黒きローブの男
大聖堂の中では既に双剣徒たちが準備を済ませ、アカトリエルの帰りを待っていた。
ヴェントとクラージュが大聖堂に足を踏み入れると同時に教会の扉が開かれ騎士団長が姿を現す。
闇に生える白いローブ、部下が姿勢を但し向き直った瞬間、その後ろに佇む人物にいち早く気付いたマルガレーテが悲鳴を上げた。
闇に溶け込むようにして彼の後ろに立つ漆黒のローブの男。
目深に被ったフードがその顔に影を落とし、黒く覆われていてよく見えないがアカトリエルと大差の無い大男だ。
思わず剣に手を掛ける部下達をアカトリエルが片手を掲げ制止した。
静まり返った教会の中に一歩、また一歩と歩みを進める漆黒のローブの男はこのエテルニテがずっと恐れ続けてきたあの魔城の主とダブって見える。
「おいアカトリエルさんよ! そいつ誰?」
やはりと言っていいべきか、静寂を引き裂いた人物はヴェントだった。
少年はつかつかと歩み寄ると漆黒のローブの男の前に立ち止まった。
「見た感じ…噂の黒魔道師って感じだけど……いきなりこんなの連れて来たらみんなびびっちまうよ」
「…彼は……」
言いかけたアカトリエルをその男の手が静止した。
「エテルニテにもこんな肝の据わった小僧が潜んでいたとはな……」
男が肩を震わせ不気味に低く笑った。
「小僧って失礼な奴だな。俺にはヴェントって名前があるんだよ。ヴェント・エグリーズだ」
「ヴェント・エグリーズ…私が怖くないのか?」
「別に。あんたよりもっと最低なもん見ちまってるから」
そう言うとヴェントは奥に佇むクラージュを振り返り、大声で叫んだ。
「おい!!! 噂の黒魔道師様が化け物になったんじゃねぇのかよ!!!」
思わぬ質問に司祭が首を忙しく縦に振った。
「ヴェント・エグリーズ…残念だが私は恐らくお前の言う黒魔道師ではないな」
漆黒のローブの男に再び顔を向けるとヴェントは今度は後ろのアカトリエルに声を掛けた。
「ヴェント・エグリーズってフルネームで呼ぶの…あんたみてぇ………」
アカトリエルが顔を逸らし、わざとらしい咳払いを一つする。
「そうか…皮肉なものだなダンテ。離れていても似てしまうというのは」
「ウェルギリウス殿、ここではアカトリエルと…」
黒魔道師は低く笑うと首から上を覆い隠す布を外した。
人形のように顔立ちは整っているが、顔に刻まれた皺がかなりの年配を思わせる。
エテルニテの住人とは全く違う鋭い瞳。
腰下まで届くオールバックの長髪を後ろで一本に編んでおり、広い肩幅にローブの上からでも分かるようなしっかりとした長身がどこかアカトリエルを思わせた。
「ウェルギリウス・クレイメントだ。あそこの男とは……まぁ親類関係にあたると言って置こうか」
アカトリエルに視線を泳がせる黒魔道師の言葉に、ヴェントの顔が驚きに満ちる。
白いローブの男と黒いローブの男を何度も交互に見渡してしばらく考えた後、少年は素っ頓狂な声を張り上げた。
「このジィさん! あんたの親父か?!!!!!」
教会内が一斉にざわめいた。
「ヴェント・エグリーズ…お前には一般常識というものがないのか…………」
アカトリエルの言葉に少年は思わず自分の口を塞いだ。
「ヤベ…もしかして秘密だったのか? わりぃ。思いっきり暴露しちまった俺……」
深いため息をつくと白ローブの男は首を横に振り、「もういい」と呟いた。
「アカトリエル騎士長、どういう事ですか?」
普段人形のように無表情な双剣徒たちも面食らった様子で彼に問いかける。
「見た通りだ。お前達なら分かるだろう、あそこに居る我が父が何処の人間なのか凡の予想は付くはずだ」
集中して向けられた数多くの視線を受け止めるかのようにウェルギリウスは両腕を開いた。
反応に困っている部下を見てアカトリエルは自ら答えを出す。
「私は混血だ。デザスポワールの司祭とここの元修道女のな…………」