守る盾と戦う刃
「クロノスだ」
アカトリエル程では無いが長身の筋肉質な身体はローブの上からでもよく分かる。
年は二十後半から三十前半といった所か……優男とまではいかないが体付きとは異なり、ほっそりとしたその顔は俗世間で言う所のイケメンという奴だ。
アカトリエルもそうだが、こんな容姿を持つ男に限って女神に生涯を捧げているというのだから皮肉なものだ。
無言のままでしげしげと見つめてくるヴェントにクロノスは「どうした?」と聞いた。
「えっ…いやっ…アカトリエルさん以外の騎士に話しかけられたのは初めてだから………はっきり言ってあんた達って何かとっつきにくいんだよな。皆無表情で笑わねぇし」
遥か後方ではオランジュが一人、人形のような男達に女の好みを聞きまくっている。それなのにも関わらず彼らは何の反応も示さない。それでもめげずに話しかける少女の姿は健気というより見ていて悲しくなってくる。
「仕事と私生活を区別しているだけだ。…とは言っても私生活など皆無に等しいがな……」
休日無しの厳格体制……聞いただけで眩暈がしてくる。
(俺じゃ一日も持たねぇな………)
知らずに引きつった笑みが零れてしまう。
クロノスは曇った表情のコンデュイールに視線を移すと彼の前に歩み出た。
「コンデルと呼ばれていたな………」
背の高い男を頼りなく見上げるとコンデュイールは無言で頷いた。
「感情に捕われ、無闇に走るな。まず周りを見極めてから行動しろ。安易な行動が他人をも危険にさらす。お前は自警団と呼ばれる組織の人間だろう……彼らの仕事が何なのか復唱してみろ」
「…………僕達の仕事?…………」
「お前達の礎になっている物だ。最初に習う言葉があるはずだが…」
警団養成学校に入学した時と警団に配属された時に必ず言わされる言葉……
「他を殺めるための剣となるのではなく他を守るための盾となれ。この世に捨てる命などない……」
「………警団と呼ばれる者たちはエテルニテの民を守るために作られたものだ。今、お前がすべき事は敵を討つ為ではない。もしもの時にはそこの友人達を守るためだけに行動すればいい」
「………守るため?」
「そうだ。女神のために女神を守る剣となるのは我々の仕事だ。勝てぬと分かっている相手と戦おうと思うな。逃亡でも何でもいい、お前は民の為に尽力を尽くせ」
「……………」
「分かったな」と念を押すとクロノスは仲間のもとへ歩みを戻した。
「はあ~………何でだろうな。双剣徒って奴らはとっつきにくいけどいちいちカッコいいよな」
後姿を眺めながらヴェントが呟いた。
ああいう風にはなりたくないが固い意志を持った男の姿というものは憧れるものがある。
「で…どうだよ。騎士の話は何か参考になったか?コンデル」
「参考っていうか…忘れてたものを思い出させてくれたって感じだよ。一番大切な教えだったのに仇を目の前にして自警団の本当の意味が見えてなかったっていうか…」
するとコンデュイールは改めてヴェントを振り向いた。
「僕は君達を街に返さないとね」
何かが吹っ切れたような爽やかな笑顔が再び顔に浮かんでいた。
「もう、全然駄目だわ。あの人たち全然答えてくれないのよ?」
はぁ…と息を吐きながらオランジュがとぼとぼとヴェントの元に戻って来た。
「だろうな。女神の騎士に好みの女聞いたって仕方ねぇよ。全員女神の旦那なんだからな。しいて言うならあいつ等の好みはみんな女神様って事だよ」
その言葉にオランジュが顔を上げた。
「女神?!女神なの?!」
「お前も教会でいつも見てるだろ?」
「ちょっと!!それじゃみんな美人派じゃないの!」
「僕は美人って苦手だな。変に緊張しちゃうし……」
初めて何気なしに答えたコンデュイールの言葉にオランジュの顔が明るくなった。
「コンデルは可愛い派なの?」
「え?可愛いっていうか…多分好きになったら外見なんてどうでもよくなるものじゃないのかな。……ただ、さっきの魔女みたいに非の打ち所が無い程の美人は綺麗過ぎて負い目を感じるよ。僕みたいなのじゃどんなに頑張っても釣り合えないだろうし……」
意外に語ってくるコンデュイールを見つめながらオランジュは彼の顔を覗き込んだ。
「それじゃヴェントにはどっちが似合うと思う?!」
「えっ?ヴェント?僕にそれを聞いてどうするのさ」
「いいから!!答えなさいよ!!」
オランジュの顔は真剣だった。
やけに迫力のある視線を受けながらコンデュイールが頭を抱えるヴェントに目線を変える。
「えっ…と。彼はどっちかって言うと可愛い子を連れてた方がしっくり来るような……」
最後まで聞く前にオランジュはヴェントを振り向き「ほらね!!」と訳が分からない念を押した。
「ほらねって………だから何だよ」
「ヴェントが美人を好きでも釣り合わないんだからね」
勝手に満足するとオランジュは腕を組みうんうんと頷いた。
「勝手に言ってろ」
そんな恋愛論?を話していると階段の上に見覚えのある白いローブを着た男が足早に下に降りてきた。
すかさずクロノスが駆け寄る。
「アカトリエル様!いかがでしたか?ウェルギリウス殿は?」
「ベアトリーチェからの伝令だ。皆殺しにされる前にこの城を立ち去れと……我々がこの城にいる限り魔神を止める自信が持てぬと言っていた」
「勝機と言われたあの魔道具は…」
「ウェルギリウス殿が……我が父が最後の仕上げを行っているが…………」
そう言いかけた時である。
不気味な地鳴りが響いて来た次の瞬間、どこからともなく雷の轟を思わせるような叫びと共に強烈に床を突き上げるような地震が城を襲った。