北の樹海
日が高く昇る前に北の森に入った騎士たちは馬を樹海の入り口に乗り捨て、足場の悪い中を歩んでいた。
魔城のすぐ下にある依頼箱までは舗装されていない一本道が通っており、猛獣の存在を無くすれば誰でも難なくたどり着く事が出来る。
しかもこれだけの人間が一斉に行動しているのだから猛獣とて寄っては来ない。
女子供だけの集団ならともかくここにいるのは厳しい修行を乗り越えた屈強な男達ばかりだ。負けると分かりきっている戦いに参加する程野生の獣は愚かではない。
「なぁアカトリエルさんよ。俺って本当に必要か?」
今までに無い程の安全な樹海散策に伸びをし、自然と欠伸が零れる。
「…………………」
アカトリエルは無言のまま度々と隊の後ろを警戒していた。
森に入った時からずっとそうだった。そして、白い男達の中に一際映える漆黒の黒魔道師も背後の何かに感付いているようだった。
「おいジィさん。あんたこの森を徒歩で歩き切れるのかよ? そんな長い服着て……」
「……甘く見るなヴェント・エグリーズ。デザスポワールの司祭修行に比べればただの散歩に過ぎん」
ウェルギリウスはとりあえず応えるが、上の空のように何の感情も無い。
「歩きにくいよなぁ」
「そ…そうですね…」
隣には既に息を切らし始めているクラージュがやっとの事で答えている。
実際彼は何度かその長いローブに足を取られ転びそうになっていた。
辛うじて転ぶ事無く歩けているのはよろける度にヴェントに支えられていたからであって、本来ならばその白い司祭服は泥で汚れまくっている事だろう。
「っつーかアンタ一度一人で依頼箱から街まで帰って来てるんだろ? しかも走って」
「あの時は…教皇様の訃報を伝える為に必死でしたから……」
「司祭って修行しねぇの?」
「しっ……しますよ! ただどちらかと言うと精神的な修行の方が多いので……肉体的な荒修行をするのは双剣徒の方々だけです」
クラージュの意外な一面を垣間見てヴェントはふぅーんと意味深な笑みを浮かべた。
「おぶってやろうか?」
「なっ……結構です! 八歳も年下のあなたにそんな迷惑はかけません!」
「それじゃアカトリエルさんにおぶってもらえば? アンタぐらいの人間なら二人ぐらいおぶれそうだぜ? 年もかなり上そうだし」
「何て罰当たりな事をおっしゃるんですか!! 冗談でも笑えませんよ!!! それに心配なさらないで下さい! 私は自分の足で歩けますから!!」
ヴェントにとって冗談で言ったつもりはなかった。
精一杯の本気で気を使ったつもりだが…。
「いや……マジでアカトリエルさんなら大丈夫だと思うんだけど…」
その言葉で気合に火が付いたのかクラージュはローブの長い裾をたくし上げ、腰の所に裾同士を結い付けると、つかつかと勢いよく歩き出した。
しかし、やはり後ろから見るその姿はよろよろと頼りない。
「オイ! あんまり無理するなよな! その体力じゃ持たねぇぞぉ!!」
「心配なさらずに!!」
「知らねぇぞ俺……」
共に歩む双剣徒たちはさすがと言うべきか、かなり早いペースで行進している。
目深に被った男達の顔は相変わらず人形のように無表情で疲れの欠片でさえ見せていない。
同じ教会関係者でもここまで違うものかと感心させられてしまう。
それなのに何故だろうか、やはりアカトリエルとウェルギリウスはさり気なしに何かに気を取られているように思える。
「アカトリエルさんよぉ!! さっきから何なんだよ! 何か付いて来てんのか?」
溜まりかねて叫ぶヴェントにいち早く反応したのが黒魔道師の老人だった。
「確かにな。気になって仕方が無い」
そう呟くとウェルギリウスは呪文のような物を口づさみ二本の指を顔の前に掲げると遥か後方の木に何かを飛ばすような素振りをした。
大きな爆発音と共に二本の指に差し示められた大木がバキバキバキと音を立てて横倒しになった。
「おい! 何だよ!! 猛獣の群れでも居たのか?」
驚きの声を上げ護身用の二本の短剣をマントの下から取り出し、警戒態勢をとるヴェントとは裏腹に双剣徒たちはただ立ち止まりその倒れた木材を見つめている。
根元が爆破され、粉塵が濛々(もうもう)と立ち上る中からむせ返る人間の声が響き渡った。
やがてその粉塵から逃れ、咳き込む見覚えのある少年が姿を現す。