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届かぬ光

 空には満点の星空が浮かび上がっていた。

 四日ぶりの新鮮な空気を取り込みながらヴェントは爽やかな夜風を全身に浴びていた。

 教会の屋上から望むエテルニテの街は相変わらず静まり返っている。

 四日間魔神の出現はないが、人々は怯え切ってしまいやはり窓には黒い布が掛けられていた。


 人工的な光りは一つも無い。


 あるのは空から優しく降り注ぐ月明かりだけだった。


 双剣徒の出陣が明日に決まり、教会の大聖堂に待機する白いローブを纏った彼らには言葉に出来ない緊迫感が蔓延していた。

 そんな中巨大な女神像の前に座り込みながらその顔を眺め続けるアカトリエルの姿を見つけクラージュはその隣に何気なく腰を下した。


「アカトリエル様私の告解を聞いて下さいますか?」

「私は司祭ではない…他を当たれ」

 しばらくアカトリエルの横顔を眺めるとクラージュは独り言のように心の内を打ち明けていた。

「闇の中にある光を手に取るにはどうしたらよいのでしょう……」

「………………」

「私の記憶の奥底には決して手の届かない光の記憶があります。とても尊い物であるのは分かっているのに心の何処かでそれに触れる事を妨害してしまっている」

 女神像の後ろの巨大なステンドグラスから月が覗いていた。

「まるであの月のような記憶なのです…目に見えているのにどうする事も出来ない。…あの夜のあの歌声を聞いてからそれがとてももどかしくてなりません。女神の降臨だとヴェントさんに話したら矛盾を指摘されてしまいました」

「……………………」

「女神が黒魔道師の花嫁になるのは裏切りではないのか…と」

「………信仰は裏切らぬ………」

 答えが返ってきてクラージュは顔を上げた。

 目深に被ったローブの中の瞳は尚もずっと目の前の女神像を眺めている。

「その光の記憶が今欲しいか?」

「え?」

 鋭い瞳がクラージュに向き直った。

「しかし、私が一筋の光を与えた所でお前の手が届くかは分からん。……それでも欲するか?」

「アカトリエル様…あなたにはそれが可能なのですか?」

「………目前に光があるというのに手に入れられぬ状況は今よりも遥かに苦しい………それでも欲するか?」

 クラージュの額に汗が滲んだ。


 光の正体を知りたい…アカトリエルはそれを知っていると言う。

 それでも手が届かないという事はどういう事なのか……


 不安と恐怖が入り混じった中で彼の顔はゆっくりと縦に振られた。


「その光はベアトリーチェだ」


 その言葉にクラージュは目を丸めた。


 女神の記憶? どういう事なのだろうか…


 彼がその意味を必死で探しているとアカトリエルは続けた。

「女神ベアトリーチェではない…ベアトリーチェ・レーニュ。暴君ドミネイトの一人娘」

「!!!??」

 突然クラージュの頭に強烈な閃光が走った。

 今まで以上に鋭い痛み、まるで鈍器で何度も何度も後頭部を殴打されているような感覚。

 唸りながらその場にうずくまる彼をアカトリエルは無言のまま見つめていた。

 やがて大きな叫び声を上げると彼は意識を失い床に倒れ込んだ。

 それを見たマルガレーテが急いで駆け寄る。

「クラージュ様!! ア…アカトリエル様! 一体何があったのですか?!」

「やはり無理か…エテルニテの者ではそう簡単には越えられんな」

「アカトリエル様?」

 クラージュの悲鳴を聞きつけたヴェントが急いで階段を駆け下りてきた。

 あの魔神が現れたのかと覚悟したが、目の前にあったのは倒れるクラージュを気遣うマルガレーテとそれを冷静に見下ろすアカトリエルの姿だった。

「おい! 何があったんだよ!! こいつどうしちまったんだ?」

「分かりません…あぁどうしよう…息がこんなに荒く…お医者様を……」

「医者は必要ない。忘却魔導と意識の葛藤だ」

 その言葉にヴェントは眉を潜めた。

 すると白ローブの大男は倒れる司祭をいとも簡単に抱え上げると司祭の休息所に向かって歩き始めた。

「おい!ちょっと待てよ何処に連れて…」

 うろたえるシスターに「俺が行く」と言い残すとヴェントは急いで彼の後を追った。


 長い廊下の突き当たりの部屋に入ると備えられたベッドの上にクラージュを横たえアカトリエルは彼の頭に手を掲げた。


『イムメモラーティオー・ポルタ・アゲルマ・シルス』


 その呪文らしき言葉が終わると同時にクラージュの息が平静を取り戻した。

「あんた…それ…魔法か?」

 彼らを追ってきたヴェントが驚きの声を上げた。

 ベッドで寝息を立てるクラージュを見ながらアカトリエルの顔を覗く。

「………………………」

「さっきの言葉…何だよ。呪文ってやつ? あんた魔法が使えるのか? すげぇ。これが癒しを与える白魔法ってやつか」

「……癒しを与えたのではない……黒魔法を抑制しただけだ」

「黒魔導? …さっき言ってた忘却魔法と意識の葛藤ってやつか?」

 頷くとアカトリエルは椅子を引き出し座り込んだ。

 その無表情な瞳がベッドの上の青年を複雑な心境で眺めている。

「! …ちょっと待てよ。抑えたって…こいつ黒魔法に掛かってるのか? えぇ? マジで? 例の化け物に出会っちまった時か?」

「その男だけではない。とても強力な記憶抑制法が五年前にエテルニテ全ての人間に降りかかった」

「五年前? ってあのドミネイトってやつが惨殺されたってあの時か?」

 ヴェントの言葉にアカトリエルは疑問の目を向けた。

 まるでドミネイトを知らない人物が発する言葉だ。

「何だ。それに関しては記憶の消去はなされていないぞ。忘れたのか?」

「忘れたっつっても…俺がここの街に来たのは二年前だからな。話じゃよく聞くけど生きてるドミネイトは知らねぇんだ」

「二年前…成る程な。よそ者か…魔法に掛からん訳だ」

「よそ者って何だよ! 第一あんただけが魔法に掛かって無いのもおかしいだろ」

 しばらくしてアカトリエルはその目を窓の外に泳がせた。

「耐性を持った者には効かぬ術だ………」

「は? 耐性って……さっきみたいな力の事か?」


「我父の力だ」


「父って……」


「よそ者だった。……しかもとてもたちの悪い国から亡命してきた…」


「たちの悪い国?」


「デザスポワール……終焉(しゅうえん)魔導神(まどうしん)(あが)(たてまつ)る黒魔導国家」


 永久の国エテルニテと平行してデザスポワールも伝説の都市だった。

 世界の有名な伝記にも数多く描かれている。

 知る限りでは最強の魔導力を秘めた難攻不落の国で、全ての男が黒魔導師であり、成人すると魔導神の洗礼を受けると言われていた。

 その長身も国の特徴である。

 穏やかなエテルニテの人たちと異なった細面(ほそおもて)の鋭い顔立ちと二メートルの長身に、あの魔法。

 異彩さを(かも)し出すアカトリエルの謎が全て納得いくように鮮明となった瞬間だ。

「亡命した父を介抱したこの国の修道女が私の母だ」

「その影響で女神の騎士ってやつになったのか?」

「親の影響は受けていない………お前は先ほど実体の無い女を妻にして何が楽しい……と言っていたが……」

「……?……」

「私の愛した者が石造りの女神だっただけだ。……生身の女ならばどれ程よかったかと…」

 自分に言い聞かせるような彼の言葉には人間らしい心が宿っているようにみえた。

「少々話が過ぎた。忘れろ」

 もとの口調に戻ったアカトリエルは低く呟くと立ち上がった。

「ちょっと待てよ! あんた、魔法に掛かって無いなら何か知ってるのか?」

「………お前が届けたウェディングドレスを身に着ける黒魔道師の花嫁は一人しか考えられん…五年前に失踪したベアトリーチェ・レーニュ。前領主ドミネイトの一人娘だ。」

「一人娘って……何で断言できるんだよ」

しばらく言葉を濁すとアカトリエルは呟くように答えた。


「消された記憶は……娘の記憶だけだからだ」


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