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血の聖杯

「眠っている時はとても静か……何をしても起きないの。血が欲しければ今のうちだわ。でも、あまり大きな傷はつけないで」

「傷を付けても起きぬのか?」

「起きないわ。たとえ片腕を切り落としても起きないと思う………」

「痛みも感じぬのか」

 アカトリエルの言葉にベアトリーチェは軽く笑った。

「感じると思うわ。でも、今の彼が感じる痛みは数少ない快楽の一つだから…大丈夫よ」

 女神と全く同じ姿をした生身の女の悲しげな顔はアカトリエルの心に複雑な心境を(もたら)す。

 恐らく遥か昔の人間の巫女であった女神はこんな感じだったのではないだろうか……

 彼は一つの表情しか持たない女神の姿しか知らない。

「貴方も、エテルニテの人間には見えないわね。彼と同じ出身?」

 恋し焦がれる女神と同じ顔の女に上目遣いで見つめられ、彼はフードをさらに目深に被ると目を逸らした。

「ハーフだ。………父のウェルギリウスはお前の夫と同じ国の出だからな」

 ベッドで眠る魔道神の横に立つウェルギリウスを眺めながらそう呟いた。

「そう、エテルニテとデザスポワールの血が交わると貴方のような子供が生まれるのね。彼と家族を作って暮らしていく事が私の最も崇高な夢だったわ。もう叶わないけど」

 そう言い残すとベアトリーチェは机の上に置いてある金の短剣と聖杯をウェルギリウスの元へ運んだ。

 差し出されたのは術が施された魔道具だった。剣の刃と聖杯の周りに呪文が彫られている。

「貴方の持っているその(かせ)は、もちろん普通の物ではないわよね」

「こやつの父達の骨が混ぜられた最高峰の魔道具よ」

「そう、良かったわ。彼の血は触れた瞬間あらゆる物を朽ちさせてしまうから気をつけて。それは人間の身体も例外ではないわ」

 するとベアトリーチェは顔を伏せ、テラスの外に出た。

 ガドリールが傷つけられる姿は見たくはない………たとえどんなに小さな傷であろうとも彼が血を流す所は見るに耐えかねる。

「ウェルギリウス殿何か手伝いましょう」

 テラスの女の後姿をしばらく見つめるとアカトリエルはウェルギリウスの隣に立った。


「ガドリール……………」

 信仰していた神を見るのは今日が初めてだ。

 遥か昔の言い伝えではおぞましい異形の徒として描かれていたが、目の前で眠る魔道神は巨大ではあるものの、人間であった頃の原型を留めている。

 二本の手に二本の足、そして漆黒の長い髪。目の数と口の位置は違うが、外観的な身体の作りは何一つ違わない。

「味方につければこの上なき強みだと言うのに………」

「ウェルギリウス殿何をおっしゃっておいでです」

「戦力の乏しいエテルニテならばお前の女神以上に『これ』は最強の守護神になりうる。………敵味方の区別がつけば……だがな」

「我らに彼を崇拝せよと申すのか」

 その言葉にウェルギリウスは首を振ると冷たい魔道神の腕を持ち上げ、アカトリエルに聖杯をその下に置くようにと指示を出した。

「あの娘の言った通りだ。ガドリールの血液には触れるなよ……触れればたちまち腐敗が始まり、命を落とすまで生きたまま腐り続ける」

 ウェルギリウスはベアトリーチェに手渡された短剣を白い腕に添わせると息を呑み、ゆっくりと刃を引いた。

 白い皮膚の下から溢れ出る赤紫の血液がポタリポタリと聖杯に垂れていく。

 ベアトリーチェの言葉通り魔道神は起きる所かピクリとも動じない。

 口からは静かな寝息でさえ聞こえる。まさに死んだように眠るといった言葉が相応しい。

 聖杯が三分の一程埋まった所で切り口は消えていく。

 かなり深く切ったつもりだが、やはり治癒能力も人間の比ではない。


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