絶望の幕開け
クロノスに指示を出すとアカトリエルは手に持つ頼りないランプの灯りだけを頼りに再び城の奥に走り去って行った。
「クロノスさん。どうするんだよ」
「師の命令だ。従わぬわけにはゆくまい」
そう答えるとクロノスは仲間達に手で合図すると剣を構えながら扉の外に慎重に一歩を踏み出した。
「外も真っ暗じゃないか……」
オランジュとクラージュの前を進みながらコンデュイールが呟いた。
夜などというレベルの闇ではない。まさに黒一色だ。まるで何も無い空間に放り出された気分になる。
風に揺れる木の葉の音も何もしない……ただ荒れた地を踏みしめる自分達の足音と心臓の激しい鼓動だけが耳に流れ込んで来る。
一つの大きな塊りを作りながら歩み庭園の半ばまで来た時突如双剣徒の一人が固い何かに肩をぶつけた。
他の者たちも次々に何かに行く手を阻まれていく……
そしてそれがこの闇と同じ漆黒の壁だと気付くのにさほどの時間は掛からなかった。
「何だよこれ……こんな所に壁なんてあったか?」
ヴェントが壁に両手を付きながら探った。
「………違うな。これは……壁というより……結界だ」
クロノスが手に持った灯りを掲げヴェントを振り返った。
灯りの中に映し出されたのは来る時に見た朽ちた女神像だった。
風化し、のっぺりとした石の塊りの左半身が漆黒の壁にめり込むようにして鎮座している。
「結界?」
「見てみろ」
そう言うとクロノスは女神像と並ぶように立つ柱に手を添えた。
柱は既に8割が壁に飲まれ、クロノスが軽く小突くと残った2割の部分が鋭利な刃物に切断されたかのように音を立てて横倒しになり瓦礫と化した。
「恐らく強力な結界の壁によって障害物は外部と内部で強制分断された状態だろう………空も見えぬという事は巨大なドーム状の壁が城全体を隔離している事となる」
「それって閉じ込められちゃったの?」
どんな状況に陥っても気丈に振舞っていたオランジュの声が微妙に震えていた。
「…………袋のネズミというやつだ…………」
「きっと彼は私達を逃がす気はないのでしょうね」
ベアトリーチェに拒まれ、今まで沈黙を守っていたクラージュが静かに呟いた。
『彼』と言うのはここの城主である魔神の事だろう。
「何だよそれじゃ倒すしかないじゃねぇか!!」
「魔神が自ら結界を解くとも思えぬしな………」
「っくそ!!」
マントにしがみ付くオランジュを見つめながらヴェントは唇を噛み締めた。
この城に来ると決めた時から自分は死の覚悟が出来ていたがオランジュはヴェントが双剣徒たちに処刑されるのだと思い込み付いて来たに過ぎない。
話に聞き、彼が見てきた中では魔神に殺された人間は残虐な方法で全て命を落としてきた。
あんな殺され方を妹のように可愛がってきた少女に経験させたくはない。
「オランジュ、俺から絶対離れるなよ」
ヴェントは彼女の震える手をしっかり握り締めていた。