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不気味な微笑

「ガドリール。本当にどうしたの? 外に何かある?」

 一度も自分を振り向こうとしない夫に耐えかねて彼女は彼の元に歩み寄り、そしてその顔を見た瞬間にゾッとした。

 彼が不気味に笑っていた。

 無数の瞳と首の大きな口が冷たい笑みを浮かべている。

「ガドリー…ル? 何? どうしたの?」

 初めてベアトリーチェの言葉に反応し、数個の瞳が彼女に向けられた。

《くっくっ……くくくくくくく……………》

 今の彼の笑い声を聞いたのは初めてだった。

 低い含み笑い、ベアトリーチェの背にも悪寒が走るほどの不気味な声。

 絶句する妻をしばらく見つめると彼の細く長い指が城下の樹海を指差した。

「何? 何かあるの? 私には何も分からないわ」

 指差す先を見つめるがそこには何も見られない。いつもの闇に覆われた黒い樹海だ。

 だが、ベアトリーチェの目には彼の笑みが幼い子供のように見えた。

 そう、まるで恰好の玩具を見つけた時のような子供の笑み………

「ガ……ガドリール、ねぇもう寝ましょう?」

 このままにしておいてはいけないような気がする。

 漠然と悟った彼女は夫の冷たい手を取り、彼を部屋の中に(いざな)った。

 拒まれたらどうにも出来ないが、以外に彼は素直に彼女の手に従い、ベッドに近付いた。

「来て。いつものように歌ってあげるわ。あなたあの歌好きでしょう?」

《……………………》

 ベッドの上に座り彼を誘うが、やはり城の外が気になるようでベッドの上の妻とテラスを何度か交互に見渡している。

「ガドリール! 私を拒まないで! 私より大切なものが外の樹海にあると言うの?!!」

 いつもと違うガドリールの姿ほど恐ろしいものは無い。

 この魔道神のガドリールとはまだ付き合いが浅く、完全なる制御法も極めていないからだ。

 見た所飢えてはいないようだが何か彼の心を浮き立たせる物が外にあるらしい。

 そしてベアトリーチェ自身以外で今の彼の心沸く行為という物は…即ち血と肉に塗れた阿鼻叫喚の殺戮だ。

 妻の怒号にも似た叫びに反応したのか、ガドリールの視線がベッドの上の女に注がれた。

 怒りとも、不安とも言えない表情が固く強張り、その美しい顔に張り付いている。

「お願いよ。ここに来て。私がここに居るじゃない」

 息を切らせながら必死で哀願する美しい妻を見つめながらガドリールは彼女の座るベッドに腰を下した。

「そうよ。ここに来て。さあ、眠りましょう」

 近づけてきた彼の顔に掛かる黒髪をしなやかな指先で撫でながらベアトリーチェは彼の顔に軽くキスをした。

「いらっしゃい。その枯渇し、凍てついた心を私がいつものように癒してあげるわ」

 幼い子供をあやすかのように優しく声を掛けるとベアトリーチェはその膝に彼の頭を横たえた。

 漆黒の髪を撫でつけながらあの歌を静かに口ずさむ。

 その歌に誘われるかのようにまた一つ、また一つと無数の瞳が閉じられる中、最後の瞳が閉じられるその前にガドリールは片手を床に掲げた。

【・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・】

「?」

 パックリと空いた首元のおぞましい口元から、今のベアトリーチェでも理解不能な音が出る。

 ………これは呪文だ。言語は同じだが、呪文だけは解読が出来ない。

 彼がその言葉とは言えない音を紡ぎ終わると、掲げた床にあの黒い影が湧き出した。しばらくするとその中から蝙蝠のような甲高い不気味な声が聞こえてくる。

 何事かとベアトリーチェが床を覗き込んだ瞬間、その黒い影の中から無数の黒い生き物が続々と飛び出してきた。

 大きさは小さな猫ぐらいだろうか、真っ黒な体に四肢に生えた鋭い爪。赤い光を宿す二つの目が見て取れる。

 その異形の小動物は部屋の中を駆けずり回りベアトリーチェの周りに体を摺り寄せてきた。

「猫? やだ。何?」

 ガドリールの指が窓の外を指差した。それを合図に影のような小動物がテラスに殺到すると一気に城外に駆け下りて行く。

「ガドリール。あなた、何を生み出したの? あの生き物達は何処に行ったの?」

 全ての生き物が外に飛び出したのを見届ける彼の顔には、やはり不気味な笑みが零れていた。

「ガドリール!! 何よ!! あなた、何を生んだの? 彼らは何処に行ったの!!」

《……………………》

 彼は何も答える事無くベアトリーチェに不気味な笑みを向けると最後の瞳をそっと閉じた。


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