問い
三人が姿を消した後、エントランスホールで帰りを待つ双剣徒たちの間にはピリピリとした緊張の糸が張り詰めていた。
その緊張感漂う面々の中クラージュだけが脱力したかのように床に座り込んでいる。
ベアトリーチェの言葉がいまいち理解出来ない。
一度死んだとはどういう事なのだろうか…病気? そんな事は信じられない。
彼女の手はまだ暖かくて瞳の色以外は何ら普通の人間と変わりないのに………
今しがたまでベアトリーチェと触れていた両手を放心状態で眺め続けているクラージュの肩を突如オランジュがポンッと叩いた。
「気を落とす事ないわよクラージュ司祭。エテルニテにはまだたくさんの女の人が居るわ。私は駄目だけど、たった一回ふられたぐらいで…………」
「うおおぉっ!! お前何言ってんだよ!!!」
とんでもない慰めの言葉にヴェントが思わず彼女の口を塞ぎ割り入った。
「…………………」
「いやっ! 気にするなよなクラージュ司祭。こいつまだお子様だから……」
「お子様じゃないわ!! もう十四歳よ!!!」
「黙っとけよお前」
彼女を強引に引き離し、近くのコンデュイールに託すとヴェントはこの日一番の深い溜息を吐いた。
「何よヴェント! 私は慰めようとしてただけよ?!」
「ああいう時は放っておいてやれよ。それに大体慰めの言葉になってねぇだろそれ」
「何で? そりゃ私の目から見ても魔女はとっても美人だし………」
チラリとヴェントを見るとオランジュは「ああっ」と声を上げた。
「ヴェントも外見で判断するのね!! 駄目よ!! 駄目なんだから!! 美人は毒があるって父さんが言ってたんだから!!! どっちかって言うと可愛い方がヴェントには似合うんだからね!!」
「はあ?」
緊張感張り詰める静かなエントランスの中にオランジュの甲高い声だけが響き渡った。
「お前、本当に恥ずかしい奴だな……」
「ちょっと! コンデルも外見で判断するタイプ?!可愛いより美人がいいの?!!」
「……………え? ……………あ、ごめん。何? 聞いてなかった」
オランジュの腕を掴むコンデュイールも初めて我に返ったようでキョトンとしている。その事には当のオランジュも目が点だ。
「もういいもの!! 別の人に聞くから!!!」
「別の人って………」
周囲を見渡すと他に残っている男達は皆双剣徒だ。
「聞くだけ無駄だと思うけどな………」
とりあえずオランジュは放っておく事にした。
双剣徒たちには申し訳ないが彼らの数の分だけ聞いて回っていればしばらくは面倒を見る事はないだろう。
「それで?お前もベアトリーチェに言われた言葉がかなり堪えてるくちだろう?」
エントランスホールの双剣徒一人一人に女の好みを聞いて回っているオランジュを眺めながらヴェントはコンデュイールに声を掛けた。
「………分かっている事をあれ程はっきり面と向かって言われると返す言葉も出て来ないよ」
基本的な戦術だけを教わり、試験をパスして学校を卒業し、警団に配属されて僅か数ヶ月で魔神の襲撃を受けた。
配属されてすぐにジェラールから実践的な戦術と教育を受けていたが何もかもが中途半端のまま終わってしまった。
ドミネイトが死んだ後のこのエテルニテでの実戦など、この城下でのあの影との戦いが初めてだった。
もちろん人を殺した事も無い。
「僕が行っても足手まといになるだけだって分かってるんだけど認めたくない。ジェラールさんの無念を晴らすことなんかきっと僕には出来ないのに………」
「……敵なんか取らなくてもいいんじゃねぇの?俺が考えるに…そのジェラールって人はそんなの求めてないぜ?きっと…」
その言葉にコンデュイールは頼りない笑みを浮かべた。
恐らくジェラールもヴェントと同じ事を言うだろう。
彼はそういう考えの持ち主だった。
自分の敵を部下に取ってもらうなどと言ったら激怒するに決まっている。
だけど…何もしないでのうのうとしていては自分の中のけじめが付かない。
「第一お前がここに居るのはオランジュの我がままに付き合ったからからだろう?俺達がここに来るって事も知らなかったみたいだし………」
「そうだな無駄死になどする必要は無い」
「!!!!!?」
不意に後ろから割って入ってきた低い声に二人は無意識に振り向いた。
「聞く気はなかったのだが、この静寂の中では嫌でも耳に入るものでな」
「…えっと…あんたは?」
後ろに立っていたのは一人の双剣徒だった。
そう言えばアカトリエルがデザスポワールの混血だと知った時に一番初めに忠誠の言葉をかけたのが彼だったような気がする。