別れ
いつしか時計の針は午前三時を迎えていた。
夜風が吹きすさぶ寒い家の外で老女は息子の胸にしっかりと抱かれている。
「あんなに小さかったのに…お父さんよりも背が高くなって。母上なんて気難しい言葉だったけど嬉しかったわよ」
「お元気で…」
抱き合っている二人のもとに漆黒のローブに身を包んだ男が同じく黒い馬を引き連れて歩んできた。
肉厚の生地で出来た重厚な司祭服に頭に被ったフード。
アカトリエルとは対照的な衣装のウェルギリウスは年老いた妻に照れくさそうに語りかけた。
「ジョルジュ…その、今までは色々と苦労をかけたな」
「……その黒い司祭服、やっぱり素敵ね。その姿がとっても良く似合うわ。初めて出会った時もそう…。背が高い異国の黒魔道師様」
フフフ…と笑うとジョルジュはフードから覗く夫の白髪交じりの長い髪を愛しげに撫で付けた。
「一つ行っておかなくてはならんな」
「何かしら?」
「黒き聖母の事をお前に何度か話したが………あれは過去の事だ。今の私の真実はジョルジュ・クレイメント、お前だけだ」
その言葉に老女の頬に乙女のような紅がさした。
しばらく言葉を失うと彼女はたまらず夫の胸に飛び込む。
胸に顔を埋めながらすすり泣く妻の頭をしばらく撫でるとウェルギリウスは心を決め馬に跨った。
「ダンテ、行こう」
深夜の森を駆ける重い馬の蹄の音は遠ざかり、二人の姿は暗い闇の中に姿を消した。
二人の消えた姿をいつまでも眺めているとジョルジュはその場に泣き崩れた。