謎の魔道書
「ガドリール、どうしたの?」
大量の魔道書を抱えながらベアトリーチェはテラスに出て外を眺め続ける彼に声を掛けた。
昨日の夜からガドリールの様子が何処かおかしいからだ。
終焉の魔道神と化してから、彼は常に彼女の側に寄り添い、その無数の瞳で彼女だけを見つめ続けるのが日課となっていたが、今はずっと城の外を眺め続けている。
「ガドリール? ずっとそのままじゃない。ねぇ、貴方の魔道書をもっと貸してよ」
彼の言葉が理解できるようになってからベアトリーチェの愛読書はもっぱら彼が人間であった頃に使っていた魔道書になっていた。
魔女となる前はどんな魔道書を読んでも解読が不可能だったが、今では面白いほどにその内容が理解できた。
デザスポワールという彼の故郷で記された手書きの魔道書…そこには黒魔法の全てが書かれている。
「ねぇガドリール。貴方は以前この国に来た時の事を私に話してくれたけど…それじゃこの膨大な魔道書は何処で手に入れたの?」
忌まわしき儀式が行われた彼の部屋にあった魔道書は全てガドリールが興したものだった。
しかし、それとは別の部屋に置かれていた古書は彼の字ではない。
この城にある巨大な書庫に眠る魔道書はガドリールの字の物もあるが、その半数以上は彼とは別の人物が記した文字だった。
「貴方の魔道書は難解で今の私でもあまり理解出来ないけど…書庫の魔道書はとても分かりやすく書いてある。まるで誰かに教授を施すために書かれた書物のようだわ。それに書庫にあった大きな机と二脚の椅子に使わなくなった黒板とチョーク、貴方誰かに魔法を教えていた?」
机の上で魔道書を開きながらベアトリーチェはテラスの彼に話しかけたがやはり返事は返ってこない。
「…………そんなはずないわよね。貴方の助手は生涯で私だけだったって言っていたもの。あなたが自分から人と関わりを持つこともないわよね。それじゃぁ………」
羽ペンを頬に当てながら彼女は続けた。
「貴方に魔法を教えた人が居た?」
彼がデザスポワールという国からこのエテルニテの城に住み始めたのは僅か六歳の時らしい…それ以上の事は何も言っていなかったが、いくら大人びていたとは言え六歳の少年がたった一人でこの城で三十年を生き延びてきたとは思えない。
少なくとも独り立ち出来るまでの数年は誰かの手を借りないと無理だろう。
しかも神としての力を失った状態でここに移り住んだのだから保護者的な人物の存在は否めない。
「貴方の過去は分からない事だらけね………」
独り言のように話しながらベアトリーチェは息を付いた。