える事は出来ぬ!!」
《…………………………》
その言葉にガドリールは無数の目を細めると招いていた手を引き、しばらく様子を伺っている。
ウェルギリウスから聞いた終焉の魔道神とはどこか印象が違う………
話によるとがむしゃらに殺戮を繰り返すだけの化け物らしいが、いま目の前にいる魔神は殺戮よりも戦いを楽しんでいるといった感じだ。