魔城への道
数分が経過し、ヴェントは恐る恐る目を開いた。
先ほどの強い光でまだ目がおかしい。
耳も高周波の音が響いているだけで何の音も聞こえない。
鼓膜が破れたかと肝を冷やしたが、しばらくすると遠くの彼方から風のさざめきが響き、麻痺していた聴覚の回復にほっと胸を撫で下ろす。
何度か目を擦り、やっと元に戻った彼の瞳に飛び込んで来たのは漆黒の夜の静寂だった。
「…マジかよ…」
あれ程居た影の魔物が一瞬で姿を消していた。残されたのは所々燃え上がる赤い炎。
「ジィさん。あんた……」
肩を上下させ、乱れた息をやっとの事で整えるとウェルギリウスは軽いため息を付いた。
「大魔法などめったに使わんからな…少々疲れた。年は取りたくないものだ」
「大魔法って…そんな力持ってんじゃ魔神と対等に渡り合えるんじゃないか?」
ヴェントの言葉にウェルギリウスは首を振った。
「魔神相手では使えん。大魔法を返されてこちらが終わる」
「すごいすごい!! ねぇ見た? 私、雷があんなにいっぱい落ちる所始めて見た!!」
オランジュが目を輝かせながらウェルギリウスにしがみ付いた。自分が思っていた黒魔道師像を見つけ、もはや有頂天だ。
先ほどまで立ち込めていた雷雲もいつの間にか消え失せ、空には青白い月が輝いている。
「見ろ」
屈み込み、地面を見つめながらアカトリエルは部下達に声を掛けた。
生い茂った木々が先ほどの大魔法で敵もろとも焼き尽くされ、地に眠っていた石畳が姿を現している。
所々焦げ付いているが、魔城のある切り立った山肌を辿るように延々と細長い道が続いていた。
「百世紀も前の巡礼道だ」
左に岩壁、右に崖、僅か二メートル程の狭い道には手すりでさえ見当たらない。
「うえっマジかよ。ここ通って行くのか? 一歩でも踏み外したら崖下に真っ逆さまじゃねぇか………」
ぶるぶると体を震わせながらヴェントが崖下を覗き込んだ。
百メートル越えの遥か下には夜の闇で覆い隠されている樹海が不気味にざわついている。
「踏み外すよりも、あんな道でさっきみたいに敵に襲われたらろくに戦えないね」
腰の鞘に剣を収めながらコンデュイールが呟いた。
「我々の歩みがもう少し速かったのならばあの道での戦闘は避けては通れぬ道だったな」
アカトリエルの言葉に再び背筋が凍える。
不信感を抱くコンデュイールに対してウェルギリウスの過去の告白が無ければ確かにあの狭い道での戦いが余儀なくされていたはずだ。
崩落した崖上の比較的広い場所での戦闘でなければ数人の犠牲は否めなかったであろう。
「はは………まだ女神の加護ってやつはあるって考えた方がいいのかもな」
引きつった笑いを浮かべながらヴェントは再び眼下に広がる漆黒の樹海に目を移した。
「私もそう考えたい」
アカトリエルを先頭に一同は延々と続く細い道に足を一歩踏み出した。
「コンデュイール・レヴェゼ。お前が掛け替えの無いものを失ったのは………私のせいだ。すまぬ事をした」
皆に続こうと歩むコンデュイールにウェルギリウスは謝罪した。
「……………………」
背の高い老人を一度見やるが、彼はすぐさま顔を逸らし無言のままにウェルギリウスの横を通り過ぎた。
「ウェルギリウス殿、何もあなたが全ての罪を背負う事はありません。あなたの言葉通り、私達にも非はありました。彼もあなたを攻める事が見当違いであるのを気付いております」
前を歩くコンデュイールの背を眺めながらクラージュが呟く。
「デザスポワールで教えを説く身であった私がエテルニテの司祭に逆に教授される事になるとはな………」
穏やかな微笑を浮かべながらクラージュは「行きましょう」と歩み始めた。