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治癒の血

 すでに意識を失いかけている父の老体を背負うとアカトリエルは呆然とするベアトリーチェの身体を引き起こし城の一室に飛び込んだ。


「父上!! しっかりしてください!!! 父上!!」

 長年使われていなかった埃臭(ほこりくさ)い部屋に身を潜めるとアカトリエルはウェルギリウスを床に寝かし、己のマントの一部を引き裂くと出血を止めるために失われた右手を固く縛りつけた。

 しかし既に大量の血が失われている老人は青ざめ、その身体は氷のように冷たくなってしまっている。

「父上!! あなたが亡くなってしまわれたら母はどうなるのですか!! 父上!!!」

 必死で呼びかけるアカトリエルをしばらく見つめるとベアトリーチェは関節の外れていない左腕の手首を自ら噛み切り彼の隣に座り込んだ。

「何をする!!」

「このままでは死んでしまうわ。大人しく見ていて」

 そう言うと彼女は手首から滴る血液を切り落とされた右腕に垂らした。

「腕は元には戻らないだろうけど…」

 しばらくして右腕に巻かれた布を解き、彼女はその傷口を後方の男に公開した。

「!!!」

 そこには出血が止まり、既に皮膚が形成されかかっている短い腕の姿があった。

「お前は………」

「皮肉でしょう? 終焉の魔道神の血で蘇った魔女の血液が癒しの力を持っているなんて」

 噛み切った手首には既に傷は認められなかった。

「傷は治癒してしまうのだけれど………」

 そう呟くとベアトリーチェは外れた右肩の関節に手を当て小さく呻いた。

「外れたものは戻せないみたい……」

「……見せてみろ」

 細く白い右腕を掴み、しばらく外れた肩を見つめるとアカトリエルは彼女の首元と腕に手を置いた。

「少し…我慢してくれ」

 次の瞬間細い腕が再び肩の関節に戻される音と共にベアトリーチェの口から短い悲鳴が飛び出した。

 肩が()められたと同時に腫れが引いた腕を見る限り、確かに尋常では無い治癒の高さを実感する。


 しばらく腕を動かすとベアトリーチェは「ありがとう」と微笑み杖を手にした。

「あなたの名前をまだ聞いていなかったわ」

「………アカトリエル」

「そう…アカトリエル。あなたがまだ居るという事は間に合わなかったのね。早く行かないと……」

「どうする気だ」

「彼を止めるわ。皆が餌食になってしまう前にどうにかしないと………」

「お前も魔神の怒りを買う事になるかもしれぬぞ」

「新婚一週間だけど…もう何回か夫婦喧嘩をしているのよ。これからずっと彼とここで暮らしていくのだもの。こんな苦難どうって事ないわ」

 無理に笑顔を作って見せるが、心の奥底では複雑な心境だ。


 今まで何回かガドリールを攻めたが彼があれほどまでに自分に敵意を向けたのは初めてだった。

 壊れた心の中でどれ程強力な制御をかけているのかはこの身にひしひしと伝わって来る。


「本当にそれでいいのか」


 長年恋焦がれていた女神と全く違わない姿……その女の笑顔の後ろに垣間見える苦しみを目前にして思わずそんな言葉を投げかけてしまった。


 ベアトリーチェはキョトンとすると再び「ふふ……」と声を漏らした。

「おかしな人ね。それではあなたは仲間の全てを彼に捧げるというのかしら?」

「っ……そうでは……」

 自分の言葉に躊躇いを覚え、顔を伏せたアカトリエルをしばらく見つめるとベアトリーチェは彼の身体を軽く抱き締めた。

「!!!」

「前に貴方に言った言葉撤回するわ。自分を殺してなんかいなかった……貴方はとても素直。………家族同士の愛に触れたのは十数年ぶりよ…………絶対街に返してあげるから」

 そう囁くと彼女はスッと立ち上がりもう一度優しく微笑むと部屋の外に駆け出て行った。


 五年前に一度見た幼さを残すベアトリーチェ…あの時にドミネイトを殺していれば彼女もこんな運命に足を踏み入れる事はなかった。

 そして今も自分は何も出来ずに終わろうとしている。

 女神の騎士を名乗っておきながら自分が今まで残せた物は制裁と称しての血塗られた殺戮だ。規模は違えど魔神が今やっている事と何の大差もない。


「………ダンテ………」

 不意にウェルギリウスが消え入りそうな声で息子の名を呼んだ。

「父上。気付かれましたか?」

 左手で自分の片腕を探って見るがそこにあるべき右腕は消えていた。身体の至る所がズキズキと痛む。

「あれ程の魔力を解放しただけでこうか……やはり年には勝てぬな」

 

 しかし、まだ生きていた……こんなに命を実感したのは初めてだ。


「魔女と息子に救われたか……ベアトリーチェはどうした」

「魔神を止めに…私も行かねばなりません。どうぞ背に………」

「いや、大丈夫だ。一人で立てぬ程ではない………肩を貸してくれるか」

 何度も倒れそうになりながらウェルギリウスはアカトリエルの肩に支えられゆっくりと立ち上がった。

「おかしいな。体中は痛むが右腕だけは痛みも何もないとは………」

「ベアトリーチェが……右腕の致命傷を治癒いたしました……」

「治癒? 聖魔法が使えるのか?」

「……いいえ……彼女の血が癒しの力を持っておりました」

 その言葉にウェルギリウスが目を見開く。

 あらゆる命を奪うガドリールの血で蘇った魔女が治癒の血を持っているというのは理解に苦しむ。

 魔神の血で蘇った以上何らかの負の性質を持っているものだが………

「女神ベアトリーチェか……あながち転生の法則も嘘ではないのかもしれぬな」

「転生?」

「………生きて帰れたのなら詳しく教えてやろう………だがもしその法則が正しければ、ベアトリーチェは確実にガドリールを封印する力を持っているという事だ」


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