樹海の夜
「きゃあ!」
短い悲鳴を上げ、よろめいた少女の腕をコンデュイールは反射的に支えた。
「大丈夫?」
もう既に何度もこの状況を繰り返している。
街から依頼箱への一本道から反れ、しばらくが経過した。
唯でさえ悪い道が樹海の道無き場に侵入するとさらに悪化する。
苔むした岩に加え地中からは気味の悪い木の根が迫り出し、慎重に歩みを進めても足を取られてしまう。
特にその影響は一番ひ弱なオランジュに出ていた。
「お前帰った方がいいんじゃねぇか?」
「大丈夫よ!! 行けるわ!!」
気丈に振舞っては居るが、その息は上がり疲労の色は隠せない。
既に日が落ちた闇も過剰な神経を使わせていた。
双剣徒たちが持つランプが辛うじて道を照らしてはいるが、まさに一寸先は闇だ。
「彼はすごいね。まるで別人みたいだよ。何かあったのかい?」
オランジュをサポートしながらコンデュイールは前を行くクラージュの背を見つめた。
小さな少女よりも頼りの無かった青年が休憩を挟んだ後からは全くの別人だ。
疲れの色は見せているがそのペースは全く落ちる気配が無い。
「強い目標を見つけたからな」
「?」
呟いたヴェントに少年は首を傾げた。
「きゃあ!!!」
オランジュが再び足を滑らせて地面に倒れ込んだ。
今度はコンデュイールのサポートが追いつかなかったようで見事に顔から突っ伏した。
「うわっごめんよ!」
「お前帰れよ。足手まといだぜ? それ」
泥で汚れた顔を拭いオランジュは覚束ない足で立ち上がった。
目には薄っすらと涙を浮かべている。
「行けるわ!! 絶対お城まで行くもの!! 魔女に会うんだから!!!」
「はあ? 魔女ってお前の目的それかよ。俺達が行ったらサインもらって来てやるから帰れよ」
「サインって…」
コンデュイールが苦笑いを浮かべた。
「帰るにも帰れまい。この者たちと離れたら隠れ潜んでいる獣にたちまち食われるぞ。もともと野生の生き物は弱いものに狙いをつける。その娘は格好の獲物だ」
いつの間にか前を歩いていたウェルギリウスが後ろに居た。
「それにこの道無き森の中、元の道に戻れるとは思えぬな。この森に一番詳しいのはヴェント・エグリーズだけだと聞いている。私も東の樹海に住んでいたが…ここの森はそれよりもややこしい」
「たしかに、俺なら戻れるけど…戦術はあんた達みたいに長けてねぇしな……」
「それじゃあやっぱり連れて行くしかないよ。僕も今一番安全なのは騎士達と一緒に居る事だと思うし……」
「大丈夫よ!!! 一人で歩けるわ!!!!」
気丈に振舞う少女を見つめながらヴェントとコンデュイール深いため息をついた。
「僕がおぶろうか…やっぱり女の子じゃ体力がもたないよ」
「それも賛同出来んな。見た所体重は四十前後か……その重さを背負いこの森を歩めるほどの身体をお前は持っていない。ヴェント・エグリーズも同等だ」
「私が背負おう…」
ウェルギリウスの後方に見かねたアカトリエルが立っていた。
「見た所、敵はまだ来る気配はない…私の半分もない重さならばさほどの事でもないしな」
「大丈夫よ!! 一人で……」
「娘、これ以上皆を困らせるな。いいから背に乗れ。お前の足には休息が必要だ」
ウェルギリウスは強引にオランジュの腕を掴むと彼女の体をアカトリエルの背に押しやった。
広い背をしばらく眺めると少女は一度ヴェントを振り返り、叫んだ。
「アカトリエルさんにときめいちゃっても知らないから!!!」
「お前な………」
しぶしぶアカトリエルに背負われたオランジュを見ながらヴェントは大きなため息をはいた。
「ははは………彼女はヴェントにおぶられたかったみたいだね」
「なんにも言えねぇよ………」