小さな救い
「………………………」
誰もが言葉を失い、耐え難い沈黙の時が流れていた。
「ねえクレメントさん。何でそんな顔をしてるの?」
キョトンとしたオランジュが辛そうな表情を浮かべる老人を覗き込んだ。
「? ……お前は何とも思わんのか? ……私がこの場に居なければずっと平和な国に居られたのだぞ?」
「平和なんかじゃなかったわ。だって、彼が居なかったらドミネイトもまだ生きていたわよ?」
「奴は人間だぞ。ガドリールがおらずとも年老いていずれは死んだ。だが、魔道神は寿命を持たぬ」
「う~ん」としばらく考えを巡らせると少女は首を傾げた。
「話に聞くと魔道神ってとっても残酷な神様みたいよね?」
「今のエテルニテを見ればそれは分かるだろう……悲鳴と血肉を好む破滅神だ」
「でもまだエテルニテは滅んではいないわよ? どうして?」
オランジュの言葉にヴェントが割って入った。
「ベアト………魔女が居るからだろう?」
その言葉に少女はポンッと手を打ち鳴らす。
「魔女は何処から出てきたの? 始めは一人だったんでしょう?」
「エテルニテの女性ですよ」
クラージュがポツリと呟きコンデュイールは目を見張った。
「エテルニテの? …だってここの国には魔女なんて………」
「いずれ分かるでしょう。けれどここの国の女性です」
「それならエテルニテに来るべきだったんだわ」
「? ……娘。何を言っている」
「だって、結局そんな神様になっちゃうんだったら何処の国でも一緒でしょう? ここの女の人が彼と会わなかったら彼はずっと人を殺し続けちゃうんじゃないの? でもここしばらく街は襲って無いわ。それって女の人は残酷な神様を一人で止められるって事よね。でもここの国に来なければ神様を止められる人が居なかったって事よ?」
「!!!」
「オランジュ、君は何を言ってるんだ。それでもどれだけの人が殺されたと思ってる!」
「だって!!」
「だってじゃない!! ヴェントだって殺されそうになったんだぞ!! それでも君はそんな事が言えるのか?! 僕の大切な人だってとても酷い殺され方を………」
「待て!!! 静かにしろ!!!」
コンデュイールの叫びをアカトリエルが制止した。
「? ………」
「何か……来るな」
アカトリエルに続いてウェルギリウスは立ち上がった。
微かだが遠くで何かが聞こえてくる。機械のノイズみたいな不気味な音が岸壁沿いに続く細い道の奥から徐々に……
「何だよこの薄気味悪い音は……」
「ちっちゃな虫の大群みたいな音ね」
音はやがて大きく木霊し、漆黒の闇に響き渡った。
夜空を明るく照らしていた月がいつの間にか雲に隠れている。
遥か遠くに生い茂る岸壁の草が忙しく動き始め、それは物凄い速さでこちらに近付いてきていた。
「剣を抜け!!! 敵だ!!!!」
アカトリエルの合図と共に双剣徒たちが一斉に腰の長剣を抜いた。