絶望の国
始まりは独りの黒魔道師。
彼は周囲を敵国に囲まれた一つの国に救いの手を差し伸べた。
すでに廃れ、崩壊の危機に瀕していた国民は藁をも掴む一身でその黒魔道師に助けをこうたという。
黒魔道師の出身も名も不明。
伝承では顔に呪文のような刺青を施した不気味な男だったと聞く。
黒魔道師は永久の繁栄を約束するにあたって彼らに二つの条件を出した。
リュイーヌ・デューという名の魔道神を崇め、半年に一度一人の生贄を捧げよ。
そして一万年の後に訪れる月食の日に生を受けた一人の巫女に魔道神を産ませ、現世に神を降臨させよという事……
さすれば何処にも負けぬ力を授けよう………と………
既に後が無くなっていた人々はそれをすんなりと承諾した。
『汝らに闇の加護があらんことを。敵に恐怖と絶望を』
そう言い残し黒魔道師は姿を消した。
暗黒教と呼ばれる長い歴史の始まりだった。
人々は周囲の国に警告を促すために自らの国をデザスポワール、絶望の国と名づけた。
漆黒の教会を街の中心に建て、黒きベールを被った黒魔道師を象った石像に半年に一度生贄を捧げた。
その時から、全ての男達に莫大な知恵と強大な黒き魔導力が宿り、彼らと交わる事で女達は魔女の力を得たとされている。
やがてデザスポワールは難攻不落の魔道国家として言い継がれ、女神が統治せし永久の国エテルニテと対をなす国として様々な物語や伝記に使われるようになった。
そして揺るぎ無い繁栄を不動のものとしてきたデザスポワールに予言通りの美しい魔女が生まれた。
彼女の名は『ヴォワザン・ラ・アナヴィオス』
生まれた時から強力な魔導力を秘めていた彼女は黒き聖母として暗黒教の巫女を務めていた。
しかしその異名とは裏腹に彼女の心は慈愛に満ち満ちていた。
その莫大な魔力を使い、傷付いた者や病に苦しむ者、彼らの事を影で献身的に治癒していたという。
やがて時が訪れ、暗黒教の聖書で語り継がれていた最後の誓いを果たすための準備を執り行う事となった。
………神創りの儀式だ………
それはとてつもなく残酷な儀式だった。
周囲の国から三十人の生贄を連れ、彼らの肉体に魔道神の力を封じる事から始まった。
力を宿すための器となった者たちは無限の苦しみを味わう事となる。
暗黒教には魔道神を筆頭にデザスポワールの中でも特に強力な魔道力を持つ、ウェルギリウスを含めた十人の司祭が居た。
いわば黒魔道国家の長たちだ。
そしてその下に三十人の暗黒士と呼ばれる司祭の片腕たちが…
神創りの儀式は百八十日をかけて執り行われる。
魔道神の力を封じた生贄たちの血肉を三十人の暗黒士たちが数ヶ月をかけて生きたまま食すのだ。
全ての生贄が骨だけになった時、暗黒士は己の血肉を自ら司祭と魔女ヴォワザン・ラ・アナヴィオスに捧げる。
司祭たちと魔女は捧げられた彼らの血肉だけを口にし、数ヶ月を過ごす事となった。
食卓に並ぶのは血の滴る暗黒士たちの肉片と彼らの生暖かい生き血を注いだワイングラスだけ…
ヴォワザンも持って生まれた使命の為にそれに参加しなくてはならなかった。
魔道神の力を並々と体内に漲らせたヴォワザンの母体は新月の夜、ウェルギリウスが抜けた九人の司祭と交わり子を孕んだという。
生まれた子は想像を絶する程の冷酷さと力をその身に宿していた。
出産に立ち会った者たちは引き裂かれ、父である九人の司祭たちにもその牙は剥かれた。
八人の父を殺し、最も力を持っていたとされるウェルギリウスの友、
大司祭『ラ・アーリマーリウス・ツァラトゥストラ・オグレス』が死に物狂いで応戦する中、ヴォワザンは血に濡れながら高笑いをする我が子を抱きしめ子守唄を口ずさみ、子を深い眠りにつかせた。
ただ一人生き残った司祭は転生した魔道神(我が子)のあまりの残忍さに魔封じの大魔法を決行する事を決める。
効力も絶大だが膨大な犠牲を必要とする禁じ手。
デザスポワール全ての民を犠牲にして、忌まわしき神の力は眠りに付いた。
そして司祭は人となった子に、何も印されていない魔道書を手渡した。
強力な黒魔道を持っていた司祭の皮をなめして作った封印の書……
司祭は物心ついた我が子にこう言った。
「内なる力に耐えられなくなった時はこれを使うがいい」……と
その子供の名は・・・・・・・・
ガドリール・リュイーヌ・デュー・アーリマーリウスジュニア・ツァラトゥストラ・オグレス
あの巨城の城主だ。