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遅すぎた再会

 暗い城内でも映える白い肌に絹のような金の髪、血のように真っ赤なドレス。

 ベアトリーチェは憂いに満ちた瞳で侵入者達を見つめた。

「来てしまったのね………」

 あの歌声と同じ澄んだ声が響く。

「ベアトリーチェ!!!」

 隊の後ろから一人の青年が飛び出した。クラージュだ。

「……!!!……」

 司祭服の青年の言葉にベアトリーチェは俯いていた顔を上げた。

「なっ………」

 彼女の瞳を見た彼の足がピタリと止まる。

 ドレスと同じ深紅の瞳が輝いていた。

 彼が知っているベアトリーチェの瞳の色は雲ひとつ無い空のように澄んだ青い色をしていたはずだ。

「やはりな………」

 絶望に満ちた声でウェルギリウスが首を横に振った。

「私が分かるの? だってあなたたちは………」

彼奴(きゃつ)の忘却魔法は私が解いた」

「忘却魔法?」

 ウェルギリウスの言葉にオランジュとコンデュイールが顔を見合わせた。

 アカトリエル以外の双剣徒たちも何の事か分からずに仲間たちを互いに見回している。

「お前ら何ともねぇのか? 頭が痛いとか……」

 ヴェントの言葉に二人はキョトンとしたまま首を横に振る。

「ヴェント・エグリーズ。無理だ…ガドリールの忘却魔法は完璧だ。潜在意識の深淵にもあの娘の記憶は残っていないだろう………解けるものならば私が解いている」

「えっ…だってよ。そしたらクラージュ司祭………」

「あの娘への執着が完全なる消去を避けたのに過ぎぬ」

「………あなたは何? 何故彼を知っているの?」

 ベアトリーチェは漆黒のローブの老人を不思議そうに眺めていた。

「ウェルギリウス・クレイメントだ………その様子だと奴からは何も聞いてはおらぬようだな」

「彼は……力を付けるのに必死だったから……知らない事だらけ………」

「三十年前にこの城に住まい、黒魔法を教授した者だ。言うなればお前のガドリールの師よ」

 そう言うと老人はクラージュを押しのけ前に出た。

「娘よ。魔道神の血を飲んだのか?」

 その言葉にクラージュが目を見張った。

 目の前の美しい女は驚きの眼差しでウェルギリウスを見つめると悲しげな笑みを浮かべる。

「彼の血を飲むだなんて……そんな事………」

「だがお前はもう人ではない」

「知っているわ」

 その姿にもどかしさを覚え、クラージュは反射的にベアトリーチェの元に駆け寄った。

「ベアトリーチェ! こんな所に居ちゃいけない!! 私と一緒に帰ろう…………」

「!!!」

 暖かい手に手を取られ、人形のような表情が崩れる。

 幼い頃の記憶が鮮明に彼女の脳裏に駆け巡った。

 手を引かれながら野を駆け回った事、一緒に遊んだ楽しい思い出……。

 ………だが………心はやけに穏やかだった。

 さっきまでは初恋の相手の出現に心が揺らいでしまうのではないか、ガドリールを裏切ってしまうのではないかと恐怖でさえ感じていたあの感覚が湧いては来ない。その事に驚きを隠せない程だ。

「ベアトリーチェ?」

 彼女は優しく微笑むと首をゆっくりと横に振った。

「クラージュお兄さん…私を覚えていてくれてありがとう。とてもうれしいわ…。でも、一緒には帰れない」

「どうして!?」

「エテルニテにはもう私の居る所はないもの…それに…」

「…?…」

「私はもう死んでしまった人間なの………」

「死……んだ……?」

 頼りない笑みを浮かべながら彼女は頷いた。

「そんな! 何を言っているんだ!! だって君の手はこんなに暖かい……」

「死んだのよ。二週間くらい前にね……。病気だったわ」

 ベアトリーチェの手を握るクラージュの手にもう片方の手を重ねると彼女は続けた。

「彼…ガドリールをあんな風にしてしまったのは私のせいなの……彼は私を生き返らせるために力を求めたわ。終焉の魔道神に自ら転生したのよ………私のために全てを捨てたの。声も、言葉も…そして人もね……」

 すると彼女はウェルギリウスに目を向けた。

「彼の血は飲んでなんかいないわ。でも、彼の血で生き返ったのは確かよ。彼は私の事だけは捨てないでくれたの。魔女としての力も得たわ。私が彼を抑えてみせるから…お願い! 彼が眠っているうちに帰って!! そろそろ彼は目を覚ます! 獲物を目の前にした彼を止める自信は持てないのよ!!!」

 しばしの沈黙を破ったのは双剣徒の長であるアカトリエルだった。

「それは無理だ。我々の国は既に何人もの死者が出ている。即ちそれはお前が抑え切れていないという事だ。私達が求めるのは確実に封じる術」

「そんな(すべ)なんて何処にも無いわ!! 貴方達に神を凌駕する力はあるの?!」

「それではお前にはあるのか? 魔封の法を知っているのか」

 その問いにベアトリーチェは答える事が出来なかった。

 夫を眠らせる歌も僅か四時間足らずの効果しか持たない。実際に抑えているのは自分では無いのだ。

 ガドリールが妻に癒しを見出す事で辛うじて繋ぎとめているにしか過ぎない。

「彼を封じる手立てが貴方達にはあるというの?」

 その言葉にウェルギリウスはあの手枷と首枷を彼女の前に差し出した。

「魔道神の血が欲しい。眠っているのなら今が好機だ」


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