魔女
「それじゃ本気で『アレ』と戦う気なのか?」
ヴェントに大体の経緯を聞いた警団の少年は目を見開いた。
「さすがにこのままじゃヤバイって事になったんだろ? あれが操られてる怪物じゃないって最悪だよな。自分の意思で人を殺して喰ってるわけだからな」
「それでも人間が勝てるのかい?」
「勝とうとは思ってねぇよ多分。ただ俺が届けたウェディングドレスを着る花嫁って奴がどうやらそいつを止められる力を持ってるみてぇなんだ。そいつに会えれば……何か変わるかもしれねぇって」
その言葉にいち早く食い付いたのがオランジュだった。
「本当に居たの?! すごい!! 魔女が本当に居るんだ!」
「いや、魔女…とはちょっと違うんじゃね? ほら、あの領主ドミネイトの…」
そう言いかけてヴェントは言葉を止めた。
オランジュとコンデュイールも生粋のエテルニテ住人だ。
五年前に失踪したベアトリーチェと言う暴君の一人娘の事は例の忘却魔法というやつで記憶から消去されている事だろう。
思い出そうとすればどうなるかはクラージュを見ていたのでよく分かる。
「領主ドミネイトの?」
「いやっえっと……そっ…か。魔女かもしれねぇな。あのサイズのドレスを着れる女か…」
「ヴェントどうしたんだい?」
「いや、健全な男子なら一回はお目にかかってみたくなるぜ? あのドレス見ちゃぁな」
「スケヴェント」
「んなっ…オランジュてめぇ、スケヴェントって何だよ! 変な単語作るんじゃねぇよ」
「スケヴェントスケヴェントスケヴェントスケヴェント…………」
小さな声で呟くように連呼する不気味な少女にコンデュイールと当のヴェントは顔を引きつらせた。
「ははは………女の子って怖いね」
苦虫を噛み潰したかのような顔でオランジュを眺めながらも領主ドミネイトから会話が逸れた事にほっと胸を撫で下ろす。
「そう言えばよ。お前覚えてるか?」
呟くオランジュはとりあえず放っておいてヴェントはコンデュイールに神妙に語りかけた。
「覚えてるって何をだい?」
「悪ぃ、嫌な事思い出させちまうけど…あの夜。化け物が最後にエテルニテに姿を現したあの時なんだけど」
コンデュイールの声に不意に力が無くなる。
「あぁ…北本部が襲撃された夜だね………僕が覚えてるのは…ジェラールさんの遺体を見た所までだけど…………」
「悪ぃ。マジで嫌な事思い出させちまうけどな…」
コンデュイールは「うん」と頷いた。
「あの後、俺やられそうになったんだよ。ほらここの額の傷あるだろ? あの化け物の爪跡なんだけどな…」
「うん」
「もうヤバイっていう時に風が吹いて来たんだよ」
「風?」
「…ここの、あの山の中腹から小さな竜巻みたいな疾風が俺と化け物の間をすり抜けていったんだ」
指の先には遠くに聳える魔城がある。
「今思ったんだけど…その時一瞬だけど女の声が聞こえた気がするんだよな。えっと…確か…じゅ? ジュセフラ…セ? …って、わけ分かんねぇけどそんな感じ」
「女の声?」
「そうそう、その途端に化け物の動きが止まったんだ。こう、じぃーっとあの城を見てて………消えたんだよ」
「消えたって…」
「クラージュって司祭もな、女の歌声に導かれるようにそいつが消えたって言ってて…」
ふいにコンデュイールの隣の人物にヴェントは目を皿のようにした。
「クラージュさんよ…あんた前歩いてなかったっけ?」
「ん? うわっいつの間に!!」
コンデュイールも知らないうちに隣に居た男に驚きの声を上げた。
「はい…その、前を…歩いていたのですが……」
額の汗を拭いながらクラージュは息を切らせ唾を飲み込んだ。
「この人が…クラージュ…司祭?」
「覚えてねぇ? 俺の隣の牢屋に居た男…こいつ。スタミナ切れみてぇだけど………」
覚えているも何も、彼は教皇が無残な死を遂げたときに北警団本部に駆け込んできたあの青年だ。
「始め…まして。…ヴァン…ティ…エム教会の…司祭を努めて…いま…した…クラージュ…クロワイヤスと…はあぁ~」
「えっ? うわっ…はい。コンデュイール・レヴェゼです。あの北警…って大丈夫ですか? クラージュ司祭?」
よろめく司祭の体を急いで支えながらコンデュイールは求められた握手を交わした。
「もう限界だなこりゃ、司祭ってこんなにインドア派だったっけ…」