影商人
「気持ち悪いなぁ~…今日は清清しい晴天のはずなのに何でここだけこんなに冷えてるんだよ」
分厚いコートを羽織った少年は体を摩りながら不気味な森の中を歩いていた。
彼は駆け出しの見習い商人で影商人と呼ばれる特殊な仕事に属している。
簡単で単純な仕事だが、報酬はずば抜けて高い。
その仕事内容とはこうだ、森の奥深くに備え付けられた巨大な木箱から依頼状と報酬を商人の元へ運ぶ。
そして商品を再びその木箱の中に置きに行く…それだけだ。
エテルニテの街からでも望む事が出来る、切り立った山の中腹にあるレンガ造りの巨城。
噂ではえらく力の強い黒魔道師が住んでいると聞くが、その真相は定かではない。
依頼状が入れてあると言うのだから誰かしらは住んでいるらしいが…
日の光でさえ拒むうっそうとした森の中、溶けきらない雪が残る地面にはゴツゴツした石が転がり、そこには赤茶けた苔がびっしりと生えている。
時折聞こえてくる生き物の鳴き声がこれまた気味悪い。
足場の悪い森を奥に奥に進んで行くと硬い山肌に阻まれた行き止まりの場所がある。
そこに重厚な造りの不気味な木箱が備えてあった。
大きさは縦が2メートル横が3メートル、そして奥行きが2メートルのかなり巨大な物で、木箱というよりは小屋に近い。
そして、その横に立つポストのような小さい箱に依頼状が入っている。
巨大な箱の方には報酬が入れられており、依頼された商品と引き換えにそれをいただくと言うわけだ。
少年がポストを開けると…五日ぶりに入っていた。
漆黒の小さな封筒、中に入っている依頼状を確かめるや否や眉をしかめる。
「何だこれ」
いつもならば整った美しい文字で食材の調達が書かれた紙が中に入っているが、今回中に入っていた依頼状にはいびつな文字で事細かに記載された数字が書かれている。
二枚目には細部まで細かく描かれたドレスのイラストが…どうやら数字はドレスの寸法を表しているらしい。
そして並べられた数字の下に一言、『期限は2日。白百合のブーケを所望』と記されていた。
「結婚式でもするのか?」
シンプルで清楚なそのドレスのイラストはどう見てもウェディングドレスだ。
依頼状を封筒にしまい、コートの内ポケットに保管すると少年は待ちに待った報酬を拝むべく巨大な木箱に手をかけた。
この依頼主は商品の何十倍もの報酬をいつも支払ってくれる。
そしてその報酬の三割が彼のような伝達者の儲けになるのだ。
ウェディングドレスの相場は分からないが、食材よりは高価だろう。
そんな思いに胸躍らせながら観音開きの扉を開いた。
そして…彼の目に飛び込んで来たのは金の山だった。
一人で持てる量ではない、恐らく荷馬車が一杯に埋まるであろう金銀財宝がびっしり収められていたのだ。