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花嫁衣装

 エテルニテの街ではすでにあの依頼の品が作られ始めていた。


 尋常ではない金額の報酬は喜びであり、恐怖でもあった。

 呪われた城主の要求がそれ程に強く、重いという事だ。

 一流の仕立て屋から街一番の刺繍家まで全ての衣服の注文を後に回してまで作りにかかる。

 2日後までに仕上げなければ恐ろしい事が起きるとの噂まで広がっていた。


「例の黒魔道師様って男じゃなかったのかよ」

 あの依頼状を受け取った少年は数少ない同僚にさり気なく聞き返してみた。

「ウェディングドレスって…それじゃ魔女じゃん。しかも誰とご結婚なさるんだ?」

 少年は伝説の楽園国家、エテルニテの噂を聞きつけ、数年前から移住してきた、いわばよそ者だ。

 元々金稼ぎが目的だったのでこの国で最も報酬の良い影商人という仕事に就くことになったが、何故何の関わりも持ってこない謎の城主がそんなに怖いのか不思議に思う事もしばしばある。


 まあ、人間というものは幽霊やら悪魔やらの正体が知れないものを怖がる生き物なのだろうが…


「めったな事いうもんじゃねぇよ。暴君ドミネイトみてぇにろくな死に方出来ねぇぞ」

 ドミネイトは五年前までこの大きな街を収めていた領主の名前だ。

 その権力を利用してかなりひどい事をやっていたと聞く。

 長い幸が続いていたエテルニテの歴史の中で彼が収めた十数年は本当に荒んでいたという。

 私腹を肥やす為の高過ぎる徴税率、拷問や見世物の為の処刑…美しい娘たちを強引に連れ去ったなど悪行の数はとどまる所を知らなかったらしい。

 そして街人たちが口々に噂するドミネイトの最大の過ちが、あの巨城の取り壊し案を提示した事だ。


 持ちうる全ての権力を駆使しても断崖に聳える(いばら)に覆われた城主の脅威には敵わない。

 エテルニテの住人はどんなにひどい拷問を受けようともその案だけには応じなかった。


 ある時煮えを切らせた暴君は(はぐ)れ者の部下を連れ、あの森の中の箱に火を放った事があった。

 神をも恐れない所業に民は恐怖した。


 そして翌朝、ドミネイトの遺体が自室から見つかった。

 体中の臓物が部屋中に散らばり、形として残っていたのは何かに食いつぶされたかのような頭部だけであったという。


「俺たちが黒魔道師の要求に応えてりゃ何も起きねぇ。金も手に入る。深くは考えるな。明日の午後には依頼の品も出来るだろう…それを箱に届けて任務終了。一挙に金持ちの仲間入りだ」

 その同僚の言葉通り、翌日の昼には例のドレスが疲れ果てた仕立て屋の手によって影商人たちの元へ持ち込まれた。

「うわぁ! 素敵ぃ!」

 影商人の親方の娘が思わず声を張り上げた。

 細かな刺繍やレースが緻密に編み込まれた染み一つ無い純白のドレス。

 羽のように薄い生地を幾重にも重ねて膨らませたスカート…

 それこそエテルニテの最高の(すい)を一身に集めた最高傑作であった。

「私も着たいなぁ」

「オランジュ触るんじゃねぇ! 汚れたらどうする!」

 伸ばした手をピシャリと父に叩かれ娘はプゥッとむくれた。

「着たくてもこのサイズじゃ着れねぇよな。オランジュが着たら胸はガバガバ、腰はきつくて紐も結べないぜ? きっと」

 少年の言葉にどっと笑いが巻き起こったが親方と娘にジロリと睨み付けられ男たちは急いで顔を逸らせ咳払いをした。

 ばつの悪さを拭い去るように仕立て屋が手袋をはめた手で慎重にドレスを着たマネキンをガラスケースに仕舞う。

「しかしまぁ…着る相手が見てみたい事は確かだな。そんなサイズのドレスなんてめったに着れる女いないぜ?」

「またお前は…変に介入はしない方がいいぞ。白百合のブーケもそろそろ届く頃だ。いいなヴェント…商品には傷つけないよう慎重に運べよ」

「父さん! 私もヴェントと行っていい?」

「お前! なんつー事を言いやがる! ダメだダメだ! 女の仕事じゃねぇ!」

「あぁー! それって差別だわ。私も見て見たいのよ。その城主の依頼箱ってやつを」

 娘は愛らしい顔はしているのだが、父親譲りなのかその性格はお転婆で融通も聞かない。

「見てもつまんねぇぞ。気味は悪いが何も面白いものは無いしよ」

「気味悪いっていいじゃない? 肝試しみたい」

 少年の言葉など何て事はない。娘の顔には既に期待のきらめきが満ち満ちていた。

 


 薄気味悪い森の中に馬車の音が木霊する。

 結局、()の強い娘に押し切られるように少年は高価な箱に詰められたドレスとブーケを二人で届けるはめになってしまった。

 まだ日が高い時間であるというのに薄暗いのは生い茂る木々と、黒い雲に覆われた空のせいだ。

 遥か遠くの彼方からは微かな雷の轟き音が聞こえてくる。

「ヤバイなぁ…一雨来るぞこれ…」

「夏でも無いのに雷雲なんて珍しいわよねぇ」

「そんな悠長なこと言ってる場合かよ!いいか雨が降ってきても絶対商品は濡らすなよな。何かあったら全部俺の責任になっちまう」

「はいはい分かってるって」

 テントで覆われた荷馬車の荷台に乗ってはいるが、もしもを考慮して娘は商品の入ったガラスケースに革製の袋を被せ、それを倒れないように抱きかかえた。

「古城での結婚式ってかっこいいと思わない?」

「はぁ?」

「何かさ、街の皆は怖がって近寄らないけど興味はあるよね」

「興味ってドレスの女の事か?」

「女って…スケベ」

「な、何言ってるんだお前! スケベって…俺は女の事だけ考えてるわけじゃ…」

「ねえ、城主の黒魔道師ってやっぱりお爺ちゃんなのかな?白くて長い髭とか生やしてさ、ながーいローブと杖持って猫背でさ…」

 けらけらと笑いながら妄想する娘を呆れ顔で見ると少年は「はぁー」とため息をついた。

 今でも降り出しそうな雨雲に気をそがれ、それ所ではないが、何かを言うと言葉が倍に返ってくるので仕方なく黙って妄想話を聞くことにする。

「そんなお爺ちゃんの花嫁のスリーサイズがアレよ?凄くない?どれだけ年の離れた嫁をもらうつもりよぉ。やっぱり魔女かな?おばあちゃん魔女だったら本当に見て見たいよね。すぐポックリいっちゃったら遺産は全部嫁のものじゃん…それで…」

「見えてきたぞ」

 妄想話を強引に遮ると少年は静かに鎮座する巨大な木箱を指差した。

 確かに巨大ではあるが…何の変哲も無い木箱・・・というより窓のない小屋だ。

「なぁんだぁー」

 がっかりしたように肩を落とす娘などお構い無しで少年は商品を急いで受け取り箱に収めた。

 ほぼそれと同時に空から轟音が轟き稲妻が走る。

 そして程無くして大粒の雨が滝のように降り注いだ。

「うおぉ! 超危機一髪」

 荷台の中に急いで滑り込むと手綱を切り返し帰りを急ぐ。

 バタバタとテントを叩く音が豪雨の凄まじさを物語っている。

「つまんない。何もなかったぁ~」

「だからそう言ってたじゃねぇかよ」

 期待外れの結果で終わり、むくれたまま娘は荷台の後ろの覗き窓から遠ざかっていく木箱をもどかしそうに眺めていた。

 降り注ぐ雨が激しい水のカーテンとなり視界は極めて悪いが、生い茂った木々の、絡み合う枝の向こうに仰ぎ見る断崖の古城。

 そして空に閃光が走り大地を明るく照らした時、娘は「あっ」と声を上げた。

 城の頂上の窓から何かが飛び出したのだ。

 巨大な蝙蝠のようなそれは荒れる空を偵察するように旋回すると木箱が備え付けられていた付近に舞い降りていった。

「ちょっと! 今お城の中から何かが飛び出したよ! ねぇねぇちょっと戻ってみない?」

「冗談じゃねぇ! こんな土砂降りの中誰が戻るかよ! お前ちょっとおかしいんじゃねぇ?」

 あえなく却下され、オランジュは既に遥か彼方の森の奥に消えてしまったあの場所へ続く一本道を悔しそうに眺め続けていた


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