疑心
「うわぁけっこうキツイなコレ。こんなハードな登山なんて二年ぶりだぜ」
ロープを辿り、やっとの思いで崩落した崖を上り終えたヴェントは地面に大の字に転がった。
「僕は初めてだから…登りきれるか不安だったよ」
続いて息を切らせながらコンデュイールが座り込んだ。
「オランジュは大丈夫かよ」
「彼女は全然大丈夫だよ。ほぼ双剣徒の方に負ぶられて登っていたからね。それよりもクラージュ司祭が心配だよ。彼はあんな事言ってたけどやっぱりかなり苦しいみたいで…結構サポートされてたね」
「やっぱ気合だけじゃどうにもなんねぇな」
「そう言えば彼が下で言った言葉が気になるんだけど、彼女がただ一人で登った道って…彼女って一体誰の事だか分かるかい?」
その言葉にヴェントが息を呑んだ。
「俺は、知らねぇよ。大体彼女って女が一人でこんな所登れるわけねぇじゃん」
「そうだよね」
しばらくして一人の双剣徒に抱えられながらオランジュが顔を覗かせた。コンデュイールの言葉通り自分の力をあんまり使わなかったためか、やたらに元気だ。
「うわぁ凄い凄い。見て見て、空があんなに近いわよ!!」
冷たい空気を精一杯取り込みながらオランジュは一人騒ぎ立てていた。
「幸せな子だね。彼女は…」
「俺はそれよりあいつらがスゲェと思うぜ。全然息切れしてねぇってどういう事だよ。本当に人間か?」
ヴェントの視線の先に居たのは、闇に映える白いローブを着込んだ双剣徒たちだった。
アカトリエルを含めた彼ら全員が何事も無かったかのように平然としている。
「普段そうとう過酷な修行をしているらしいからね彼らは…体の作りが全然違うんだよ。彼らを見ているとすごく頼もしいよ。何か勝てそうな気がする」
「少しでも勝機があればいいんだけどな…まぁ、勇気と無謀を履き違えるような奴らじゃ無いと思うけ…ど…」
ヴェントの言葉が登ってきた次の人物を見て止まった。
闇に溶け込むような漆黒のローブを着た老人…あの年にも関わらず彼の息もさほど乱れていない。
「真の化け物だな。あのジィさん…一体どんな修行をして来たんだか…」
「…………………」
「ん? どうしたコンデル?」
「こんな事言うのはあれなんだけど…僕は彼をまだ信用出来ないな」
その言葉にヴェントは目を丸くした。『彼』とはウェルギリウスの事だ。
「お前何言ってるんだよ。魔城の黒魔道師じゃないぜ? デザスポワールの元司祭だぜ?」
確かにコンデュイールはウェルギリウスから常に一歩下がった状態で今までの道を歩んでいた。
エテルニテの住人は黒魔道師という存在にあまり良い印象を持っていない者たちらしいが、あの正義感溢れたコンデュイールがそんな事をいうのは意外だ。
「そうだよ。デザスポワールの事も知ってる。そこの司祭っていう人物がどんな人間かも伝承で伝えられてる」
「伝承って…黒魔道師の最高峰だろ?」
「エテルニテの伝承では別の事も伝えられているんだよ」
「恐怖の対象……か」
「!!!」
いつの間にかヴェントとコンデュイールを見下ろす背の高い老人が隣に立っていた。
「ジィさん」
「そのどちらも正しい。我々はこの国の司祭たちのように信頼と信仰で国を率いていたのではないからな。……敵にもデザスポワールの住人にも恐怖の対象として恐れられていた。我らが崇める神の根源が恐怖と絶望なのだから仕方が無い。分かるな。私達が奉っていたのは…恐怖と絶望を運ぶ終焉の魔道神だ…。これからお前達が合間見える存在が我々が信仰していた神そのものなのだ」
「…………っ…………あなた方の神ならば…それなりの考えはあるのですか?」
「おい、コンデルどうしたんだよ」
「彼はっ………彼は僕達に何かを隠してる。そんな感じがするんだ」
「感じって………」
「……………………」
しばらくコンデュイールを見つめるとウェルギリウスは「そうか」と小さく呟いた。
「ジィさん?」
「コンデュイール・レヴェゼ。お前にも持って生まれた能力があるようだな。極力悟られぬよう努力したつもりだったが、お前の洞察力には勝てぬか…。四十年も前ならば確実に己を隠し通せたろうが………」
「何言ってんだよ」
「まぁ待て。あの司祭がたどり着いたら話してやろう。あの魔城の黒魔道師と私の関係をな……」
するとウェルギリウスは自らアカトリエルを呼びに言った。




