神と魔道師の対峙
「やはり簡単に封じられてはくれぬか………」
手の平の上で煌々(こうこう)と燃える炎で闇を照らしながらウェルギリウスは一人ごちた。
ベアトリーチェに仕上がった魔封の枷を託し、しばらくした後に強大な力の変動を感じた。
一時は極限まで下がった力の波動だが、それはいとも簡単に打ち破られた。
ガドリールが目覚め、侵入者に気付き怒りに触れたのだろう……。
鉄壁の結界呪文が唱えられる寸前に城の上部からベアトリーチェの悲鳴に似た声が聞こえて来た。
退却を促す言葉……
「ダンテ、お前が間に合っていれば良いが………」
漆黒の闇を見渡しながらウェルギリウスは深い溜息を付いた。
たとえ退避に成功していても自分はすでにここから逃げる事は出来ない。
ガドリールと対決し、最後の足掻きをしても無駄だろう。
もとより生きて帰るつもりはなかったが………
炎で照らされた年老いた顔に微かな笑みが浮かんでいた。
「まさか己の弟子であり、神である者に命を奪われるとはな…皮肉なものだ」
七十数年生き永らえ、もう十分生きた。だが、年老いた妻を一人残してしまう事が心残りでならない。
デザスポワールの司祭仲間から亡命を攻められ命からがらこのエテルニテにたどり着いた時、唯一恐れる事無く手を差し伸べたのはジョルジュだった。
若気の至りでか何度冷たくあしらってもあの修道女はめげる事無く恐怖と伝えられているデザスポワールの黒魔道師である彼を介抱し続けた。
「アレには申し訳無い事をしたな………」
瞳を閉じ、長き日々を思い浮かべながらウェルギリウスは後ろを振り向いた。
「………ベアトリーチェ…失敗したか……」
《ハアァァァァァァァァ…………》
階段の上には深い闇に溶け込む漆黒のベールを被った巨人が佇んでいた。
闇の中でも映える白い肌に無数に光る赤い瞳、身体に施された刺青がブラックライトに照らし出された紫外線のように青い光を放っている。
「どうせならばデザスポワールの司祭として戦い、華々しく散ろうではないか…お前の父達のようにな」
するとウェルギリウスは手の中の炎を打ち消すと両手の平を上に向け胸の前で交差した。
パリパリという音と共に手の中から白い電撃が放電し始める。
「私は雷の力をお前に授かった魔道主だ。ただでは死なぬぞ」
ガドリールの口がニヤリと歪み、ウェルギリウスを真似て両手を胸の前で交差させた。
強力な稲妻がその手に宿り周囲の闇を明るく照らし出す。
両腕の枷がその力に反応して大きく唸るが、断ち切られた鎖ではその抑制力は著しく低下していた。
たとえ首の枷があったとしてもこの状態では抑えることが出来ないだろう。
「光栄だな…同じ術で神に合間見えていただけるとは……」
皺の寄った額にじっとりと汗がにじみ出る。
ガドリールは不気味な笑みを零したまま目の前の年老いた生き物を見据えていた。
『先制攻撃のチャンスを与えてやろう……』
無言のメッセージがそう届く。
「よかろう我が弟子!我が神よ!!この身が崩壊するほどの魔力を持ってして望もうではないか!!!」
漆黒の司祭服を身に纏った老人の体中から次々と放電が沸き起こり、稲妻の触手に当たるたびに壁が細かく砕けていく。
ウェルギリウスが「くっ」と歯を食いしばる。
みるみる上がっていく魔力の上昇に伴い白髪交じりの灰の長髪が激しく揺れた。
老人の姿は神々しいほどの雷を纏い、周囲の黒い闇が白い光りに照らされていた。